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農林水産業

地域企業のキーパーソンに聞くvol.1

株式会社エムスクエア・ラボ 加藤百合子代表取締役CEO

地域

静岡県

加藤百合子氏の写真

このコーナーでは、地域社会DXを力強く推進する各地域の企業を取り上げ、いろいろな取り組みを紹介します。1回目となる今回は、農業分野において先進的な活動を進めている静岡県牧之原市の「株式会社エムスクエア・ラボ」。課題が山積している日本の農業において、NASAで宇宙ステーション内の植物工場開発プロジェクトに参加するなど異色の経歴を持つ加藤百合子代表取締役CEOは、どのように解決の糸口を見出しているのか。同社が展開する事業や技術とともに、今後の農業の展望を聞きました。

株式会社エムスクエア・ラボを設立したきっかけは?

中学生の頃に読んだ本の影響で、環境問題や食糧問題に関心を持ち、それを学ぶために東京大学農学部へ進学しました。その後、就職や結婚を経て静岡に移住し、産業機械の会社で研究開発リーダーをしていたのですが、2人目の子供が産まれたタイミングで自分がやりたかった原点に立ち返り、農業にかかわる仕事を始めようと一念発起したんです。 ただ、農学部出身でありながら、「農作業の現場」については実は全く知らなかったので、静岡大学が開講していた社会人向けの講座に週に一度通い、半年かけて農業について学び直しをしました。その講座で、静岡県庁の方や地元の企業の方たちと知り合って人脈ができ、今の仕事に生きていると感じています。

加藤百合子さんの写真

同社が手掛ける「ベジプロバイダー事業」とは?

「ベジプロバイダー」とは、ベジタブルとプロバイダーを掛け合わせた造語で、生産者と購買者をつなぐ役割のことです。本来、農産物の流通にはたくさんの人が関わっています。例えば静岡県内では、浜松市から静岡市に農産物を輸送する場合、農業協同組合(JA)などを通して卸売市場に出され、そこからまた各地の問屋、そして小売りのスーパーなどに運ばれます。何段階も経るために、同じ県内なのにもかかわらず消費者の手に届くまでに何日もかかり、鮮度が落ちてしまいます。さらに、輸送コストの面でも、一度に大量に運べば運ぶほど単価が安くなるので、北海道から大量に送られてきた農産物の輸送費の方が県内の輸送費よりも安くなってしまうのです。このように、「近くの地域で生産されたものが運びづらい状況を変えなくてはいけない」と思って考えたのが、2017年から始めた「やさいバス」です。

「やさいバス」とは具体的にどういった仕組みですか?

地域内の点と点を結んで巡回する共同配送システムです。まず、購買者から注文を受けた農家が、最寄りの集配拠点である「バス停」に野菜を持ち込み、その「バス停」を冷蔵トラックが時刻表通りに巡回して農産物を回収します。購買者もまた、最寄りのバス停まで出向いて野菜を受け取ります。運ぶのが野菜なので、やさいバスと名づけました。取引はすべてオンライン上のシステムで行い、完全ペーパーレスになっています。 このシステムを始めるにあたって、大手自動車メーカーの「スズキ株式会社」や「鈴与グループ」を含む県内の企業などと協議会を作りました。やさいバスのアイデアを持ちかけた時、スズキ株式会社の方から「そんなことは自動車会社はみんなやっていますよ。専門の物流会社が部品工場を巡回して部品を集め、組みたて工場に運ぶ。農業ではやっていなかったんですね」と言われ、農産物の流通は固定化されていて、だれも変えようとしてこなかったんだということに気づきましたね。

やさいバス仕組み図

仕組みを変えるにあたって、苦労した点はどのようなことでしょうか?

農家さんは、農作物を美味しく作ることに長けています。その反面、ビジネスで勝つための手法を知らない方がいらっしゃるのも事実です。農業と産業が交わるようにするには、そこを助けてあげる必要があると感じます。

やさいバスの導入にも、初めは苦労しましたね。例えば、農家の方にオンラインで取引するためのシステムを導入してもらうことが最初の難関でした。「FAXでくれ」という方も多くて。それから、JAを通さない流通形態になるので、「うちはJAに出荷しているから協力できない」という人もいました。

でも、やさいバスは、消費者は新鮮でおいしい採れたて野菜をリーズナブルな価格で手に入れられるし、農家さんにとっても物流コストが安くなるので収入を増やすことができる。情報を共有することで、農家にも購買者の反応が伝わり、より品質の高い野菜を作ろうという励みにもなるーー。双方にとって良いことばかりなのですが、これまでの仕組みを変えるということは、ひとつひとつ説明して理解して納得してもらうことが必要不可欠ですから、地道に丁寧に進めていく必要がありましたね。

導入後の反応はいかがでしたか?

システムを使い始めると、「これは便利」と好評でした。鮮度や品質の良さから、理解してくれる購買者が次第に増え、野菜を提供する生産者にとっても、市場動向に左右されずに望む価格で出荷できて収入が増え、参加したいという農家も増えました。 当初、購買者のメインはレストランをはじめとした飲食店でした。ところがコロナ禍になり、スーパーなどの小売店に切り替えました。ちょうど地産地消ということが言われ始めた時期と重なって、いっぺんに地域優先の風潮に変わり、やさいバスの追い風になったと思います。

農家さんとの写真

やさいバスの取り組みは全国20都道府県ほどに広まっています。

コロナ禍によって地域の取り組みが見直され始めたことで、全国の地方公共団体などから問い合わせをいただくようになりました。それぞれの地域には地域特有の状況がありますから、基本的なシステムの運営は私たちが行いますが、形を作るのはその地域の方々にゆだねています。 たとえば北海道では、郵便局が協力してバス停を運営、広島県では、バス会社が物流を担い、一般の方も乗車するバスを使って野菜も集配しています。それぞれの地域の事情にあったやり方に合わせてカスタマイズすることが大切だと思いますね。最近では、静岡県庁や沼津、御前崎の各漁協と連携し、静岡の新鮮な魚を長野県や山梨県に運ぶ「さかなバス」にもトライしました。

貨客混載(やさいバス広島)の写真

現在、スズキ株式会社と共同で、農業用ロボットの開発にも取り組まれていますね。

Mobile Mover(モバイルムーバー)という名前で、「モバちゃん」と呼んでくれる農家さんもいます。これは当初、除草についての農林水産省の研究事業だったんです。けものみちや轍に草が生えることがありません。植物も踏まれるのが嫌なので、「ここで生えてもどうせ踏まれる」と認識するとどんどん小さくなるんですね。それを応用し、弊社では「雑草ふみふみロボット」というものを考えました。当時スズキに電動車いすの製品があり、ロボットの足として活用させていただけることになったんです。その後、農業用ロボットを開発しよう、ということに発展していったわけです。

モバイルムーバーの写真

ロボットを導入するとどのようなメリットがあるのでしょう?

たとえば農薬散布を人間がおこなうと、「なんとなくここは少し多めにしておこう」と必要以上に散布するケースが多いんです。そこを機械が担った場合、感情を抜きにして決まった量だけ散布できるので、農薬の量を減らせることがわかっています。

現在は、農薬は農薬散布機、草刈りは草刈り機、運搬は運搬車とそれぞれが全部専用機になっています。それをすべて1台にまとめて自動制御で行えるようになれば、農家の仕事はとても楽になります。ただ、安全に安定した走行ができることが大前提ですから、凹凸の多い農作地をそのように走行できるようにするのはとても大変なことです。そして機械が一番苦手とするのは、判断をすること。今のところ、判断要素が少ない「防除」や「運搬」などの作業に限定した形で、2026年の発売開始を目指しています。

海外にも進出していると伺いました。

今年、インドに会社を作りました。インドの農業は、まだまだ粗放的で、改善する余地がたくさんあります。しかし、これまでは土地がたくさんあったためにそれで良かったのですが、人口が爆発的に増え、インドも食料輸入国になっています。本来、焼き畑は二酸化炭素を放出して環境を悪化させますから、良い方法ではありません。日本は土地が狭いので、そこにある限られた土地を大事にして、時には百年以上も同じ場所で農作物を作ってきました。同じ土地で収穫量を増やしたり、品質改良しておいしいものにしてきたので、日本の農業は世界でも突出して技術が進んでいて、奇跡の国と言ってもよいほどです。日本の農業は100点満点で85点のところを90点にしようとさらに努力を重ねています。それでいくとインドは20点くらいかな。それを日本の農業技術の導入で50点、60点にすることができれば、ものすごく役に立てそうだなと思います。今、そんなことに手をつけ始めたところです。日本の技術をインドに伝え、農業を発展させることは、世界の食料事情の改善にもつながるのではないでしょうか。

将来的には、実証データをためながらMobile Moverで何でも応用できるようにして、農家をつらい農作業から解放してあげたい。そして、やさいバスで売り上げを伸ばして収入を増やす。その両輪で農家の暮らしが楽になるよう、私がお手伝いしていきたいと考えています。農家の作業が楽になり収入が増えれば、子や孫世代が農業を継ぐようになり、新しく農業をやりたいという人が増えてくれたら嬉しいですね。

世界を視野にいれて活躍されてお忙しい日々だと思いますが、気持ちが落ち着くこと、ストレス解消になることは何かありますか?

犬の散歩ですかね。「ポン吉」という名の柴犬と毎朝散歩することが、リフレッシュになっています。あとは二人の娘の成長かな。社名の「エムスクエア・ラボ」は、M2ラボ。つまり「MAMAの研究所」という意味です。母の思いを込めて、人にも環境にも優しい農業開発をこれからも進めていきたいと思っています。

加藤百合子氏の顔写真

株式会社エムスクエア・ラボ 代表取締役CEO

加藤 百合子

かとう ゆりこ

1974年、千葉県生まれ。東京大学農学部卒。英クランフィールド大学で修士号取得。宇宙ステーション内に植物工場を作るNASAのプロジェクトに参加し、帰国後、キヤノン株式会社入社。結婚を機に静岡県に移住し、親族が経営する産業機械メーカーで産業用ロボットの研究開発に従事した。2009年、株式会社エムスクエア・ラボ設立。2012年、日本政策投資銀行の「第1回女性新ビジネスプランコンペティション」で女性起業大賞受賞。2021年、内閣府表彰「女性のチャレンジ賞」受賞。現在、自ら設立した株式会社エムスクエア・ラボ、やさいバス株式会社の両社の代表取締役のほか、株式会社良品計画、静岡ガス株式会社の社外取締役も務めている。

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