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農林水産業

白神山地の麓で悩んだサル対策、ICT活用で圧勝!

青森県深浦町

広大な町域の鳥獣被害対策 費用対効果を意識

地方経済は一次産業である農林水産業に支えられています。その基幹産業が人口減、高齢化に加え、有害鳥獣による農作物の被害拡大によって脅かされています。日本海に面し、世界自然遺産の白神山地をはじめとする観光資源に恵まれた青森県深浦町もその一つです。南北約70kmにわたる広大な地域の被害をいかに効率的に安いコストで食い止めればよいでしょうか。解決の糸口となったのが情報通信技術(ICT)です。

ニホンザルによる食害、地元ブランド野菜も

ニホンザルの農作物被害に悩む深浦町の鳥獣被害対策を担当する農林水産課の笹森公人主幹のスマートフォンにメールが届きました。山中に仕掛けた檻ワナから、ニホンザルが檻に接近してきたことを知らせる通知です。檻には通信装置とセンサーが備え付けられています。笹森さんは「メールで受信した画像から現地の様子を確認でき、遠隔操作で捕獲することもできます」と進化した捕獲システムについて満足そうです。

深浦町が鳥獣被害対策で近年、最も頭を悩ませてきたのがニホンザルによる農作物被害です。ニホンザルはかつて山奥に生息していましたが、人口減少と林業の衰退で山に人が入らなくなったことで、30年ほど前から人家が散在する集落に姿を見せて畑の野菜を食い荒らすようになりました。2021年以降、深浦町の高齢化率は50%を超え、年々、鳥獣被害対策を担う人材も減少しています。さらに、離農により耕作放棄地が増加したことで、集落に有害鳥獣の生息地や隠れ場所が増えていることも影響しているといいます。

白神山地のふもとの高台に広がるニンジン畑
白神山地のふもとの高台に広がるニンジン畑

ニホンザルによる食害の被害額は、かつて2007年には1,390万円に達しました。深浦町が誇る雪深い冬に甘みを増すブランド野菜「ふかうら雪人参」への被害も深刻です。

しかし当時は、住民からニホンザルが出没したとの通報が電話で役所に入ると、鳥獣被害対策の担当職員が現場に駆けつけるものの、到着した時には畑を食い荒らしたニホンザルはおらず、どこに逃げたかもわからないという状況が続いていました。

GPSで群れ把握し、箱ワナを遠隔監視・操作

転機となったのが、ある職員が青森県むつ市で開催された鳥獣被害対策のシンポジウムに参加したことです。そこで紹介されていたICTを活用した鳥獣被害対策を見て、深浦町でも活用できるのではないかと思い立ったのです。笹森さんは、「どこにどんな群れがいるのか。頭数すら把握できていませんでした」と、ICT活用前の鳥獣被害対策を振り返ります。

まず研究者ら専門家の協力を得て取り組んだのが、2011年のニホンザルの行動範囲の調査でした。通常、ニホンザルは群れで行動し、その中心的存在は雌ザルです。そこで、雌ザルをワナで捕獲し、GPSなどの発信機を装着。その後、雌ザルを逃がして元の群れに合流させ、位置情報から群れの存在を突き止める作戦です。これによってニホンザルの群れごとの追尾が可能になりました。群れの構成や個体数、生息域などのデータが把握できたことで2012年度の捕獲数が40%上昇しました。この取り組みにかかった予算は108万円。大半を鳥獣被害防止総合対策交付金で賄うことができました。

さらに、捕獲実績を向上させるために2018年には、ICTを活用した捕獲檻(箱ワナ)の遠隔監視操作システムも導入しました。採用したのは、電子機器メーカー「株式会社アイエスイー」の「クラウドまるみえホカクン」です。檻にカメラを仕掛け、その様子をインターネット経由で確認できます。動物が檻の前を通るとセンサーが感知、町の鳥獣被害対策担当者にスマートフォンのアプリケーションで通知する仕組みです。担当者は、クラウドの動画データにアクセスして現地の様子を確認し、遠隔操作で捕獲できます。ニホンザルの対策では、群れを統率する成獣の捕獲がカギとなるため、群れに警戒心を抱かせないように幼獣は捕獲しないなど、状況に応じた判断も可能になりました。

深浦町が設置している捕獲檻の様子
深浦町が設置している捕獲檻 ニホンザルが食べるジャガイモなどを入れている

ワナ巡回業務が効率化 被害額はピークの9分の1

鳥獣被害対策でのICT活用は、担当職員の業務の効率化にも貢献しています。現在、町の鳥獣被害対策は、笹森さんと鳥獣被害対策専門に従事する4人の会計年度任用職員の計5人で担当しています。笹森さんは、「ICT活用でセンサーが作動したワナを優先し、作動していないワナの巡回は省略するなど業務の効率化を図ることができました」と語ります。

集落で確認されたニホンザルの生息数は、過去10年間で1,000頭超から650頭とほぼ半減しました。GPSなどの発信器で把握したニホンザルの群れを効率的に捕獲することができたことが大きな要因と考えられるといいます。ニホンザルによる被害も2021年度には、町全体で152万9,000円にまで減少しました。

ワナにICTシステムを導入する財源にも、鳥獣被害防止総合対策交付金を活用しました。現在計2基のランニングコストは年間で1基当たり12万円です。ただ、100万円を超える単価の高いICTシステムを一度に多数導入するわけにはいきません。笹森さんは「有用性を確認し、コストパフォーマンスを考慮しながら、単年度ずつ導入しました」としています。

ドローン導入 シカ・クマ対策や森林病害虫の監視にも

ニホンザル対策は一定の成果を得られたいま、町はほかの鳥獣被害対策にも注力し始めています。2021年には、森林環境譲与税を活用してドローン1機を導入し、生息数の増加が報告されているシカやクマの対策を始めました。通常の光学カメラの他に赤外線カメラを搭載しており、夜間の飛行や調査もできます。

ドローンを使ったシカの生息調査の様子
ドローンを使ったシカの生息調査の様子

ドローンの導入では、山梨県を拠点に鳥獣被害対策を行っている「合同会社甲斐けもの社中」から運用方法についてノウハウを学びました。シカが活発に動く夜間や早朝におけるドローンを使った生息状況調査を見学したほか、担当職員にドローン操縦の研修を行うなど人材育成にも取り組んでいます。

ドローンによる調査では、15頭のシカ群れが生息していることが分かりました。群れでの生息が初めて確認されたことで、今後の対策を急ぐ必要性を職員や住民と共有することができたといいます。

ドローンは近年、住宅地やその周辺で出没が増えているクマの捜索でも活用が期待されています。クマは膝丈程度の草むらがあれば隠れることができ、実際に住宅地近くの休耕田にクマが隠れていた事例も報告されており、上空から監視するドローンの活用は有効です。

さらに、ドローンによる撮影データは、松枯れやナラ枯れと呼ばれる森林病害虫の被害にあった木の発見や、被害木がある場所の確認にも役立っています。撮影データのGPS情報と、森林の所有者情報などをデータベース化している深浦町の農政業務支援システムを連携させることで、被害木の場所から所有者を特定できます。現地に行かなくても、撮影データから被害木の所有者や被害範囲を迅速に把握し、対応できるようになりました。

現在、鳥獣被害対策の重要性を知って若い世代が猟友会への参加を希望するなど新たな動きも出ています。笹森さんは「ICTをはじめ最新技術の活用で人手を省くことができ、対策の可能性も広がりました。町全体で鳥獣被害対策への意識を高めていきたいです」と語っています。

笹森さんの写真
「鳥獣被害対策への意識を高めていきたい」と語る笹森さん

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