総務省の支援事業
IoT・AI共創ラボ施設・エリア整備等による地域課題解決事業
愛媛県新居浜市は、かつては世界有数の産出量を誇った別子銅山を擁する鉱山の町として栄え、今も瀬戸内海側に工業地帯が広がる四国有数の工業都市です。一方で、人口減少、高齢化は進んでおり、全国平均を上回る32%以上が65歳以上(2023年度現在)。これに伴い、例えば、災害時に要援護者をどのようにしてスムーズに避難させるかなど、生活上の様々な課題が浮上しています。そこで、新居浜市はすべての世代が「住みたい、住み続けたい」まちの実現を目指し、デジタル技術の活用を加速させています。2024年度には、総務省「令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業」の補助事業に応募。DX推進の柱となるデジタル人材の育成や、通信インフラやデータ基盤の整備・活用を踏まえた防災対策などに取り組んでいます。新居浜市でCIO補佐官を務めるデジタル戦略課の西原誠課長、市内でケーブルテレビ事業などを行っている「株式会社ハートネットワーク」の伊藤直人社長に、取り組みについて聞きました。
総務省の補助事業に応募したきっかけは。
西原さん そもそものきっかけは、市が2019年度に株式会社ハートネットワークなど民間企業と一緒に「新居浜地域スマートシティ推進協議会」を発足させ、テクノロジーを活用した町づくりに乗り出したことにさかのぼります。少子高齢化が進むなかで都市としての機能を持続させるには、デジタル技術の活用は欠かせません。協議会での議論を通じて、交通、防災、人口減少、高齢化の4つの重点課題を絞り込み、同年度の総務省「データ利活用型スマートシティ推進事業」に応募。防災や交通、医療など様々なデータを連携させるプラットフォームを整備してきました。
防災面でも、河川の映像や降雨量などをインターネット上で公開するなどしてきましたが、次のステップとして、対策をより高度化させていこうという話が協議会で浮上し、補助事業への応募につながりました。
伊藤さん 実は、2022年度に、「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」に採択され、離島の工場内にローカル5Gと呼ばれる通信基盤を設置し、業務効率化に取り組みました。そのときに、ローカル5Gの利用について経験を積みました。そのノウハウを、ローカル5Gを活用した防災対策などにも生かせると考えたのです。
補助事業で取り組む内容はどのようなものでしょうか。
伊藤さん
①4KカメラとAIを使った河川の氾濫予測
②駐車場の空き状況検知
③工場内の様々な端末をつなぐIoTネットワーク構築
――が大きな柱で、同時にデジタル人材の育成も行う予定です。氾濫予測では、まず4Kカメラで河川の状況を監視し、その映像をAIで分析。高精度な氾濫予測を試みます。通信基盤は高画質映像を高速で通信できるローカル5Gが適していると判断しました。過去の河川の監視映像や降雨量をAIにあらかじめ学習させ、水位計の実測値や気象庁などが発表する降雨量の予測データなども踏まえて、実装可能な精度まで上げていく計画です。
駐車場については、設置したローカル5Gの別用途の活用案として考えています。市民の主な移動手段は自動車ですが、催しなどでまちなかの駐車場が満車になることもしばしば。駐車場の映像をローカル5Gで送信し、AIで空き状況を分析・公開することで、公共交通の利用を促そうというアイデアです。
また、瀬戸内海側にある工場に、ローカル5Gほどの大容量ではないものの高セキュリティのインターネット環境を作ることができるBWA(広域無線通信アクセス)ネットワークを整備し、カメラによる津波監視やセンサーによる大気観測データなどを市民と共有することで防災に役立てる試みも計画しています。
さらに、「新居浜工業高等専門学校」や「愛媛大学」などとも連携し、取り組みを学習の場として使うことで、DX人材も育成していこうと考えています。
西原さん 今回の取り組みを通じて防災に役立つ情報が増えれば、様々な対策を考えていくことができます。なかでも河川については、これまでも市は監視画像や水位計のデータなどを踏まえて、住民避難を促してきました。しかし、高精度な予測ができるようになれば、避難に時間がかかる要援護者の早めの避難につながると期待しています。駐車場の取り組みについても、市が取り組んできた予約制の乗合タクシー(オンデマンドタクシー)などの利用を促すのに役立つと考えています。
補助事業を使った感想はいかがですか。
伊藤さん 今回の事業では、通信基盤やカメラ、AIサーバ、各種センサーなどに約7,000万円かかる見込みです。補助事業で2分の1をまかない、残りは株式会社ハートネットワークが負担します。取り組みを継続していくには、企業が中心となって採算が取れるビジネスモデルを考えることが重要だと考えているからです。その点、企業が代表として補助を申請できる総務省の事業は非常にありがたいと思っています。
西原さん 市には防災だけでなく教育や医療、産業など数多くの課題があり、あらゆるDXをすべて市の予算でまかなうのは現実的ではありません。国の補助がなくなった後も事業が続く枠組みを、いかに地元企業と一緒に考えていくか。特に通信基盤の整備はコストがかかるので、企業がビジネスモデルを作り、実装に踏み出す最初の一歩を後押しできる、この補助事業は貴重だと思います。
今後の展望は。
伊藤さん 民間企業なので、この事業を通じてビジネスモデルを作り、横展開して採算がとれるようにしたいと考えています。まず、企業のIoTネットワークについては、防災情報の共有だけでなく、工場内の業務効率化にも役立ちます。工場の業務効率化は、2022年度の実証事業でも経験を積んで、実装し始めているところなので、そのノウハウと今回の成果とを組み合わせて、市内の工場、他の地方公共団体の工場にも展開していきたいです。工場側のニーズも高いので、十分にビジネスモデルになると考えています。
また、河川の氾濫予測も、高精度にできれば、そのノウハウを市内だけでなく、近隣の地方公共団体にも横展開できます。駐車場の取り組みについても、空き状況だけでなく、車のナンバーなどをAIで分析することで、客の動向が見えます。観光や商業施設のマーケティングなど様々な活用が考えられると思っています。
西原さん 今回の補助事業には、デジタル人材を育成する狙いもあります。人材不足は深刻で、地方でDXを実践しようとしても人材がいなくてできないといった状況です。こうした補助事業を通じて、地元企業や地域の高等専門学校や大学と連携すれば、地元にDXのノウハウが残り、地元の人材を育てることができるでしょう。
市が実施するDXの取り組みと、今回のような民間企業が主となるDXとを連携させて、新居浜市をDXの先進都市にしていきたいと考えています。