総務省の支援事業

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消防・防災

災害時、港は生命線…迅速な安全確認をドローンや高速通信で

静岡県静岡市

清水港 緊急物資を受け入れる防災拠点港湾

静岡市の海岸線のほぼ中央に位置する清水港は、古くから交易の要衝、軍事上の要地として重用されてきました。近年では、国際海上輸送網の拠点「国際拠点港湾」や、クルーズ船の拠点となる「国際旅客船拠点形成港湾」に指定されるなど重要性が増しています。一方で、清水港は南海トラフ地震の想定震源域にあります。被災時は緊急物資を受け入れる静岡県の防災拠点港湾に定められていますが、港の安全を迅速に把握し、物資の受け入れ環境を整備することが課題となっています。そこで、総務省「令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業を活用し、デジタル技術により迅速かつ安全に港の安全状況を把握する取り組みを始め、2025年1月22日には実証視察会も行われました。事業に取り組む「国際航業株式会社(国際航業)」河川海洋部アセットグループの大西明夫さん、「日本電気株式会社(NEC)」先進DXサービス統括部の相澤淳プロフェッショナル、「電気興業株式会社(電気興業)」ソリューション営業部の高尾英久専任部長に聞きました。

防災拠点港湾に位置付けられている清水港
防災拠点港湾に位置付けられている清水港

清水港でDXに取り組んだきっかけは。

インタビューに答える国際航業株式会社の大西さん
国際航業株式会社の大西さん

大西さん 2021年度に静岡県から清水港の港湾施設を適切に維持管理するための点検・調査を受託したのがきっかけです。そのころ、私たちはデジタル技術を使った点検診断技術の高度化・効率化に取り組もうとしていました。他地域の事業なのですが、2022年度には総務省の「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」を活用し、東京都の荒川下流域での水害発生時を想定したドローンによる被害状況の把握や、無人建機による復旧作業、新しい通信規格「ローカル5G」を使った通信ネットワークの整備を組みあわせた実証事業を実施しました。そこで、一定の手応えを得たので、河川における課題解決事業の横展開を図るとともに、港湾での被災状況把握や点検診断の高度化にもこの技術が使えるのではないかと考え、清水港での実証事業を静岡県に提案したのです。 港湾施設の点検・調査を受託していたので、どういう課題をデジタル技術で解決したいのかという「課題感」も県と共有できていました。県としてもDXに力を入れているという背景もあって話が進み、総務省の地域デジタル基盤活用推進事業に応募しようということになりました。震災時を想定し、清水港のなかでも耐震強化岸壁がいちはやく整備され、物資受け入れの拠点となる「日の出地区」で実証することにしました。

実証事業の狙いや内容はどのようなものでしょうか。

大西さん 今回の実証事業の最大の狙いは、実装可能なレベルで迅速に港湾施設の安全確認ができるかどうかを技術的に検証することです。緊急物資の受け入れ拠点である清水港は、災害時に速やかに機能を復旧させる必要があります。早期機能復旧計画では被災3日後には物資の受け入れが可能な状態にすることを目標としており、その前に緊急貨物を積んだ船舶の航路や岸壁の安全が確保されているかを確認する必要があります。場合によっては人が立ち入れない可能性も高く、ドローンを使った上空からの安全確認と、船舶の航路、つまり水中の安全確認、そしてAIとカメラを組みあわせた港湾内の異常検知を組みあわせるシステムを考案しました。通信規格は、セキュリティが高いと言われるローカル5Gを選びました。こうしたシステムで緊急時に異常が検知された場合、静岡県や国が漂流物を撤去したり、輸送の障害となるものを取り除いたりするなどの作業を行うことで、物資の受け入れがスムーズに行われる環境を整えることができます。迅速に港湾内の異常を検知し、安全な環境を整備することが、港湾の早期機能復旧につながるのです。

国際航業が担ったのは、主にドローンと水中の安全確認です。ドローンで撮影した岸壁などの映像をリアルタイムで送信するとともに、私たちが開発した3次元解析技術を使って3D地形モデルを作成し、被災状況や、物資受け入れの障害となるような物が岸壁背後地に散乱していないかどを迅速に確認する仕組みです。

また、水中については、調査船の側面に取り付けたソナーから音波を発してその跳ね返りで水中の地形を調べるマルチビーム音響測深を実施。地震や津波による海底地形の変化がないか、船舶が接岸できる水深か、また流出物などによる水中の障害物の有無などを調べ、船上から直接、3D地形モデルを作るための大容量データを送信することで、調査にかかる時間をどれだけ短縮できるかを調べることにしました。通常の調査船が入り込めない浅海域でのケースも想定し、全長1.6mほどのリモコンボートを使った測深も実施しました。

実証事業の概要図
実証事業の概要図

高尾さん 電気興業が担ったのは港湾内の監視システムです。カメラで物体の温度を検知し映像化するサーマルカメラとAIを組みあわせ、平常時は港湾内に異常がないかを監視し、災害時には暗闇の海上でも漂流する障害物などをAIで検知できる仕組みを構築しました。AIの精度を確かめ、人の目視による監視を省力化する狙いがあります。また、こうしたシステムを災害時に運用する場合、いざという時に使いこなすのは難しいと考えています。だからこそ、平常時からシステムを活用してもらえるよう工夫しました。たとえば、カメラの向きを自動で少しずつ変えて最大256箇所をズームアップしながら監視できるというのもその一つです。

清水港のビル屋上に設置されたサーマルカメラ
清水港のビル屋上に設置されたサーマルカメラ
NECの相澤さん
NECの相澤さん

相澤さん NECは、ローカル5Gのネットワーク整備と、ドローンやマルチビーム音響測深、サーマルカメラなどで取得した情報を一元的に見ることができるポータルサイトの構築を担当しました。ローカル5Gを使うことで、災害時に携帯電話などの通信ネットワークに頼らず独自の通信ネットワークを使えるメリットは非常に大きいです。携帯電話の通信ネットワークなどは、災害時はみんなが一斉に通信するためにつながりにくくなってしまうことが予想されます。また、港湾という重要拠点の情報をやりとりすることを考えると、限られた人しか使えないクローズドのネットワークであるローカル5Gが適していると考えています。とはいえ、ローカル5Gの基地局をあちこちに設置するのは導入費も運用費もかさみます。そこで実証事業では、基地局1つでも調査範囲を広げられるよう可搬型のローカル5G基地局を使い、調査したい場所に応じて持ち運べる状況も考慮しました。また、ポータルサイトでは、ドローンなどの操作者とリモートでコミュニケーションできる機能も取り入れ、緊急時の意思疎通をスムーズにすることで、効率良く港湾の安全確認ができるようにしています。

視察会で使われた可搬型ローカル5G基地局
視察会で使われた可搬型ローカル5G基地局(アタッシュケースに入ったものが基地局)

取り組みの成果を教えて下さい。

大西さん これまでの実証の結果、ドローンの場合、ローカル5Gのアンテナから600mほど離れても安定して動画データを送ることができることが確認できました。ドローンのバッテリーの稼働時間は1回20分ほどですが、発災から1日で被災状況を把握できると考えています。また、水中の状態についても、500mの岸壁なら30分ほどでデータを取得でき、そのデータを使って2時間ほどで3D地形図を作ることができます。航路上の障害物についても、アンテナから500m離れた海上から1日分の測量データ(1GB)を15分ほどで取得可能であることが分かりました。今まで、そうした測量データは陸上に戻ってきてから取り出し ていましたので、より迅速な水中状況の把握ができると考えています。

実証視察会で上空から映像を送信したドローン
実証視察会で上空から映像を送信したドローン
実証視察会で上空から映像を送信したドローン

高尾さん 被災時に港湾内で被害をもたらす大きな漂流物としては、コンテナなどが想定されます。一般的なコンテナ大きさは12mほどですが、今回のシステムでは2km先の10mほどの大きさの船を検出することできました。障害物の種類をAIに学習させることで、さらに精度は上がっていくと考えています。

相澤さん 電波の指向性を高めて距離を伸ばすなど、まだできる工夫はあるかもしれませんが、今回のシステムでは想定通りのネットワーク環境を作ることができました。ポータルサイトについても、すべての映像を一つの画面で一元的に見ることができ、また同じ画面で操作している相手と会話しながら指示できることも検証できました。

電気興業株式会社の高尾さん
電気興業株式会社の高尾さん

実装にむけての課題と今後の展望は。

相澤さん 実証視察会で静岡県清水港管理局の方も指摘されていましたが、実装に向けてはコストや、ローカル5Gシステム運用のノウハウ蓄積といった課題があると考えています。今回の実証事業全体の費用は約8,000万円。ただ、実証で得られた課題のブラッシュアップや横展開による普及などでコストは大きく抑えられると考えています。新しい通信システムであるローカル5Gも、ここ4年ほどの企業努力でコストを大幅に抑えられるようになりました。あとは、平常時の活用なども組みあわせ、費用対効果が出るような工夫をすれば実装していただけるのではないかと考えています。また、災害時にはローカル5G無線設備の設置場所変更などを口頭などで迅速に許認可してもらえる「臨機の措置」の適用により運用すれば、清水港全体などより大きな地域でも災害場所に基地局の場所を変更したローカル5G環境を構築することで、より使いやすくなるのではと感じています。

実証事業のコンソーシアムに参加したメンバー

大西さん 実証事業は、新しいことへの挑戦です。総務省の先進無線を使った実証事業は、事業規模の目安が1,000万~1億円程度と規模が大きく、自分の会社だけでなく他の企業が持つノウハウや技術を組みあわせて、最適なソリューションを考えることができるのがありがたかったです。今回の実証でもそれぞれの会社の得意分野を組みあわせて、迅速に港湾全体の安全確認ができるシステムを提案できました。今回の実証結果を踏まえ、清水港での実装を目指すとともに、2027年度には御前崎港、田子の浦港など、静岡県内の他の防災拠点港湾にも展開していきたいと考えています。また、災害時の港湾の迅速な復旧は、全国共通の課題でもあるので、DX機器を取り扱う職員研修なども含めた提案で全国展開を目指します。