総務省の支援事業

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医療・福祉・健康

山村の医療DXに奏効 先駆者の無料アドバイス制度

広島県安芸太田町

データ集約、自分で薬や健診記録を管理できるアプリ

広島県北西部にある安芸太田町は、森林が総面積の9割近くを占め、美しい棚田をはじめとする日本の原風景が残る自然豊かな町です。一方で、「広島県内で人口は最少、高齢化率は最高」(2024年現在)という状況から生じる様々な課題を抱えており、町を挙げてDXに取り組もうとしています。その柱の一つである「医療DX」を進める大きな力となったのが、総務省の地域情報化アドバイザー派遣制度でした。アドバイザーからの助言を踏まえ、薬の処方や特定健診の結果など個々の医療情報を自ら管理する仕組みを導入することができたといいます。担当した、安芸太田町病院事業管理者の平林直樹医師、アドバイザーを務めた京都岡本記念病院の北岡有喜副院長に話を聞きました。

日本の原風景が残る安芸太田町の様子
日本の原風景が残る安芸太田町

アドバイザーの派遣制度を申請したきっかけを教えて下さい。

平林さん 安芸太田町は、2024年9月末現在で人口5,400人余、高齢化率は52%を超えています。今後も、人口が減っていくのに医療ニーズは増えていくことが予想されています。今のうちに何か手を打たないと、きちんとした医療体制を保つことが難しくなるという懸念を抱えていました。そこで、デジタル技術を使って町の医療体制を変革できないかと2020年に、知り合いに相談したのです。

そこで紹介されたのが、医師でデジタル技術にも詳しい北岡さんでした。さっそく連絡したところ、総務省の地域情報化アドバイザー派遣制度を使えば無料で助言を受けられることや、北岡さん自身がアドバイザーを務めていることを教えてもらいました。費用負担がないというのは、小さな町にとって非常にありがたい。相談のための予算を確保する必要がないので、スピーディに申請することができました。

北岡さん 私自身、これまで医療DXに取り組んできたこともあり、技術や人手といったリソースが不足している地域で、その成果物を展開して地域の活性化に寄与したいという思いがありました。また、アドバイザーは2024年現在で220人以上いますが、医師として病院で働いているのは私1人です。医療や介護といった内容の相談が寄せられた場合は、だいたい私の方で受けさせていただいているという事情もあり、ぜひ一緒に医療DXを考えていこうということになりました。

リモート会議をする北岡さん、平林さん、結城常譜・安芸太田病院長の様子
リモート会議をする北岡さん(画面)、平林さん(右)。中央は結城常譜・安芸太田病院長

どのような取り組みをされたのでしょうか。

平林さん 「ポケットカルテ」という、健診記録や処方薬など個人の医療情報を一元的に患者自身が管理する仕組みを導入しました。ポケットカルテのアプリケーション(アプリ)やウェブサイトを通じ、患者が自分で医療情報を管理できる取り組みです。ワクチン接種や診療歴、処方薬などの情報がすぐに閲覧できるので、どの病院を受診しても正確な情報に基づいた医療をスムーズに受けられるようになります。過去の健診履歴や血液検査などの結果がすぐに閲覧できるので、患者さんが自分で健康管理する際にも役立つと期待しています。

2022年度にリリースできたので、町のお祭りなど人が集まる機会に説明ブースを設けるなどして、登録者を増やそうとしているところです。

北岡さん 国内の過疎地域などでは、医療従事者や医療機器などの医療リソースが不足しているという共通の悩みを持っています。そこで、私が顧問を務める「特定非営利活動法人日本サスティナブル・コミュニティ・センター」(京都府京都市)では2008年6月から、「ポケットカルテ」を開発しサービスを公開してきました。これまで医療機関ごとに分かれて保存されてきた医療情報を一元的に管理することで、地域の医療機関全体を、仮想の大きな一つの医療機関とみなして、医療リソースを有効活用する狙いがあります。

総務省の「地方創生に資する地域情報化大賞」総務大臣賞もいただき、全国各地で導入を進め、約6万7,000人(2024年)が登録しています。安芸太田町の場合も、この取り組みが生かせるのではないかと考えたのです。

ポケットカルテのアプリ画面

派遣制度は役立ちましたか。

平林さん 非常に役立ちました。北岡さんは京都に拠点がありますが、派遣制度を使えば、1回1時間のオンラインによる支援であれば単年度で計10回まで無料で受けられます。いろいろな課題について相談し、実装する2022年度までは国の制度で支援をお願いしました。10回を超えて相談したケースなど、国の制度でまかなえない分は町が費用を負担し、今も引き続き必要に応じて相談させていただいています。

というのも、我々医療機関の人間は、医療のことは分かりますが、情報基盤など技術的な話になるとよく分かりません。

たとえば、今回の導入にかかった予算は約2,000万円です。ポケットカルテの導入自体にはそんなに費用はかからないのですが、導入する段階になり、安芸太田病院の電子カルテのシステムと仕様が合わないことが分かったためです。そこで、町長をはじめ、役所内や議会などあちこちに説明して回って、ようやく予算を確保しましたが、できる限り費用を抑えたいと思っていました。ですが、費用感も技術面のことも全く分かりません。そこで、北岡さんに企業との間に入っていただき、どう予算内におさめるかという調整まで担っていただきました。

取り組みについて語る平林さんの様子
取り組みについて語る平林さん

北岡さん アドバイザーを引き受けることは、私自身の経験になるのはもちろんですが、いろいろな地域で課題や特性に応じた取り組みを展開することで、どれぐらい予算や時間がかかるか、また「この地域なら、こうしたらうまくいくのではないか」など、モデルケースをパターン化できると考えています。

アドバイザー同士の集まりもありますので、そこで互いの知見を共有し、横展開につなげれば、高額な開発コストも下がるし、内容も標準化されていくでしょう。そうした点からも、非常に意義がある事業だと感じています。

結城さん、北岡さん(画面)、平林さんの写真
左から、結城さん、北岡さん(画面)、平林さん

今後の展望についていかがでしょうか。

平林さん 災害時も含め、どこでも過去の医療データを踏まえた治療が受けられるというのは大きな強みだと考えています。住民にポケットカルテの内容を理解して活用してもらうため、まずは病院職員から登録を進めているところです。

医療DXといっても、どこから手をつければよいのか分からず、「できたらいいな」と思う将来像が浮かんでも、そこから進まないことが多いと思います。今回の派遣制度では、そこから一歩踏み出す勇気をもらいました。DXに取り組む姿勢が評価され、広島県が総務省と連携して進めている郵便局を拠点にしたオンライン診療の試みにも参加し、取り組みの幅も広がりつつあります。これを機に、今後も積極的にDXに取り組んでいきたいと思っています。

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