フリーアナウンサーの木佐彩子さんが、地域社会でDXに取り組んでいるキーパーソンにインタビューする「彩子が聞く!地域社会DX」。第3回のゲストは、「射水ケーブルネットワーク株式会社」(富山県射水市)の牛塚松男会長です。
ケーブルテレビ局、高い加入率と通信網で地域密着
木佐 まず、射水ケーブルネットワーク株式会社(射水ケーブル)はどんな会社なのでしょう?
牛塚さん 富山県射水市全域と、高岡市牧野地区をサービス提供エリアとするケーブルテレビの会社です。エリアの人口は約10万人、世帯数は約4万世帯ですが、テレビに関しては加入率71%と非常に高くなっています。富山県にはテレビ朝日系列の地方局がないのですが、ケーブルテレビなら、NHKや民放すべての番組をカバーしているうえ、それ以外にも様々なチャンネルを楽しんでいただけます。そういった理由から加入率が高くなっていると考えられます。また、インターネット加入率は約4割と、地域で一番のシェアとなっています。各ご家庭と結ぶ有線の光ファイバー化は2015年に完了し、とても速い通信速度でやりとりすることができます。ケーブルテレビ事業は、毎月決まった金額を払えばテレビ放送やインターネットなどの様々なサービスを得られるサブスクリプションの一種ともいえ、いったん加入すると、長い期間継続していただくことがほとんどです。
市のIoT新規事業を代わって実証「射水モデル」
木佐 まさに地域に密着されているんですね。住民の方たちの暮らしは、射水ケーブルとともにあるという印象を受けますが、DXの分野ではどのようなことをされているのでしょうか?
牛塚さん エリア内はくまなく光ケーブル網ができており、テレビのほか、インターネットや電話など、通信に関するインフラは整っています。これを使って、市民の暮らしに役立つようなことを何かできないか、と考えていました。そんなとき、2018年に、射水市役所に「IoT利活用推進検討会議」が発足しました。インターネットやデジタル技術を使って、地域の課題を解決していこうという取り組みです。とはいえ、市が新しい事業を始めるには、どんなことでも実証実験を行わなくてはならず、それには多大な経費と時間がかかります。それならば、そのための経費を全額、射水ケーブルが負担しようと提案しました。「実証」ではなく、すぐに事業にとりかかる「実装」にして、市民生活に役に立つような結果を早く出したかったのです。そして成果を得られれば、正式に市の事業として予算化していただく。もちろん、私たちは民間企業ですから、利益を生まなくては継続できません。実証経費の負担はそのための「先行投資」だと考えました。
木佐 なるほど、大胆な提案ですね。市としても経費をかけずに新しい技術を導入し、行政に生かせる。時間もお金もかかっていたことが、安価に、しかもスピーディーに取り組める。射水ケーブルの姿勢によって、行政側の意識も変わったのではないでしょうか。
牛塚さん 射水市としても、必要な予算は積極的につけていただきました。まず①事業化の可能性が高い案件を選定する、次に②射水ケーブルで必要な設備を整える、そして③効果を共有する、最後に④市に新年度事業として採用される―という流れを作りました。私たちとしては、3年で経費を回収し、利益を上げられそうな案件を選んで挑戦するようにしています。もちろん、選んだ案件の中でもうまくいかずに損失になってしまうものが3~4割程度ありますが、これまでさまざまな課題を70以上集め、これはできない、これは経費がかかりすぎる、などと仕分けし、毎年数件ずつ新たな課題に取り組んでいます。こうしていくつもの課題に取り組んでいくうちに、市役所とも良い関係ができ、人間関係が広がって、ケーブルの枠を超えて協力してくれる人や会社とつながっていきました。経費をなるべくかけず、スピーディーに課題解決に結びつけることができる取り組みが富山県庁からも注目され、「射水モデル」として、各地方公共団体やケーブルテレビ事業者に推奨していただきました。それだけでなく、県外からも問い合わせが多数くるようになりました。
ケーブル網を活用、積雪・水害監視や漁業でDX
木佐 とても良い循環が出来て、富山県内だけでなく、全国からも注目されるようになったのですね。では、具体的にどんな取り組みを行ってきたのか、教えてください。
牛塚さん 2019年度から2020年度にかけて、第1ステップとして防災分野に取り組みました。ここ富山県は、冬の間の積雪が大きな課題となっていて市民生活と直結していますから、まずはその改善から始めようと考えたのです。これまでは、雪が降ると、市の職員が真夜中に各地を回って積雪量を目で確認し、除雪車を出すかどうかの判断をしていました。しかし、積雪量をセンサーで測れるようにすれば、職員が現場に行かなくて済みますし、同時にカメラも設置すれば映像で確認することもできるようになります。エリア内にセンサーの計測地点を10か所設けたのですが、これには、ケーブルを張るための柱を有効活用することができました。それと同様に、水害対策として、排水路やため池の水位や雨量、堆積物などを計測、監視するようにしました。こちらもこれまでは、大雨が降ると市の職員が長靴姿で現場を訪れて確認していました。
木佐 北陸という土地柄ならではの活用事例ですね。雪害や水害は、射水市に限らず、全国いろんな場所で起こるものですから、他の地域でもそのまま活用できそうですね。
牛塚さん 私たちの取り組みが進んでいるということで、全国から問い合わせをいただくようになりました。IoTとかDXに取り組もうとしたときに、障害となる壁は全国どこでもだいたい同じものです。地方公共団体主導でやるのも良いのですが、どうせ取り組むのなら、情報通信のインフラを持ったケーブルテレビ事業者が利益を得られるようにしたい。そうしたことから、ケーブルテレビ事業者の「株式会社ZTV」(三重県津市)と協力して、積雪や排水路の監視、温湿度CO2監視などのシステムをパッケージ化し、全国のケーブルテレビ事業者がより安価で手軽に取り組めるようにしました。現在、全国71社ものケーブルテレビ事業者から問い合わせがあり、そのうちの32社で実際に採用(※2024年12月末時点)されています。
木佐 防災から始められたDXですが、産業分野にも取り組んだとお聞きしました。漁業分野でのDX活用事例について教えてください。
牛塚さん 事例としては、2021年度から2022年度にかけて取り組んだ「海洋環境計測」というものがあります。これによって、沖合の風向や風速の情報を入手することができます。風向や風速というのは、陸地と沖合で全く異なるため、陸地にいながら出漁するかどうかの判断をしなければならない漁師さんたちにとって大変重要な情報となります。既存のモニタリングシステムが2021年度で老朽化により終了するということでしたので、「西日本電信電話株式会社」「株式会社NTTドコモ」と協力して、各種センサーを搭載したICTブイを沖合に浮かべ、風向、風速のほか、潮流の速さや向き、水温などを自動で計測するシステムを開発し、富山湾新湊沖の2か所にこのICTブイを設置しました。スマートフォン(スマホ)一つですぐに情報が入るものであり、新湊漁協所属の地元の漁師さん約120人に利用していただいています。以前のシステムは主に定置網漁用でしたが、今では、白エビ、ホタルイカなど他の漁にも活用いただいています。このシステムについては、農林水産省も視察に訪れています。
KDDIと連携、人流データ分析の情報サービス展開
木佐 漁業以外ではどんな分野に取り組まれていますか?
牛塚さん お祭りなどの大きなイベントを行う際、事故が起こらないようにするには、そのエリアを訪れた人の数や流れ、道路の交通量などを把握することが大切です。私たちは、「KDDI株式会社(KDDI)」とパートナー契約を結び、「どこに」「どんな人が」「どれだけいるか」を把握できる人流データ分析サービスを行っています。これはスマホのGPSを活用したもので、他社だと人の動きを500m四方の単位でしか把握できないのに比べ、KDDIでは10m四方の単位でデータを得ることができます。実際に、2024年1月に起きた「令和6年能登半島地震」の際の射水市内の人の流れを分析したデータを市役所に提供しました。それによると、地震発生直後、海岸線から3kmの地域の人口が大幅に減少しました。津波から逃れるために、市民たちが一斉に標高が高いエリアへ移動したためです。そして、避難場所として指定されていないのにもかかわらず、海抜310mのところにある大型商業施設「コストコ」に避難する市民が集中するという現象が見られました。この人流データ分析は、企業や小売店なら出店やマーケティングなどへの活用、地方公共団体であれば、街づくりや防災、観光振興などに応用できると考えています。
地域を熟知、テレビ放送に限らず社会に貢献
木佐 市民生活に密着したさまざまな事業に取り組まれていることがよく分かりました。最後に牛塚会長からのメッセージをお願いします。
牛塚さん 私たちは決して大きな企業ではありませんが、この地域のことはよく知っています。そして射水ケーブルだけでは実現が難しいことでも、私たちが仲立ちとなって個人や企業、団体を集めることによって、その方々と一緒に課題を解決していくことができます。単に多チャンネルのテレビ放送を提供するだけでなく、地域の重要なインフラとして地域社会にどう貢献できるか、今後も精力的に取り組んでいきたいと思います。