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消防・防災

災害時の連絡、「AI×電話」のハイブリッドがすごい

岩手県陸前高田市

高齢者も使える&双方向性「シン・オートコール」

リアス式海岸やカキ、ホタテの産地として知られる岩手県陸前高田市は、東日本大震災で壊滅的被害を受けました。その記憶がよみがえる「世界津波の日」に合わせて2023年11月から、災害時における新たな情報伝達システムの本格運用を始めました。システムの名称は、「シン・オートコール」。若年層から高齢層まで誰もが確実に使用でき、確実に避難情報が伝わる情報伝達システムを目指し、同市と「東日本電信電話株式会社(NTT東日本)」が共同開発しました。キーワードはアナログとデジタルの融合、そして、住民と市役所が情報をやり取りできる双方向性です。

津波を耐えて残った「奇跡の一本松」の写真
津波を耐えて残った「奇跡の一本松」

AI音声が受け答え 台風の避難指示で稼働

「避難指示が出ています。避難できますか」。陸前高田市は、急峻な山がすぐ海につながる地形から、津波や、大雨による土砂災害、河川の氾濫に見舞われてきた歴史があります。2024年8月には大型の台風5号が隣接する同県大船渡市付近に上陸しました。陸前高田市では、この台風の接近に伴い、「高齢者等避難」、さらには「避難指示」を発令し、訓練以外で初めて「シン・オートコール」を稼働させました。

このシステムは、市災害対策本部の職員がパソコンを操作して、避難を呼びかける指示文を入力すると、AIが自動的に音声に変換し、通報対象の登録者に自動で電話をかける仕組みです。電話を受けた住民が受話器に向かって自身の状況について説明すると、AIが再び音声をテキストに変換して、市災害対策本部で対象者の状況を一覧で確認できるようになっています。

通報対象は、土砂、洪水、津波などの「災害警戒区域」で暮らす65歳以上の高齢者や障害があって一人で避難することが難しい住民、道路の寸断や川の増水で孤立の恐れがある災害時孤立化想定地域で暮らす住民で、現在のシステム登録者は、101人(2024年9月現在)です。

 「シン・オートコール」のモニター画面の写真
「シン・オートコール」のモニター画面

防災無線やメール連絡 避難者の状況把握が難しく

2024年8月の台風5号の接近に伴う「シン・オートコール」の発信(避難指示発令)では、電話というなじみのあるツールを使ったこともあり、対象者(登録者のうち土砂または洪水の災害危険区域及び災害時孤立化想定地域に暮らす75人)のうち半数から応答がありました。

陸前高田市では、これまで防災行政無線やSNS、電子メールなどで避難情報を発信していました。しかし、防音効果に優れた機密性の高い住宅が多く建設され、防災行政無線の放送が聞き取れない難聴世帯が増加しているのをはじめ携帯電話がつながりにくい地域の住民や、SNSや電子メールの利用に不慣れな方々に確実に情報を届けることが難しいという課題がありました。さらに、避難情報を発信しても、果たして避難対象者が、それを受け取ることができたのか、また、実際に避難したのか、あるいは、自力での避難が難しい人は、家族らの支援を受けられる状況にあるのかといったことが把握できないということも大きな課題でした。

「音声電話を活用」 市が通信会社に相談し開発

課題解決のきっかけとなったのは、陸前高田市の中村𠮷雄・防災局防災課長兼防災対策監の発案でした。2019年夏、中村さんは、同市の防災会議の委員であるNTT東日本の岩手支店に相談しました。

「避難情報の発信に、高齢者が使い慣れている音声の電話を活用できないだろうか」

その言葉を発端に、NTT東日本ビジネス開発本部特殊局の鈴木巧局長補佐と同社の地域基盤ビジネス部の吉田直哉さんとともに、音声通話を使った、災害時における新たな情報伝達システムをつくる産官連携のプロジェクトが始動しました。中村さんは「私たちは災害防止のために何が必要なのかわかっているけれども、実現する技術がありません。企業側は、現場でどういった技術が必要とされているのかがわからない状況でした。そうした点を相互補完しながらプロジェクトを進めることができました」と当時を振り返ります。一方、システムの開発を担当したNTT東日本の鈴木さんは「初期の段階から現場のニーズを聞きながら、システムを一緒に作ることを提案してもらえたことで、開発段階から改善を重ね、完成度を高めることができました」と開発が順調に進んだ背景についてそう語ります。

こうしてできあがった新システムは、中村さんが当初はまったく想定してなかったというクラウドサービスやAIと旧来の電話を組み合わせたものでした。

陸前高田市防災局防災課課員と中村さんの写真
陸前高田市防災局防災課課員と中村さん(右から2人目)

震災経験を基にシステム構築 ぜひ他地域にも

登録者が100人ほどとはいえ、災害時に手作業で電話をかけるのは容易ではありません。自動音声で一斉に電話がかけられるオートコール技術の活用は、職員の負担軽減に役立っています。避難情報などを読み上げる音声のスピードも、「普通」「ゆっくり」「すごくゆっくり」から簡単に選べるようにするなど、経験の浅い職員でもすぐに操作できるような工夫もされています。住民の応答内容に「助けて」「苦しい」など緊急を要する言葉が含まれていた場合は赤字で表示され、職員が優先して状況確認をできるようにしています。

また、音声をテキストに変換するAIについては、根気よく学習させることで、方言や読み方が難しい市内の地名も正しくテキスト変換し、表記できるようになりました。NTT東日本の吉田さんは「AIですべて思い描いたものができるわけではありません。音声認識では岩手県の方言にも対応できるようにしましたが、今後もそれぞれの技術と市役所の方々の経験を生かしながらシステムをさらに進化させていきたい」と語ります。

陸前高田市の中村さんとシステムの開発と実用化を進めたNTT東日本の鈴木さんと吉田さんの集合写真
陸前高田市の中村さん(中央)とシステムの開発と実用化を進めた吉田さん(左)とNTT東日本の鈴木さん(右)

中には、知らない電話番号への不信感から電話に出ない登録者もおり、通報時に表示されるフリーダイヤルの電話番号をどのように周知するかということも今後の課題の一つです。

陸前高田市防災課の五十川涼一主事は、「例えば、災害時孤立化想定地域では、大雨で土砂が崩れて道路が寸断されると支援に行けなくなります。避難情報を迅速かつ確実に伝えないと、住民が避難できる時間帯を逸してしまい、危険にさらされることになりかねません」とシステム活用を徹底することの重要性を指摘します。

東日本大震災での陸前高田市における死者数は、約1,800人(関連死を含む)と岩手県内の地方公共団体で一番多く、市役所の職員も443人中111人が犠牲となりました。中村さんは「陸前高田市は、多くの地方公共団体のご支援があって東日本大震災後の復旧・復興が進みました。新しい情報伝達システムもこれまでの災害の経験やデータの蓄積があったからこそ実現できています。このシステムを他地域にも広げて、多くの方に使っていただくことで、大きな被害の防止につなげてもらいたい」と話しています。

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