総務省の支援事業

人口増えても縮むバス路線網 「レベル4」実装目標
東京都狛江市は多摩丘陵の東南端に位置し、東は世田谷区、西と北は調布市、南は多摩川を挟んで神奈川県川崎市に接しています。多摩川周辺などに豊かな自然が残されていますが、新宿から電車で約20分と近く、東京都心のベッドタウンとなっています。面積は市としては全国で2番目に小さく、人口は約8万2,000人(2025年1月)。運転手不足のため市内のバス路線が廃止されたり運行本数が減ったりする中、市民の交通手段確保を模索し、2024年度に総務省の「地域デジタル基盤活用推進事業(自動運転レベル4検証タイプ)」を活用してバスの自動運転に取り組んでいます。この事業は、特定の条件を満たす限定された走行ルートにおいて、ドライバーが不要な「レベル4」の自動運転の実装・横展開に当たって課題となる、安全かつ効率的な自動運転に必要な通信システムの信頼性確保などに関する検証を支援するもので、狛江市では交差点やロータリーに設置したセンサーやカメラの情報をローカル5Gで遠隔監視者等に送るシステムなどを検証しています。経緯や課題について、狛江市道路交通課の佐藤省吾係長と、代表機関の「東日本電信電話株式会社(NTT東日本)」東京事業部東京南支店の副島初月さん、ワイヤレス&センシングビジネス推進室の小口勝弘担当部長、中村光範担当課長に聞きました。
狛江市が自動運転に取り組むきっかけを教えてください。

佐藤さん 全国各地と同様、運転手不足が続いていた中、コロナ禍が打撃となりました。バス利用者が激減し、バス事業者が運営上耐えられなくなった路線が出現しました。減便、廃便が東京都の中でも実体化されてきたため、行政サービスとして、従来の路線バスやコミュニティバスに代わる新しい公共交通のあり方を考えていかなければいけなくなりました。当初は、小型電気自動車を使った時速20km未満の移動サービス「グリーンスローモビリティ」、事前予約制のデマンド交通を考えました。バスの自動運転も視野に入れ、いろいろな形で各地方公共団体、事業者と情報を共有し、視察も重ねる中で、今回の自動運転バスの実証実験に至っています。
いろいろな手段を検討する中、自動運転に取り組むきっかけは。
佐藤さん まずグリーンスローモビリティの導入を検討し、2023年11月に小田急線和泉多摩川駅~慈恵医大第三病院の間で実証実験を実施しました。NTT東日本とその実証実験に一緒に取り組んでいた時に、和泉多摩川駅の近くで検討していたイベントの足として、自動運転車両を走らせられないか相談したのが最初です。その際、「特定のイベントのためだけではなく、国の支援を活用して日常的な利用を目指して公道を走らせてみませんか」と提案してもらいました。

副島さん・中村さん NTT東日本としては2023年度、狛江市でグリーンスローモビリティの事業に参加したのが、地域公共交通にかかわる最初の取り組みでした。その中で市の交通課題として、今後の多摩川住宅地区再開発により人口増が見込まれていると伺いました。運転手不足の一方で住民が増えるという課題に対し、和泉多摩川駅~多摩川住宅地区間に自動運転バスを路側インフラと連携して走らせるというソリューションが適している可能性があると考えました。そこでコンソーシアム(共同事業体)のメンバーが集まり、総務省「地域デジタル基盤活用推進事業」の自動運転レベル4検証タイプを活用して事業がスタートしました。
多摩川住宅地区はどのくらい人口が増えますか。
佐藤さん 多摩川住宅地区は狛江市と調布市にまたがっていて、調布市側では現在、一部の街区で工事をしていて2025年2月から入居が始まります。狛江市側の街区は2027年に入居開始予定となります。再開発完了時には両市で7,000~8,000人の人口が増えると推定しています。
コンソーシアムの体制と役割分担について教えてください。

中村さん NTT東日本は、代表機関としてプロジェクトを管理するほか、ローカル5Gの通信環境および路側センサーを備えたスマートポールなどの環境を構築しました。自動運転システムのソフトウェア開発を手がける「株式会社ティアフォー」に自動運転バスとシステム開発を、「株式会社マップフォー」には自動運転用3次元地図データ作成に関する計測システムとソフトウェア、路側センサーにおける認知技術の提供をしてもらっています。「一般財団法人計量計画研究所」は地域公共交通計画の立案プロセスの知見を持っているので実証において、その点をサポートしていただいています。「株式会社unerry(ウネリー)」は人流や需要などのデータ分析を行い、どこに交通の需要があるか、遠隔操作に使う通信がどの地点で過密になって、どういう手を打たなければいけないかを解析するために参画いただいています。狛江市様には協力機関として、地域の皆さんのご意見を踏まえたルート選定や道路使用許可など、関係機関と緊密なご連携をいただいたり、住民説明会を開催したりすることで、地域の皆さまへの受け入れ促進を担っていただいています

実証実験の概要と特徴を教えてください。

中村さん 和泉多摩川駅から多摩川住宅地区の約5.1㎞のルートで実験し、この距離を約25分で走ります。特定の条件下で人が運転に関わらない「レベル4」を実現するための車両と装置を利用しますが、実際にはドライバー、オペレーターが同乗し、部分的に運転を自動化する「レベル2」での走行になります。和泉多摩川駅ロータリー付近など区間内にローカル5G基地局を4か所設置。加えて、見通しの悪い交差点、駅前ロータリーなど4か所には、物体との距離などを測定するセンサーやAIカメラなどを備えた「スマートポール※」を設け、その情報はローカル5Gを介して自動運転バスや遠隔監視拠点に送られ、車両に搭載したカメラやセンサーだけでは難しい安全確認を補完します。また実証においては、ローカル5Gの比較用としてWi-Fiも設けています。
狛江市での取り組みの特徴としては、都心に近いので、自動運転バスが自転車やバイクと並走することが他の実証地と比べて多いですし、路上での一般車両の駐停車も多いので、この2点の技術的なケアが必須です。最低限の安全確保は、車に搭載したセンサーや認知判断制御のソフトウェアなどがカバーします。さらに、そうした混雑した状況に遭遇した時には、遠隔監視者が周囲の車やバイク、歩行者などの動きを把握できるよう、ローカル5Gの技術も活用し、電波の悪い場所を含めてカバーできるかどうかを実証しています。もう一つのポイントは、自動運転車両から見えにくくてもスマートポール側から車両側や遠隔監視者に情報を伝えることで、歩行者や自転車などをスムーズに通し、かつ自動運転バスもしっかり走行できるようにすることです。スマートポールは約400m先の物体を検知するほか、100m程度の範囲内の物体を歩行者なのか自転車なのか車両なのかを認識して、その移動方向も判断できます。自動運転バスに近づいてくるのか、離れていくのかが分かるので、危険なら事前に減速することができます。実証実験では、様々な状況下で自動運転での安定運行が確認できています。ドライバーが手動で介入する回数は数回程度で、全く介入しないで走行できることもあるのですが、やはり駐停車車両の回避、車道を一緒に走る自転車への対応が課題となっています。


今後の展開を教えてください。
中村さん まずは地域のみなさんに、ドライバーがいない自動運転バスを受け入れてもらう必要があります。狛江市にご尽力いただいていますが、そういう未来に対し、心配な点、要望など、市民の生の声を集めていただき、我々としてどのようなソリューションを提供していけるか考えたいです。社会受容性を高めるための丁寧なコミュニケーションが重要で、自動運転の社会実装が地域にとっていいものだとご理解いただければ、2027年の社会実装を目標として、我々としては全力で進めていきたいと考えています。
佐藤さん 将来的に運転手が増えることは考えにくいですし、住民の高齢化も進んでおり、公共交通の利用者が増加する傾向があることは間違いありません。それを新しい交通で埋めていくことが行政の役割になります。今取り組んでいる自動運転については、改善点を洗い出しながら次へのステップへつなげていければと思います。現時点では大いに手応えを感じています。
実装に向けて課題はどのようなものですか。
小口さん 技術的には問題なく進んでいますが、実際に使う時の運用が課題となります。実証実験は有人なのでトラブルに対応できますが、無人になると、たとえば乗客の忘れ物への対応をどうするのか。また、車いすの方が乗る際、現在は運転手がスロープをつけて対応していますが、無人だとそれができません。高齢者や交通弱者といわれる人たちに寄り添い、守っていくためには、もう一ひねり、二ひねり考えなければなりません。また、プロのドライバーが運転するのと同じぐらい自動運転バスを上手に走らせていくために、路側インフラの整備のみならず、地域社会にも受け入れていただき、乗客も周りの車も温かい心で、街とともに育てていくような視点も必要になると思っています。

※スマートポール・・・ポール状の次世代都市インフラ のこと。5G基地局や公衆Wi-Fi、センサー、人流解析のカメラ、デジタルサイネージなどの機能を備える多機能ポール型のものがある。