陸上養殖 識者に聞く

引用元:読売新聞オンライン

◇先端技術活用で活性化…東京海洋大准教授 遠藤雅人さん

遠藤雅人さんの写真
えんどう・まさと 東京海洋大准教授。専門は水族養殖学。
近著に「陸上養殖の現在と未来」(共著、情報機構)

 陸上養殖は陸上に施設を建設し、海水、地下水などを用いた飼育水で魚介類を育てる。人間の生活圏に最も近い養殖形態と言え、飼育環境が安定していることが特徴だ。天候に左右されることも少なく、水温や水質が管理でき、新しい技術も取り入れやすい。国内の食料自給率向上のためにも重要だと考える。

 海面養殖は気候変動や台風などの影響も大きく、海水を汚濁する物質の排出問題もある。沿岸の適地も減ってきた。

 陸上養殖は1990年代後半から何度かブームが起きたが、事業化などの面で広がりを欠いた。現在、米国やノルウェーなどの技術が導入され、サーモン養殖の大型施設が造られるようになり、再び注目されている。バナメイエビ、アワビ、サバなど魚種も多彩となった。

 今のブームの火付け役は、商社や通信会社など新たな参入者だ。生き物相手の仕事は保守的になりがちで、餌を変えるだけでも抵抗感を持ちやすい。先端技術を活用するDX(デジタルトランスフォーメーション)などが陸上養殖の活性化につながっている。

 例えば、水槽にセンサーを入れてデータを集め、どういう管理をすると成長が速くなるか調べる。魚をカメラで撮影し、重さを推定し、餌の量の最適化を図る。餌やりも自動化できる。養殖業者が、職人技で行っていた作業が可視化され、自動化されていく。今はその発展段階にある。

 事業性をどう担保するかが課題だ。これまでは少量生産が主流だったが、商社の参入で大量生産も可能になってきた。需要や生産規模などに応じた販売戦略が重要になる。また、陸上養殖は、装置を動かすエネルギーの消費が大きくなる。コスト削減のため、地域と連携して廃熱や余剰電力を活用することも必要だ。

 かつては、養殖物はおいしくないといったイメージがあったが、今は天然物よりおいしい魚がたくさんある。餌が改良され、また血抜きなどの処理もしっかり行われるようになったためだ。

 今後の業績は事業者によって様々だろう。ただ、手法や技術はこれからも進化し、全体として成熟した産業に発展していく可能性は大きいと思う。(編集委員・伊藤剛寛)

◇成長産業 国の支援必要…陸上養殖コンサルタント 野原節雄さん

のはら・せつお 陸上養殖コンサルタント、バナメイエビ
の養殖などを手がけるIMTエンジニアリングの技術研究所所長。

 陸上養殖は今後、大規模化が進むだろう。

 導入コストがかかり、光熱費などのランニングコストも欧米に比べて高い。まとまった生産量がないと、市場に対して立場が弱くなり、高い価格が付けられなくなる。アトランティックサーモンなど一部の魚種では大規模化が進みつつあるが、今後はハタ類やエビなどにも広がるだろう。

 ただ、小規模施設でも勝機がないわけではない。農業のように、地域ごとにグループ化して生産に取り組み、安定した数量が生産できるようになると、市場に対する価格の優位性も高まる。

 また、育てた魚介類を使った地元の特産品を開発したり、新鮮さを売りに現地に行かないと食べられないような名物料理を作り出したりすると、観光や土産の需要が見込める。

 日本は人口が減少し、市場も縮小していく。高価格帯の商品では輸出も視野に入れていかなければならない。その際に大事なのは価格競争力だ。コストを抑え、原価を下げる努力が必要だ。

 また、特定の病原体がいないことを証明する検査証明書を、行政機関などで発行できる仕組みも整えるべきだ。民間事業者でも検査は可能だが、輸出などを考慮すると、国の認証は必須だ。

 陸上養殖の所管官庁は水産庁だが、漁業だけでなく、畜産のような側面や、工業的な側面もある。成長産業として育てていくには、国は省庁や役所の部署の垣根を越えて支援する必要がある。

 日本では、欧米に比べて陸上養殖のシステム開発が遅れている。第3次ブームとも言われる現在、企業が成功体験を積み重ねれば、さらなる投資や技術開発が進められるだろう。

 ただ、1社だけではハードルが高い。複数の企業や大学などが参加するコンソーシアム(共同事業体)を形成し、システムや飼料の開発などで協力することで成長を加速できる。国や自治体は、企業同士をつなぐ取り組みや、ベンチャー企業に対する補助金、人材育成に対する支援などをもっと充実させる必要がある。(木引美穂)

引用元:読売新聞オンライン

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