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農林水産業

イノシシの罠見回り、低コスト通信とAIが”代行”

島根県雲南市

森林が大部分 人口減・高齢化で獣害対策難しく

島根県東部に位置する雲南市は、一級河川「斐伊川」をはじめ、数多くの河川が森林の間を流れ、豊かな自然を形作っています。県全体の8.3%、総面積553平方km余の8割は森林。その多くは民有林で、人口減が進むなか、所有者が管理できない森林も増えつつあるといいます。近年、林業の情勢が変わり以前ほど森林に人が入らなくなったことなどから、鳥獣による農作物被害が増え、高齢化する住民の大きな負担となっています。そこで、雲南市は「アイテック阪急阪神株式会社」と連携し、総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業に応募。新しい通信ネットワークやAIを活用した遠隔監視で効率良く鳥獣害を減らす試みに乗り出したのです。

飯石地区でイノシシが掘り返した跡の写真
飯石地区でイノシシが掘り返した跡

やせ細る中山間地に獣が続々…デジタル技術に活路

「獣被害がこれ以上増加すると、農作物も作れなくなり、人が住める場所が狭くなってしまう。この地域に住む意味も楽しみも失われてしまう。年々、そんな危機感が高まっていました」

雲南市林業振興課の山本章平さんは、有害鳥獣対策にAIなどを使いたいと考え始めた経緯をそう話します。市内の中山間地域には、山や農地、住宅などがありますが、人口が減りその半数近くを高齢者が占めるようになり人手が行き届かなくなったとき、最初に荒れるのが山。まず、山に人が入らなくなると、山と農地の境があいまいになってイノシシなどが出やすくなり農地が荒れてしまう。ただでさえ高齢化や人口減少が進む中で、有害鳥獣対策に手間がとられるようになると、最終的には人が住めなくなって家が荒れていくのです。現在は、山と農地の境があいまいになって被害が頻発している状態。ここで食い止めないと「地域に人が住めなくなってしまう」と、山本さんは言います。

実際、獣による被害も年々増えています。20年ほど前まで500頭弱だったイノシシの捕獲数は、現在は2,000頭超。これだけ捕獲数が増えたにもかかわらず、イノシシなどによる鳥獣害被害額は、数年で3割近く増加しました。対策を打とうにも人手はなく、手詰まりだったといいます。

そこで、考え始めたのがデジタル技術の活用でした。とはいうものの、予算が限られるなか、どんな対策を講じれば効率良く鳥獣害に対応できるか良いアイデアはなかなか浮かばなかったといいます。そんな時に、大阪市に本社を置くアイテック阪急阪神株式会社都市創造事業本部から寄せられた提案が、「新しい無線通信を活用した鳥獣害対策」の取り組みでした。これを機に、実証内容を検討しながら、市や同社、市内で地域の課題解決に取り組んでいる特定非営利活動法人「おっちラボ」などでコンソーシアムを結成。役所内などには「効果があるのか」という疑問の声もありましたが、地元の協力体制に加え、地域デジタル基盤活用推進事業(実証事業)に採択され、市の費用負担がほぼなかったことが最初の一歩を踏み出す後押しになりました。

カメラの設置場所
カメラの設置場所

獣の通り道と罠にカメラ設置 通信は新規格Wi-Fiで

取り組みの内容は、よく獣を見かける場所にカメラや罠を仕掛けて遠隔監視して獣の通り道を推定するとともに、そうして集めた画像をAIで解析して獣種を判断するという2本柱。撮影した画像は、ウェブサイトに公開され、専用アプリを通じてスマホやパソコンを使って見ることができる仕組みです。

通常は罠を設置した場合は猟友会などで編成する駆除班が1日1回見回って獣を捕獲していますが、「駆除班の高齢化で見回りが難しくなりつつあるなか、遠隔監視なら、その手間を省くことができます」と、アイテック阪急阪神株式会社の安野賢治第1営業部長。加えて、罠周辺に出没する獣種が分かれば、どんな獣が何頭ぐらい、どんなルートで人里に来ているのか、生息範囲や行動範囲を予測する材料にもなるといいます。

通信ネットワークは、同社が持つノウハウや経験から、電波が届きにくい中山間地域という環境を考慮し、普通のWi-Fiよりも広いエリアに電波が届くことや、運用が低コスト、免許不要という特長から、新しい通信規格「Wi-Fi HaLow」を選びました。Wi-Fi HaLowは、1時間のうちの6分以下しか通信できないという制限もありますが、罠なら1時間おき、獣種判定なら数分おきの通信ができれば十分で、リアルタイムで監視する必要はないと判断しました。

カメラの設置場所は、住民が有害鳥獣対策に熱心で、地元団体によるデジタル活用の取り組みにも協力している市中央部に位置する飯石地区。イノシシがよく出没する場所、親機から電波が飛ぶ範囲などを踏まえて4か所にカメラを設置。うち2か所は罠を監視する形にしました。

罠の写真

イノシシやタヌキ、AIが高確率で検知 経験則を可視化

1か月余にわたる実証実験の結果、親機から最長350m以上離れた場所でも問題なく遠隔監視ができ、さらにイノシシなら50%以上はAIが「イノシシだ」と判断でき、出没回数が多いタヌキも高確率で判断できたといいます。

「獣がどこを通るのかなど、これまで経験則で対応してきたものが、カメラやAIによって可視化できた。次の策を考える貴重な材料になります」

飯石地区の住民でつくる自主組織「雲見の里いいし」の黒谷文事務局長や、取り組みに協力した「おっちラボ」の梶谷知世さんは、今回の取り組みについて、そう口をそろえます。同地区では畑や田んぼをイノシシやサルに荒らされる被害が増えており、通学路にはサルも出没するとあって、地区の課題を挙げてもらうアンケート調査では、全世代から有害鳥獣対策を何とかして欲しいという声が上がっていたそうです。

実証実験後にカメラやAIで検出したイノシシの動向データから、通り道だと推測される場所に罠を設置し、捕獲することにも成功。こうした成果により住民の意識もデジタル活用に期待するような雰囲気になってきたといいます。

獣が写ったカメラ画像

実装へコストが課題 通信の用途拡大も検討へ

見回りの負担を軽減しつつ有効なデータがとれることは分かりましたが、課題も残っています。有害鳥獣対策は罠で1頭捕獲すれば終わるというものではありません。これまでも、出没場所に罠を仕掛けて捕獲したら、出没場所が変わるといったケースはたびたびありました。「集めたデータをもとに、常に『次の手』を考えていかないといけないのが難しい」と、山本さんは言います。

山本さん(中央)や安野さん(左)、石川さんの写真
山本さん(中央)や安野さん(左)ら

加えて、通信ネットワークの構築やAIを使ったソフトやアプリの開発にかかるコストの問題もあります。イノシシなどに狙われるのは、しっかり対策を講じた大きな田んぼや畑よりも、家庭用に農作物を作っているような小さな農地が多くなります。そうなると、どれだけの被害が出ているのか正確な数字が分からず、予算を投じて対策を積極的に行おうという機運になかなか結びつきづらいといいます。「今後は、カメラを増やしたり、Wi-Fi HaLowの電波を広報や他のサービスにも使ったりするなど、どうすれば実装できるか検討をしていきたい」と、山本さんは話しています。

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