総務省のキーパーソンに聞くvol.1
デジタル経済推進室 吉田弘毅室長(注1)×フリーアナウンサー 木佐彩子氏
(注1) 肩書はインタビュー時点のものです。
デジタル技術を利用してさまざまな課題を解決する『DX(デジタルトランスフォーメーション)』。人口減や少子高齢化が進む中で、全国の地方公共団体も対応を迫られているが、その取り組み方はさまざまです。中には必要性を感じていながら、どこから手をつけてよいのかわからない、というところも多いのではないでしょうか。フリーアナウンサーの木佐彩子さんが、『地域社会DX』に取り組んでいるキーパーソンにインタビューし、地方公共団体がどんな分野でどんな風にDXに取り組めば良いのか、そのヒントを探っていきます。第1回は、地域社会DXへの取り組みを支援する総務省情報流通行政局地域通信振興課デジタル経済推進室の吉田弘毅室長です。
地域社会DXとは?
木佐 最近、DXという言葉をよく聞くようになりました。全国の地方公共団体の「地域社会DX」を支援するのが、デジタル経済推進室の主な業務内容の一つだと伺っています。そもそも「地域社会DX」とはどんなことなのでしょうか?
吉田 DXというのは、ひと言で言うと、デジタル技術を使って、世の中のいろんなことを便利にしようということです。その中でも、地域が抱える課題をDXの力で解決していくことを地域社会DXと呼んでいます。少子高齢化が進み、どこの地方公共団体も人口減や働き手不足が悩みになっているほか、地域特有の課題は多岐にわたります。そうした課題をDXの力で解決し、より暮らしやすい世の中にすることを目的としています。
さまざまな分野で進む地域社会DX
木佐 地方で進んでいる地域社会DXの取り組みにはどのようなものがありますか?
吉田 例えば農業分野では、北海道のような広大な農地でトラクターを自動運転させ、効率的に畑を耕したり、適度な水分管理が肝心なトマトやイチゴを栽培する際に、センサーを搭載した機械を使って自動で水分を管理したりしている事例があります。畜産分野では、データを活用して牛の出産のタイミングを正確に予測することにも取り組んでいます。牛の出産のタイミングを図ることは非常に難しく、目を離している間に生まれてしまったら子牛が死んでしまう可能性があるため、畜産農家の方はその時を寝ずに待っているという実情がありました。ほかにも交通の分野では、鉄道を安全に走行させるため、終電後の真夜中に人が歩いて線路の状態をチェックしていました。それに代わって、電車に高精細のカメラを搭載し、自動でチェックできるようにする。そうすれば、深夜にわざわざ人が歩く必要はないし、人件費も抑えられるようになります。
木佐 牛の出産のお話を聞いて、家族で北海道に旅行したときに酪農家を訪ねたことを思い出しました。生き物が相手なので休むことができず、早朝から乳搾りなどで働きづめ。本当に大変な仕事だと思いました。
吉田 農林水産業だけではありませんが、地域の産業における後継者不足は大変深刻な状況です。仕事が過酷なので、跡を継ぐ人がいなくなってしまう。そこにデジタル技術を導入することによって、手間がかかることを機械にやってもらう。仕事が少しでも楽になれば、子や孫が「継いでみよう」という気持ちになるかもしれません。
地域の課題を見つけたらまずは手を挙げて
木佐 地方公共団体によっては、DXに取り組みたいと思ってはいても、どこから手をつけてよいのかわからない、といった場合も多いと思います。そんな状態でも総務省から支援してもらえるのでしょうか?
吉田 これまでは、国の支援を得ようとした場合、「この施策をするとこんな経済効果があります」といった膨大な書類の提出が必要なことが多かった。何から手をつけてよいかもわからないのに、そんな書類を作らなければならないなんて、極めて難しいことだと思います。計画策定支援の場合は、A4用紙1枚程度の簡単な申請書を提出いただくだけで大丈夫。この地域にはこんな課題があって、その解決のためにDXを活用したい、と。その申請を受けて、地域の担当者とともに具体的な課題について議論します。そして、こんな課題にはこういう技術が適している、と提案することが出来ます。たとえば先ほどの畜産農家の話でいうと、最初に地域の課題として「牧場の後継者不足」が挙げられる、とします。すると何が問題で後継者がいないのか、それは労働環境が厳しいから。その改善のためには、牛の出産時間がわかるシステムを導入してはどうか、と提案します。その費用はどれくらいかかるのか、どんな業者があるのかなどと議論を広げていきます。そこから、実験したいという場合はサポートしますし、その後本格的に導入するときは、国や県でどんな補助や支援が受けられるのかについてフォローしていきます。
木佐 それぞれの地域の課題解決は、今まさに必要とされていることです。スピード感をもって対応しなくてはいけませんね。
吉田 ですから、申請をする際のハードルを下げて、「まずは手を挙げてください」というのが私たちのスタンスです。役所の中の人、具体的にはDX推進を担当する部署のトップや市長、町長らをどうやったら説得できるのか、という説得材料を私たちからご提供することもできます。
『地域社会DXナビ』にはヒントがたくさん
木佐 地域社会DXに取り組む際に立ちはだかる壁として、どのようなものがあるでしょう。
吉田 どの地方公共団体もいろんな課題を持っています。子育て支援をしたいのか、産業を振興したいのか、バスなどの交通事情を改善したいのか・・・。解決する課題のどれを優先したらよいのかわからないということがあります。組織内部で体制ができていない、どんな企業と協力すればよいのかわからない、なども。さらには、チームができた、何をやるのかも決まった、だけど実行する予算がない、ということもあります。どの地方公共団体も一度は似たような壁にぶつかっている印象がありますね。
木佐 そうした課題を解決するのに役立つのが、この『地域社会DXナビ』ですね。どういう人たちにこのナビを活用してもらいたいと考えていますか?
吉田 まずは、地方公共団体の担当者です。それは産業振興だったり、町おこしであったり、いろんな部署がいろんな課題をかかえていると思いますので、是非参考にしていただきたいですね。次に、地方公共団体と協力して課題解決に取り組む、農協や漁協の方や地域の企業の方にも見ていただきたい。そして最後に、最先端の技術を持っている企業や団体の方。技術を提供する側の方も、地方公共団体が今どんなことに困っているのか、それがわかると新たなビジネスチャンスになる可能性があるかと思います。
木佐 地方公共団体によっては、よく似た環境でよく似た課題を抱えているところもあると思います。
吉田 そうですね。地方公共団体や関係者の方がご覧になった時に、参考になりそうな事例にすぐたどり着けるよう、人口規模や分野別に分けて事例を紹介しています。入学試験も最も良い対策は過去問に取り組むことですよね。それと同じように、まずは自分の地域と似た事例を調べてみる。成功例だけでなく、中には失敗例もあります。そうした過去の事例は大いに参考にしてもらいたいと考えています。役所の場合、昔は、農業や工業、商業、教育、子育てなど縦割り組織で、それぞれが別個に課題に対応していました。でも今は、複合的に業種の壁を越えて対応することが求められています。『地域社会DXナビ』は、ここに来れば全部そろう、という形にしていきたいと考えています。事例を調べている中で、さらに詳しく知りたい、わからないところを相談したい、などというときには、全国11か所にある総務省の総合通信局などでもご相談に対応していますので、活用していただきたいと思っています。
DXは社会を大きく変える力になる
木佐 たとえば、首都圏と地方など、地域的条件によってDXへの対応は違ってくるのでしょうか?
吉田 実は、似たような地方公共団体でも、DXに対する取り組みは一様ではありません。首都圏だから進んでいるというわけではなく、かなり不便な地域であっても、先進的な取り組みをしている地方公共団体もあります。DXに熱心に取り組む人がいる組織ではぐっと進み、そうでないところは全く取り組んでいない。そうした差をこのナビの活用で埋めていってもらいたいと思っています。学校の教育現場で使われるのは、昔は教科書や参考書、問題集といった紙だけでした。ところが今は1人1台タブレット端末を持つことが当たり前です。また、コロナ禍も社会を大きく変えるきっかけになりました。新しい技術を導入すると良いことがあるということが、多くの方に実感されてきているのではないでしょうか。
木佐 地域社会DXに関する将来の展望についてお聞かせください。 人々の暮らしをより良くするために、DXに関する取り組みを全国で進めていくことが重要ですね。今後期待されるDX推進の取り組みや将来の展望を教えてください。
吉田 今は地方公共団体単位で、それぞれの地域の課題にDXで対応してもらっています。これからはより広域的な取り組み、たとえば、ある鉄道路線で結ばれた地域同士が連携するなど、一つの市町村だけでは解決できない課題に協力して取り組むなどの試みが出てくることも期待したいと思っています。