総務省の支援事業

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農林水産業

新たなICT技術の活用による林業DX化で省人化と安全性向上の実現へ

徳島県那賀町

急斜面での木材運搬、安全にクレーンゲームのように

森林が町の面積の約95%を占める徳島県那賀町は、地場産業である林業とともに発展してきました。古くからブランド木材として名高い「木頭杉(きとうすぎ)」の産地として知られてきましたが、輸入材の台頭と林業従事者の減少と高齢化に伴う人手不足という課題に直面しています。次代の担い手を守り確保するため、那賀町では、労働災害を防ぐ安全確保を最優先にした作業環境を作る施策を展開しています。特に急峻な地形での伐採・集材作業は危険と隣り合わせとなっており、山にワイヤーを張って木材を搬出する架線集材などで最先端の機材や技術を取り入れています。

2024年度には総務省「地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業を活用し、最新の情報通信技術(ICT)を使って遠隔で林業機械を操作し、集材作業の安全確保と効率化を進めています。取り組みや今後の展望について、林業の高度化をICTで支える「古野電気株式会社」システム機器事業部事業企画部事業企画課の内形勇太朗さんと那賀町林業振興課の関口真生主事に聞きました。

古野電気株式会社の内形さんと那賀町林業振興課の関口さんのツーショット写真
古野電気株式会社の内形さん(左)と那賀町林業振興課の関口さん(右)

地域デジタル基盤活用推進事業活用のきっかけと背景を教えてください。

関口さん 那賀町は、朝夕の寒暖の差が激しく、温暖多雨な気候がスギの生育に適しており、古くから「木頭杉」の生産を中心とした林業が盛んです。那賀町の森林面積は65,958ha(ヘクタール)であり、その約93%にあたる61,545ha が民有林です。その民有林の77%が人工林で、このうち約72%が10齢級(樹齢46〜50年生)以上と利用に適した時期を迎えていて主伐に適した森林です。一方で那賀町の林業就業者は、1980年の860人から、1995年に297人、2020年は106人と激減し、高齢化も進んでいます。木材の生産量を増やし、「切って、使って、植えて、育てる」という森林資源の循環利用を続けるためには、林業機械を使った作業の効率化が待ったなしの状況となっています。

中でも、那賀町は急峻な地形の特性から、ワイヤーを使って木材を運ぶ架線集材作業の効率化とともに、安全面の向上が長年の大きな課題となっていました。地形に適応した林業機械の開発も進めてきましたが、最新のICT機器を活用し、遠隔地から林業機械の操作を行うことが解決への近道と考え、古野電気株式会社の担当者である内形さんに相談しました。

ワイヤーを使って木材を運ぶ架線集材の様子
ワイヤーを使って木材を運ぶ架線集材(徳島県那賀町の実証現場で)

内形さん 那賀町の担当者である関口さんから相談を受けたのは、2023年末のことです。架線集材を安全に行うため、林業機械の遠隔操作化に挑戦しているものの、うまく進んでいないということでした。

電波状況の悪い山間部で機械を遠隔で操作するには、現場の映像などをリアルタイムで確認できる情報通信環境をつくることが重要です。古野電気株式会社は、遠くまで電波が届く新しい通信規格「Wi-Fi HaLow」の技術と製品を持っています。当社の技術と製品を使って林業機械の遠隔操作化をお手伝いできるのではないかと考え、地域デジタル基盤活用推進事業の実証事業に応募しました。

林業機械の遠隔操作を確認する徳島県那賀町の実証現場の様子
林業機械の遠隔操作を確認する徳島県那賀町の実証現場の様子

実証事業では、どのようなことを目指されたのでしょうか?

内形さん 山の斜面の上空に張ったワイヤー上で「ケーブルグラップル」という、クレーンゲームのように伐採した木をつかんで運ぶ林業機械の遠隔操作を行いました。実証では現場の映像をタブレットで確認しながら、コントローラーで遠隔操作し、伐採した木を集材場まで運ぶことを目指しました。

今回の実証現場は、遠隔操作を行う場所と、伐採現場が最も遠い場所で約700m離れており、ケーブルグラップルに取り付けたカメラが撮影した映像の伝送手段には、無線で1km先まで映像を送ることができるWi-Fi HaLowが最適であると判断し、利用しました。

映像はカメラからアクセスポイントを経由してタブレットに送られますが、Wi-Fi HaLow だけでなくWi-Fi電波(2.4GHz)も使用し、周辺の通信を無線だけにして狭い場所でも使いやすい工夫をしました。当社グループの「株式会社フルノシステムズ」のWi-Fi HaLowアクセスポイント「ACERA 331」の特徴、Wi-Fi HaLowと2.4GHz帯Wi-Fiの両方の電波を出すことができるという強みを生かしたのです。

加えて、現場には別のWi-Fi HaLow対応小型ワイヤレスカメラも設置して、衛星インターネット通信「Starlink」を使って現場全体の様子を広範囲で確認するための画像をクラウドにアップし、インターネット経由でも確認できるようにしました。このワイヤレスカメラは、平時には現場の進ちょく監視に使いますが、土砂崩れや豪雨発生などの緊急時には災害監視も可能になります。

現地の映像をタブレットで確認しながらケーブルグラップルの遠隔操作を行っている様子
現地の映像をタブレットで確認しながらケーブルグラップルの遠隔操作を行った(徳島県那賀町の実証現場で)

関口さん これまでの架線集材では、フックなどにひっかけて運ぶためのワイヤーを木材にくくりつける「玉掛け作業員」、ひっかけた木材を運ぶためにワイヤーの巻き上げ等の操作をする「集材機オペレーター」、集材場まで運搬した木をプロセッサーで造材する「プロセッサーオペレーター」という計3人の作業が必要になっています。

玉掛け作業員は、急斜面で伐採した木にワイヤーをくくりつける必要があるため、特に危険が伴い、全国の林業の現場で多くの労働災害が発生しています。

この玉掛け作業の安全性向上という課題の解決に向けて、2018年度から那賀町が事務局を務める協議会を中心に、玉掛け作業の自動化を目指して、グラップルで直接木材をつかむケーブルグラップルの開発・実証を行ってきました。

より軽くて安価な機体製作を進め、2022年度には実用機として使用できる機体が完成しました。この結果、林業従事者が危険な玉掛け作業を行う必要はなくなったものの、伐採した木をケーブルグラップルでつかむ作業は、危険を伴う現場近くで目視確認しながらリモコンで操作する必要があるという課題が残っていました。

ケーブルグラップルで、木材を直接つかんで持ち上げて運ぶ様子
ケーブルグラップルで、木材を直接つかんで持ち上げて運ぶ様子(徳島県那賀町の実証現場で)

実証事業で行った実証実験の成果を教えてください。

内形さん 実証事業では3回にわたって現場での作業を行いました。Wi-Fi HaLowを使って、約700m離れた場所からリアルタイムの現地映像を見ながら遠隔操作し、木材を集材できたのが一番の成果です。

これまでは急斜面を降りて、伐採した木の近くまで行き、リモコンで機械を操作していましたが、グラップルでつかんでいる木材が滑り落ちる、つかみ切れておらず落下するといった危険があります。那賀町や林業従事者の方々からも、「1t(トン)近い重さの木材を扱うのは非常に危険で省人化したい」という思いを聞いていました。今回、初めて遠隔操作での木材集材に成功し、現場の作業員の方々もとても喜んでくださいました。

関口さん 実証実験を始める前には、ケーブルグラップルの遠隔操作は、近くでリモコン操作する場合と違い、距離感が把握しにくく難しいのではないかと思っていました。実証実験を繰り返す中で、作業員の方のコントローラーの操作技術が向上するとともに、カメラの角度を変えたほか、チェーンをつけて距離感を視覚的に把握できるようにして集材の時間短縮もできました。システムや機械の作り手と使い手が一緒に現場で改善しながら実証を行うことで、課題解決に近づきやすくなると感じました。 今回の「遠隔操作化」が現場で実装できると、伐採現場に人を配置しなくてよくなるため、架線集材作業は現在の3人体制から2人体制に省人化を図ることができます。また、急斜面を移動する必要もなくなり、安全な位置から機械操作ができるため、労働安全対策にも有効だと考えています。

遠隔操作による木材の架線集材に成功し、笑顔を見せる担当者の方々の集合写真
遠隔操作による木材の架線集材に成功し、笑顔を見せる那賀町、古野電気株式会社、株式会社フルノシステムズ、「公益社団法人徳島森林づくり推進機構」、「株式会社徳工」の担当者の方々

地域デジタル基盤活用推進事業を利用してよかった点や今後の展望を聞かせてください。

内形さん アイデアとして持っているものを実証するために、これまでであれば、費用についてどこから出すかというハードルがありました。しかし、この実証事業では国が実証に必要な費用の全額を支援してくれるので、実証に対するハードルが下がりました。また、応募段階から、実証で完結させることなく、ソリューションの実装・横展開を意識したことで、実証で実装・横展開するにあたっての課題をしっかりと抽出できた点も良かったです。

2024年度の実証で、遠隔操作で木材集材ができたという大きな成果を得られ、林業現場の作業員の方々の安全と安心に繋がるソリューションであることがわかりました。

一方で実装・横展開に向けて、ケーブルグラップルの高低感が認識しづらい、谷部分では通信が届かないという課題が見つかりました。今後、実装に向けて、例えば高低感を確認するためにカメラを追加する、通信の中継器を増設する、距離センサを導入するなど、機能面の追加が必要であると考えています。中継器設置のソーラー給電システム、急斜面を降りずに作業できるドローンシステムなども考えていきたいです。林業従事者の安全・安心の確保、生産性の向上に向けて古野電気株式会社として、貢献できることは何かを模索していきたいと思います。

関口さん 今回の実証事業で、架線集材作業における省人化と安全性の向上は一歩前進できました。しかし、林業現場には、まだまだ解決すべき課題は山積しています。

他の課題の中には、地理的な要因などからICT技術が導入されず対応が困難なものがありましたが、今回活用したStarlinkやWi-Fi HaLowといった新技術によって解決の糸口が見えてくるかもしれないと感じました。今後、新たなICT技術の活用といったDX化を進めることで地域の林業の振興を目指していきたいです。

遠隔操作は架線集材の安全対策にも有効になると語る那賀町林業振興課の関口さん
「遠隔操作は架線集材の安全対策にも有効になる」と那賀町林業振興課の関口さん