総務省の支援事業
十勝平野のほぼ中央に位置する帯広市は、人口16万人余(2024年10月)。同市を含む十勝地方の広大な農地では欧米型の大規模農業が展開され、そこで生産されるじゃがいもや小麦などは全国の食卓を支えていることから「日本の食料庫」とも呼ばれています。一方、少子高齢化の影響で農家戸数が減るのに伴い、1農家あたりの耕地面積は増加の一途をたどっており、デジタル活用による省力化・効率化が不可欠な状況になっています。2024年度、「帯広市川西農業協同組合(JA帯広かわにし)」が中心となって総務省「令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業を活用し、ドローンとAIを組み合わせて作物を管理したり、複数の無人トラクターを同時に動かしたりする実証試験が行われ、その実証視察会が2024年11月に開かれました。スマート農業にかける思いなどを、事業に携わったJA帯広かわにし営農振興課の幸村大輔課長、帯広畜産大学の佐藤禎稔名誉教授、「日本電気株式会社(NEC)」先進DXサービス統括部の田靡哲也シニアプロフェッショナルに聞きました。
スマート農業を加速させる背景は。
幸村さん やはり大きな課題は、人口減少と後継者不足です。帯広市を含む十勝地方全体で1965年に2万戸近くあった農家は、最近では5,000戸余に減少。農家が高齢化し後継者のめどがつかないまま農業をやめる人が増え、その耕作地を周辺の農家が合併し農家の大規模化が進んでいるのです。実際に帯広市内の農家戸数は613戸(2023年度)ですが、5年間で戸数が1割以上減り、それに伴い1戸あたりの耕作面積は1割以上増えて33ヘクタール以上になりました。
加えて、ロシアによるウクライナ侵略などの影響によりトラクターなどの農業機械や肥料が高騰しています。人手が不足し経費が上昇している状況を変えるには、スマート農業でより一層の効率化を図ることが必要だと考えました。
総務省の実証事業に取り組んだ経緯や内容は。
幸村さん 2023年度に佐藤先生らによるロボットトラクターなどの講演会があったのですが、そこで労働力不足や、1農家あたりの経営面積の増大が大きな課題として挙げられました。その際、北海道総合通信局の方に、長距離通信が可能でランニングコストも安価な新しい無線通信「Wi-Fi HaLow」や総務省の地域デジタル基盤活用推進事業について教えて頂きました。それらを活用して、一層の効率化を図りたいと思ったのですが、どこから手を付ければよいか分からず、通信技術のノウハウもない。考えあぐねていたところ、北海道庁に技術紹介のため訪れていたNECを紹介してくれた方がいて、一緒にスマート農業を進めていくことになったのです。
田靡さん NECとしてデジタル基盤に関する別の総務省事業に取り組んだことがあり、その経験が活かせるかと、コンソーシアムに参加させていただいて事業計画を練り始めました。地域にどんなニーズがあるかについては、幸村さんたちが農家の方々にアンケートを行い、「病気になった長いも(罹病株)を見つけるために、広い畑を歩いて回るのが大変」という課題を掘り起こし、その解決策を考えました。長いもは、この地域の特産品です。
そこで、ドローンに4Kカメラを搭載して畑の上空を飛ばし、毎秒30枚にのぼる高精細な畑の映像をパソコンに送ってAI分析し、病気の株を発見。農家のスマホに注意喚起のメッセージを送ることで、省力化と感染拡大防止を両立する仕組みを考えました。カメラからパソコンに画像を送る際には、大容量のデータも高速送信可能なローカル5Gを活用。罹病株をリアルタイムで発見できそうだという手応えをつかみました。
また、同じ仕組みで、撮影画像から小麦が熟したかどうかなどを判定する仕組みも試験し、小麦の色によって判定できるだろうという成果がみえてきました。
佐藤さん 遠隔運転や自動で決められたコースを動くロボットトラクターについては、すでに実用化されていますが、稼働させるには人がその場にいて目視で監視することがガイドラインで定められています。ならば、複数のトラクターを同時に制御することができれば、それだけ省力化が図れます。機材設定の手間も考え、省力化のメリットが大きい4台同時制御に挑みました。
長辺の長さが540mあるじゃがいも畑が隣接する中央で、人がコントローラーを持って4台を監視・制御する仕組みです。制御には、通信距離が最大1kmほどと長いWi-Fi HaLowを使用。「畑の土をひっくり返す」「整地する」「種芋をまく」などの作業を担う専用トラクターを走らせたところ、きちんと同時に制御できることが確認できました。トラクターの前後にはカメラが搭載されており、その映像や位置情報を使って設定したルートを動き、人に接触しそうな場合は自動で止まるようになっています。
総務省事業に挑んだ感想はいかがですか。
田靡さん 実装を考える前段階で、ローカル5GやWi-Fi HaLowなどの新しい通信技術を使ったDXにトライできるメリットは非常に大きいです。応募に向けて、産官学などでコンソーシアムを組みましたが、そうした体制整備のきっかけになる点でも地域の課題と民間企業の技術とを結びつけてくれる事業だと感じています。どこかの地域と一緒に実証事業に取り組むことで、実装にむけた課題も見えてくるし、横展開するにはどうすればいいのか具体的な検討に入る根拠にもなります。
佐藤さん 事業の採択により、スマート農業の本格化に向けてまず一歩を踏み出せました。ただ農業の場合、収穫チャンスが1年に1回しかない作物もあり、単年度事業だと成果が検証しづらいケースがあります。また、気温や降水量など各年の自然環境にも大きく左右されることも少なくありません。2年あれば、AI分析などは精度検証までできるので、複数年にわたる実証事業があればうれしいです。
幸村さん 企業と協力していく新たな体制を構築し、地域に適した通信規格を使ってDXの知見を積むことができました。今回の実証事業をきっかけに、今後のスマート農業を進める土台を築くことができたと感じています。2024年度、帯広市はデジタル田園都市国家構想交付金を活用し、新たにロボットトラクター18台、農業用ドローン25台を導入してスマート農業の本格化に乗り出しました。その動きと足並みをそろえることもできて、地域全体でDXを進める動きにつながったと感じています。
実装も含めた今後の展望について。
幸村さん 十勝をはじめとする北海道では、古くから大規模農業による省力化・効率化に取り組んできた歴史があります。実際に数千万円というトラクターを何台も所有し、無人のロボットトラクターを導入している農家もあります。農家の規模が大きいので、スマート農業で省力化できればそのメリットは非常に大きく、実装に向けた大きなハードルである「受益者負担」が、それほど大きなハードルにはならない可能性があるのです。ランニングコストが安価なWi-Fi HaLowが整備され使えるようになれば、実装は進むと思います。スマート農業に対する組合員の期待も大きく、次はビートの収穫などに応用してみてほしいなど、アイデアが寄せられているところです。今回の実証事業では、帯広での取り組みが、大規模農業が行われている海外にも通じる内容だと実感しました。今後も引き続きDXに取り組み、早期実装を図り、人口減少と後継者不足対策に向けた省力化・効率化に貢献していきたいと考えています。