総務省の支援事業
観光客が年300万人、南海トラフ地震対策が必須
紀伊半島南部に位置する和歌山県白浜町は、美しいビーチや温泉など豊かな観光資源に恵まれ、国内外から年間約300万人の観光客が訪れています。南海トラフ地震エリアに位置する白浜町では、いざ災害が発生すると甚大な被害が想定され、防災対策は必須です。災害は観光客にも例外なく襲いかかるため、白浜町の住民はもちろん、地域全体の防災という観点でも地震対策に力を入れてきました。災害時でも途切れにくい新しい通信ネットワーク「NerveNet (ナーブネット)」の整備もその一つです。総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の補助事業を活用し、整備エリアを広げ、よりきめ細やかな観光・防災情報を提供する仕組み作りに乗り出しました。これと同時に、NerveNetの強みを生かしてIT関連企業を誘致し、新たな産業の創出も図る考えです。
白浜町総務課情報推進係の矢田大志係長とNerveNetを開発した「国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)」ネットワーク研究所レジリエントICT研究センターで協力研究員を務める島野繁弘さんに、NerveNetの整備の背景や今後の展望について聞きました。
地域デジタル基盤活用推進事業の補助事業を申請した背景を教えてください。
矢田さん 白浜町は、若い世代の流出や人口減少に歯止めがかからず、これを解決する手段の一つとして企業誘致に注力しています。山間部が海に迫っている地形から工場の立地には不向きなので、IT企業などの拠点誘致を進めています。それには安全で安定した情報通信インフラの構築が重要です。一方、白浜町は南海トラフ地震などの災害時を見据え、町の中心部などで、災害に強い通信ネットワーク「NerveNet」の整備を進めてきました。このネットワークならば、災害対策はもちろん企業誘致にも強みを発揮すると考え、整備地域を広げようと申請したのです。
また、温泉やビーチがあり、東京から飛行機で約1時間というアクセスの良い白浜町を、観光と仕事を行う「ワーケーション」の場として利用してもらいたいという思いもあります。南海トラフ地震など大規模災害発生時でも、日常的に利用しているネットサービスやアプリケーション(アプリ)を使えることをアピールするとともに、いざ災害が発生した際には安否確認や避難所などの情報提供などにも利用したいという狙いがあります。
島野さん NerveNetは、NICTが開発した災害に強いネットワークです。通信機能と情報処理機能を備えた基地局同士が相互に網の目のように接続して構成しています。
土砂崩れなどの災害が発生して一つの基地局がつながらない状態になっても、自動で他の基地局が補完します。通常は光回線でつながっていますが、光回線が途切れた時は衛星回線を通じてつながるなど、途切れない通信環境を実現しています。
また、保有する情報やデータをクラウドに保管せずに、自分たちのサーバーに蓄積し必要な時に取り出して使うことができます。災害の影響によりインターネット、クラウドが使えない状況になっても、情報を取り出せる利点があります。
白浜町へのNerveNetの整備は、町が南海トラフ震源想定地域で、技術や整備に理解があったことから、NICTから実証実験を提案して始まりました。災害時のネットワークとして活用することはもちろんですが、平時にも観光・防災関連の情報提供など様々な活用ができると考えました。
地域デジタル基盤活用推進事業を活用してどのような整備を進められたのでしょうか。
矢田さん NerveNet自体は、2014年に実証実験という形で整備に乗りだし、2021年度には「デジタル田園都市国家構想交付金」を活用して、白浜町の中心部や観光地など15か所に基地局を設置しました。2022年から一部地域で本格運用を始めています。
しかし、企業や住民、来訪者らに対し、災害時でも安全で安⼼な通信環境を提供することを考えると、観光地だけでなく町内全域にネットワークを整備していくことが重要です。
ただ、それは町の予算だけでは難しく、2023年度は、地域デジタル基盤活用推進事業の補助事業(約5,000万円)を活用し、IT企業などの誘致を目指す日置川地区に5か所整備しました。
また、白浜町では、平時は観光情報、災害持には防災情報に切り替えられる観光と防災の情報を一元的に提供するデジタルマップ「しらはまこんぱす」を公開しているのですが、これとNerveNetを連携。NerveNet上にシステムを構築し、NerveNetやマップなどの利用者は、属性などの情報取得に同意すれば、自動で「お勧め情報」を得られるような仕組みも構築しました。
2024年度も、同補助事業を活用し約1億円の事業の中で、企業誘致を図る富田地区に13か所の整備を予定しています。いずれは、⽩浜町全地区へ拡張し、空港、駅、道の駅などすべての主要施設もカバーしたいと考えています。
地域デジタル基盤活用推進事業を活用されてよかった点を教えてください。
矢田さん 白浜町の予算だけで整備を行うことは難しいので、地域デジタル基盤活用推進事業の補助事業を活用できてとてもありがたかったです。NerveNetという優れた情報通信ネットワークを整備できたことで、今後、企業誘致を進める際にも差別化ができると考えています。特に2024年度は、町内でも企業が拠点を設けやすい場所に基地局を整備することができたので、進出企業の増加が期待できます。企業の進出をきっかけに町内の雇用を増やし、人口増につなげていきたいと考えています。
島野さん 地域社会のDXを進めるためには情報通信ネットワークの基盤整備が必要ですが、新しく導入するにはとてもコストがかかります。その点で総務省の地域デジタル基盤活用推進事業という新たなインフラ整備にも使える制度が創設されたことは、とても大きな意味があると考えています。たとえば、NerveNetの導入には初期費用はかかりますが、ランニングコストは基地局の数に関係なく年間500万円です。いつ起こるか分からない災害に備えるということで、コスト面で導入を悩んでいる地方公共団体も、補助事業があれば、導入のハードルは下がります。構築に必要な基地局間をつなぐための無線機、Wi-Fiアクセスポイント、非常時用のポータブル電源と太陽光パネルなどについても、補助事業の対象になるという点でもありがたかったです。
また、インフラ整備だけでなく、DXを進めるという補助事業の目的も、私たちの事業に合っていました。ふるさと納税やワーケーション、企業誘致の促進について、NerveNetの利用者のアンケート結果などから得た情報・データをRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)を用いて分析するといったデジタルマーケティングも実現することができました。
今後の展望を聞かせてください。
矢田さん 白浜町内のNerveNetの基地局周辺では、普段から地域や観光客ら来訪者の方々にWi-Fiを無料開放しています。もし災害が起きて携帯電話の電波が途切れた場合でも、この Wi-Fiは通常通り使っていただくことができます。このように災害時に使えるようにしたうえで、平常時の活用の方法をどんどん考えていきたいです。
基地局整備では、2025年度は白浜町内の中心部から中山間地域への拡大を目指しています。地元企業やスタートアップなど様々な事業者の方が、NerveNetを使って新しいソリューションやサービスを構築できる環境を地方公共団体として整備していきたいと思います。このほか、NerveNet上に構築したシステムを利用し、同意に基づいて来訪目的をはじめとするさまざまな情報収集を始めています。こうした情報のデータを分析して観光施策、企業誘致、災害対策などに生かしていきたいです。
島野さん IT、情報通信技術にかかわるインフラは、整備した後、メンテナンスで維持していく道路や橋などと違い、インフラを生かしてさらにまた新しいものを作れることに意味があると考えています。地域課題を解決するソリューションやアプリを開発することもその一つです。
今後、地域の企業などが、白浜町の情報通信インフラを活用したソリューションやアプリを開発し、自走できる流れを作り出すことが重要です。すでに大学やIT企業からNerveNetを使って実験をしたいという声も寄せられています。
現在、NerveNetは他の地方公共団体では宮崎県延岡市でも導入されていますが、こうした新しいものを生み出し、自走するサイクルができることで、将来、新しい産業が各地に生まれると考えています。メタバースやデジタルツインなどを活⽤し、官民共創で新しいまちづくりについても発信できるのではないでしょうか。
また、年間300万人に上る観光客とのかかわりをどのように育てていくか。観光での来訪からワーケーション、移住や企業の拠点進出などにつながるような、情報通信インフラを活用した白浜町独自の戦略づくりのお手伝いができればと思います。