総務省の支援事業
近年の気候変動で、線状降水帯や爆弾低気圧による大雪が頻発し、大規模な雪害が生じるリスクが高まっています。豪雪地帯に指定されている石川県加賀市では、総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」を活用して、除雪・凍結防止剤散布作業の最適な作業開始判断・タイミングを導出・予測し、道路維持業務の効率化だけでなく、雪害発生の際の最適なリソース配分を可能とする「雪害対策システム」を構築しました。
仮想空間に加賀市と同じデータで構成された「双子」の街を作り、さまざまなシミュレーションを行う「デジタルツイン」技術につながる試みとして注目されています。取り組みのきっかけや今後の展望について、加賀市イノベーション推進部地域デジタル課の中村聡主査と株式会社NTTデータ北陸 社会基盤事業部営業統括部の浅妻健太郎課長代理に聞きました。
地域デジタル基盤活用推進事業の申請のきっかけを教えてください。
中村さん 加賀市は、2018年に記録的な大雪の影響で大規模な車両スタック(立ち往生)が発生するという雪害を経験しました。こうした被害をデジタル技術の活用で未然に防ぐことができないかと考え始めたのがきっかけです。
その中で浮上したのがデジタルツインによる対策です。加賀市は2022年3月に「加賀市デジタルツインコンソーシアム」を立ち上げ、産学官が連携して地域課題への活用を検討していました。議論を重ねる中で、デジタルツインと同じようなシミュレーションができる雪害対策システムを構築するアイデアが生まれました。
とはいえ、加賀市は財政基盤がそう大きくないため、市の負担を減らしたいということもあって、国が実証に必要な費用の全額を支援してくれる地域デジタル基盤活用推進事業の実証事業に申請しました。同じ課題を抱える地域に横展開していただけるようなモデルケースをつくりたいという思いもありました。
浅妻さん 当社は、加賀市デジタルツインコンソーシアムの雪害対策分科会に参加しており、今回の雪害対策システムの設計・開発からデータ分析までを担当しました。まずは監視対象となる幹線道路に日常の道路管理用としての屋外カメラとデータ検証用として複合気象センサーを設置しました。
この屋外カメラから得られる画像データを独自のAI技術を用いて車両交通量をリアルタイムに取得しており、このデータと気象予測会社から得られる24時間先のピンポイントの気象予測データを組み合わせて、数理予測モデルにデータを投入。独自のアルゴリズムを加えることで従来、行えなかったピンポイントでの路面の雪氷状態や車両スタックの危険性を予測するとともに、除雪の開始や凍結防止剤を散布するタイミングを割り出しています。 今後は除雪実施時刻や凍結防止剤投入量の変化により発生する路面状態の変化をシミュレーションすることにより効率的かつ効果的な雪害対策につなげていく計画です。また設置した屋外カメラは、人の目視による道路監視だけでなく、AIを用いて車両滞留発生検知、降雪状況の監視・判定などのデータを自動的に取得することができるため、管理者の負担を減らすことができるという副次的効果もありました。
データを送る際には、通信距離が長く広域で使えてランニングコストも低い「Wi-Fi HaLow」という新しい通信基盤を試したいと思い、新しい通信基盤の実用化を支援してもらえる総務省の実証事業が最適だと考えました。
実際に実証事業を使ってみていかがでしたか。
中村さん 事業を申請するにあたり、加賀市デジタルツインコンソーシアムでの議論を経て、計画の土台をしっかり固めたため、実際の実証事業もスムーズに進んだと考えています。
株式会社NTTデータ北陸と「西日本電信電話株式会社(NTT 西日本)」を中心に、「北陸先端科学技術大学院大学」の技術支援のもとで考案し、実際の雪害対策は、「清水建設株式会社」がノウハウを提供するなど、実効性の高い雪害対策計画が出来上がりました。
浅妻さん 北陸先端科学技術大学院大学の丹康雄教授には、システム構築で技術指導をいただきました。こうした産官学連携で事業を進めることができ、とても貴重な経験になりました。
実証事業の成果をどうみていますか?
中村さん 除雪の開始や凍結防止剤の散布のタイミングは、今までは職員の勘や経験に頼っていましたが、どんなタイミングが最適なのかがデータではっきり見えてきたのが驚きでした。
加賀市は、雪害対策だけでなく、データを最⼤限に活用して産業の活性化や都市機能の⾼度化を目指すスマートシティを推進しています。今回の実証フィールドは、JR加賀温泉駅近くで除雪の重要路線となっている区域です。ここは、2024年4月に実施した自動運転車両の実証走行時のルートにもなっており、自動運転車両の活用や連携に向けた足がかりになると考えています。今回のようなデータを集めて分析する仕組みは、重要な材料になると考えています。地域デジタル基盤活用推進事業ということで、実証コストの全額、4,896万円を国からの費用で賄うことができました。
浅妻さん 2023年度は、システムによる予測精度の検証などを行いました。たとえば、路面の雪氷状態やスタックの危険性の予測精度、道路監視映像を使って路面積雪の有無やスタックなどの事象が正しく検知できるかなどを確認し、目標としていた精度は達成できました。また、データから導き出された除雪のタイミングは、降雪後の午後9時でしたが、市の実際の運用では通勤時間帯前の翌日午前2時と午前5時に除雪を行っており、シミュレーション結果と除雪作業の運用実態・実状(オペレーション)との乖離が生じることも分かってきました。実装する前に、実証事業でこうした課題点を見つけ出せたことも大きな成果だと思っています。2024年度は実装に向けて、実際の運用との乖離をどう埋めていくかを検討しています。
事業の今後の計画を聞かせてください。
浅妻さん 路面の状況を予測する精度がさらに向上し、地方公共団体における除雪作業の実オペレーションを踏まえた仕組みが実装されれば、除雪作業の効率化・最適化、道路の安全確保につながります。加賀市での実証事業を踏まえ、同様の課題を抱える他の豪雪地帯の地方公共団体においても、この雪害対策システムを有効活用できるのではないかと考えています。雪害対策システムの実装・横展開に向け、取り組みを進めているところです。
中村さん 最適な除雪のタイミングが分かれば、除雪にかかる費用が削減できるだけでなく、少ない人員体制でも効率的に対応できるようになると期待しています。人口が減るなか、除雪のノウハウがある人材の不足を、こうしたデジタル技術で補っていきたいと思います。加賀市が目指すスマートシティでも、さまざまなシミュレーションができるデジタルツイン技術はカギとなる技術の一つだと考えています。今回の実証事業をベースに、雪害対策だけでなく、他の防災対策などいろいろな分野に活用していきたいと思います。