総務省の支援事業

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交通

運転席のスマホ×ICT×AIで、線路保守の巡視を省力化

静岡県伊東市ほか

線路を歩いて目視確認…人手不足が進む鉄道業界の重荷

国内で進む人口減少と高齢化は、重要な社会インフラである鉄道網を支える現場にも影響を及ぼし始めています。鉄道産業の従事者が減少し、安全を守るうえで欠かせない線路設備の保守管理などの作業において、これまでの人員体制で行うことが難しくなっているのです。こうした中、「住友商事株式会社(住友商事)」は国内の複数の鉄道事業者と共同で、担当者が線路を歩いて目視で異常を見つける線路巡視について、業務の効率化と高度化に取り組んでいます。総務省「令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業を活用し、最新のICT(情報通信技術)とAI、スマートフォン(スマホ)の機能などを組み合わせたシステムの構築を進めています。取り組みの背景や今後の展望について、「伊豆急行株式会社(伊豆急行)」運輸部技術課の竹内大介課長と住友商事メディア・デジタルグループ5G SBUソリューション事業開発チームの香川陽介マネージャーに話を聞きました。

線路巡視業務の課題解決に取り組む伊豆急行の竹内さん(右)と住友商事の香川さん(左)の写真
線路巡視業務の課題解決に取り組む伊豆急行の竹内さん(右)と住友商事の香川さん(左)

線路巡視業務の効率化に向けた取り組みを始めたきっかけと背景を教えてください。

竹内さん 伊豆急行は、静岡県の伊豆半島を走行し、営業区間は伊東駅から伊豆急下田駅までの全長45.7kmです。山間部を運行する区間が長く、トンネル区間が3分の1以上を占めています。さらに海沿いを走るため塩害などによるレールをはじめ線路施設の影響への対応も欠かせません。こうした環境下で、徒歩による線路巡視業務は、鉄道運行の安全を遵守するために非常に重要な役割を持っています。

伊豆急行では、1週間に一度、線路点検を行っており、全営業区間を保守管理係員が線路上を歩くなどしてレールの損傷や摩耗、腐食をはじめ、樹木が信号機に覆いかぶさっていないかなど線路状況を目視で確認しています。保守管理係員は通常3班にわかれて、2人1組で約10kmから15kmを担当していますが、人手不足とともに今後、多くのベテラン社員の退職時期を迎え、巡視業務の体制を維持するための対策が必要となっていました。

香川さん 鉄道産業における人手不足は、多くの鉄道事業者が抱える共通の課題です。従来から行っている目視での線路巡視業務は、現状のままでは運用と維持が難しくなると考えています。住友商事は、「東急電鉄株式会社(東急電鉄)」と共同で2021年からローカル5G とAIを活用した線路巡視の効率化に向けたシステムの構築を進めており、総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業を活用しました。今回、都市部の鉄道だけでなく、地方の鉄道でも使いやすいように、コストを抑えて運用面でも簡素化し、仕組みにより汎用性を持たせようと、令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業の実証事業で、伊豆急行をはじめ複数の地域鉄道事業者と共同で実証実験を行いました。

伊豆急行伊豆高原駅に到着する伊豆急行車両の写真
伊豆急行伊豆高原駅に到着する伊豆急行車両。全線で山間部の運行区間が長く線路巡視作業の負担が大きいという

今回の実証実験の内容と期待する効果を教えてください。

香川さん 電車の先頭車両の運転席横にある運転台、またはフロントガラスにスマホを設置し、走行中にスマホのカメラで線路を撮影。撮影した映像をAIが解析して線路設備の異常を見つけることができるようにしました。スマホで撮影した映像は、駅のホームに設置された専用のアクセスポイントを経由してその解析結果を、事務所にあるAI解析用サーバーに伝送、解析します。その結果、保守関係係員が遠隔で現地の状況を確認できるようにし、徒歩巡視の負担を軽減する狙いがあります。通信網は、新しい通信規格「Wi-Fi7」を利用しました。都市部の鉄道向けのシステムの通信網には、ローカル5Gを使っていましたが、伊豆急行のケースではイニシャルコストの面から、比較的安価で大容量の通信が可能なWi-Fi7を採用しました。撮影は市販されているスマホを利用した、専用の車載器を開発しました。

都市部の鉄道向けのシステムでは、線路設備の撮影は専用のカメラを利用し、カメラを搭載した車載器の重量はカメラと本体を合わせて10㎏前後となっていました。今回、地方鉄道向けには、スマホのカメラ機能を活用することで、車載器にスマホを搭載した時の重量が1.3㎏と大幅な軽量化を図り、持ち運びの際の負担を軽減しました。これは以前、地域鉄道事業者から「スマホくらい手軽に使えたらいいのに」という一言がきっかけで開発を開始したものです。

竹内さん 保守関係係員による現地での巡視業務について、AIによって異常が検知されるなど、必要な箇所のみを現地で確認することで業務の効率化を図ることができます。また、徒歩による線路巡視の周期を延長するなど作業負担の軽減が期待できます。

実証実験では、車載器(写真中央)にスマホを搭載し、走行中に線路周辺の撮影を行ったときの写真
実証実験では、車載器(写真中央)にスマホを搭載し、走行中に線路周辺の撮影を行った。車載器は吸盤によって固定されている

実証実験の成果を教えてください。

香川さん 実証実験では、営業車両の前方に市販のスマホ3台を搭載した車載器を利用し、走行中に線路設備の映像を撮影しました。具体的には、3日間の実証実験で伊東駅から伊豆急下田駅まで計4往復の撮影に成功しました。撮影した映像データは大容量になりますが、伊豆高原駅のホームに設置したアクセスポイントから、駅に停車している11分間の時間内で送信を終えることができました。

竹内さん 実証実験では、実際に線路付近に落ちていたミカンを検知することができ、成果に手ごたえを感じています。現在、若い人とベテラン層が厚く、中間層が少ない人員構成となっており、近い将来、ベテラン層の退職後に体制をどうするかが課題となっています。目視による保守管理業務の中で少しでも省力化ができる部分があると、他の業務に人員を配置できるようになります。

伊豆高原駅のホームに設置されたアクセスポイントの写真
伊豆高原駅のホームに設置されたアクセスポイント

実装に向けての課題を教えてください。

香川さん 実際の運用で利用するためには、 線路設備の異常に対してAIが高い検知精度を確保することが最大の課題です。モニタリングの対象となる異常事象については、100 %に近い検知精度を目指して取り組む姿勢が重要であり、そのためには、1回の走行で約90%以上の異常検知率を達成し、1日複数回の走行で限りなく100%に近づけることを目指しています。ただし、人の目による目視でも100%の検出は困難であることを踏まえ、あくまで保守関係係員の業務を高精度にサポートし、業務効率を向上させるツールとしての役割を目指しています。

竹内さん 最終目標は、目視の代替ができるようにすることです。線路設備の異常を把握する時間という面では、スマホで撮影した映像データを送信できるアクセスポイントが現在は伊豆高原駅の1か所に限られているため、遠隔で保守関係係員が把握するまでのタイムラグをどこまで短縮していけるかも課題です。

伊豆急行本社で行われた視察会の様子
伊豆急行本社で行われた視察会の様子。実装に向けた課題についての質疑も行われた

今後の展望を聞かせてください。

竹内さん 人手不足ではありますが、鉄道安全管理においては現行水準を確保することを前提としており、合理化と省力化を図るこうしたシステムの構築は不可欠であると考えています。システムでは、AIが事前に異常のある画像を学習し、撮影映像から同じ特徴を見つけて異常を検知します。映像データから異常を検知する際などにベテラン作業担当者の判断を取り入れるなど、ベテランのノウハウをAIが学習することで伝承できるようになっています。我々と同じような課題を抱える鉄道事業者の方々の解決の一助となるように実装に向けて取り組んでいきます。

「同じ課題を抱える鉄道事業者の役に立ちたい」と竹内さん(右)の写真
「同じ課題を抱える鉄道事業者の役に立ちたい」と竹内さん(右)
「鉄道業界の事例は道路や空港など他のインフラにも応用できる」と香川さん(左)

香川さん 住友商事は、総合商社の中では、放送や通信分野を得意としてきました。様々な社会課題の解決に向けてDXによるビジネス変革を通じた事業に注力しています。住友商事と東急電鉄が進めているAIを活用した線路巡視におけるシステム構築の実装に向け、伊豆急行をはじめ全国の鉄道事業者30社超とローカル5GやWi-Fi7などの様々な通信規格を使って共同検証を実施し、路線環境のデータを集めることができました。人口減少や高齢化による課題に直面する中、多くの鉄道事業者が利用できる汎用性の高いシステムを目指します。

また、AIによる異常解析の精度を向上させることで、安全性の維持・向上と業務の効率化を実現する新たなデジタルソリューションを創出し、鉄道業界の様々な課題解決に貢献していきます。さらにこれらの鉄道業界の事例を応用し、道路や空港の滑走路での活用など、各事業者や業界の垣根を超えた共創の輪を広げ、各産業の課題解決やDXを推進していきます。

伊豆半島の海岸線を走行する伊豆急行車両の写真
観光地を結び、地域住民の足でもある地域鉄道。線路巡視システムの実装への期待が高まっている。
写真は、伊豆半島の海岸線を走行する伊豆急行車両