インドで建設職人育成、日本の現場へ人材をつなぐ
愛知県名古屋市に本社を置く「アイティップス株式会社」は、インドに日本の熟練職人の技を伝承する技能訓練校「Oyakata Skill Training Centre」を開校しました。現地の若者が建設業や製造業の現場で必要な技能を習得できる機会をつくるとともに、卒業後に日本での就業をサポートする事業を展開しています。インドは若者の就職難が深刻化する一方、日本では建設業などで人手不足に悩んでいます。日本とインドの架け橋になることで、両国の社会課題の解決を目指しているのです。事業のカギとなるのは、ICTを活用した独自のプラットフォーム「oyakata(オヤカタ)」。同社のクマール・ラトネッシュ代表取締役に事業を始めたきっかけや会社の目指す姿を聞きました。

事業をはじめたきっかけを教えてください。
インド出身の父を持つ私は、18歳の時にインドを訪れた際に貧困に苦しむ人たちの生活を目の当たりにしました。それは心に刻まれ、将来は現地に学校や図書館を作りたいという夢を持っていました。大学卒業後に商社勤務を経て事業再生コンサルタントとして2017年に独立しました。
転機は翌年の2018年、日系企業から建設業などを請け負っているインドの現地法人の経営再建を任されたことでした。現場で働く人の技能が未熟であるために、工事のやり直しが多いことが分かりました。さらに調べてみると、インドの建設業界は、工期の遅延が大きな損失をもたらしていたのです。そのため、インドで日本の熟練職人、つまり「親方」のような人材を育てることが必要だと考えました。
また日系企業からは「インドで育成した人材には、ぜひ人手不足の日本の現場にも来てもらいたい」という要望を聞きました。日本の現場ニーズにもヒントを得て、人手不足の日本と就職難に苦しむインドの若者を結びつけることができるような仕組みを考えました。
こうして現地の人が技能訓練校で技能を学び、卒業後は日本でもインドでも、本人の希望に応じて働く場所を選べる環境を実現するというビジネスモデルにたどり着きました。2022年1月にアイティップス株式会社を設立し、インドでの技能訓練から日本企業への就職支援、来日後のサポートまでを一貫して手がける事業に乗り出しました。
事業の実施をデジタル技術の活用により支援するプラットフォームであるoyakataのシステムが2022年度の「起業家万博」(総務省・国立研究開発法人情報通信研究機構主催)で審査委員特別賞を受賞したことは、我々の事業構想について広く知ってもらう好機にもなりました。

「oyakata」はどんなことができるのでしょうか。
oyakataのプラットフォームを使って、オンライン上でインド人材の訓練実績や保有資格を登録し、日本国内の企業や仕事との適性判断をします。また、職人としての公正な評価を蓄積する機能も設けています。これは、親方や先輩の職人がインド人材の働きぶりを評価し、「信用スコア」を積み重ねるものです。こうしたスコアを基に、将来、クレジットカードや住宅ローンなどを利用できるようになればと考えています。oyakataのスマートフォン用アプリケーションでも同じ機能を利用できるようにしたほか、日本での暮らしをサポートする機能も盛り込んでいます。
インドに開校した技能訓練校はどんな学校ですか。
技能訓練校は2023年7月にインド南部のベンガルール市内に開校しました。建設業や製造業の現場で必要な技能を約1年かけて学んでもらいます。日本の熟練職人に先生になってもらい、開校当初は毎週のようにカリキュラムを改善するなどして体制を整えました。コースも拡充し、例えば現在(2025年5月)は、施工管理、建築板金、プレス加工といった分野の職人や指導者の育成コースを設けています。入学者は2024年10月に累計で100人を超えました。

生徒が卒業後に日本で働くことも想定し、文化の違う日本の職場になじめるようソフトスキル教育を大切にしています。時間を守る、あいさつする、掃除する、ほうれんそう(報告・連絡・相談)、モノを大切にする、といった日本の現場で求められる行動規範を身に付けてもらう内容です。また、言葉に慣れるため、毎朝の朝礼を日本語で行い、日常的に点呼もしています。これらの教育を通じて、卒業生が来日した後に現場で感じるギャップを減らすようにしています。訓練の実績などはoyakataのアプリで可視化されるようになっています。また、教育の一環で行う生徒のOJT(オンザジョブトレーニング)を現地企業に対して有償で行うほか、我々が技能教育から就職支援まで一貫して手掛けることで、生徒の経済的な負担を極力抑えるようにしています。

目指す企業像を教えてください。
2025年5月にインドの技能訓練校で学んだ卒業生が就職のため来日しました。建設分野の特定技能1号試験に合格した9人で、愛知県内の企業をはじめ3社に就職しました。彼らが技能訓練校の卒業生として日本で就職する第1号です。この中には将来、インドでの起業を希望している人もいます。事業を登山に例えると、今はようやく1合目まで到達したところでしょうか。早く事業として軌道に乗せたいです。

日本では、インド人材を採用する企業の方々による横のつながり、「oyakataコミュニティー」を作りたいです。こうした企業同士がつながって互いに協力する関係ができれば、労使共にプラスになると思います。また、技能訓練校は近い将来、グローバル人材の育成プラットフォームとして、インドを拠点にネパールやブータンからの学生も受け入れる方向です。
会社のミッションは、「すべてのがんばる人に、幸せを」。今後2年以内に卒業生を1,000人に増やし、社会にインパクトを与える企業にしたいです。
アイティップス株式会社 代表取締役
クマール・ラトネッシュ
くまーる・らとねっしゅ
名古屋市出身。慶應義塾大学総合政策学部卒業。在学中にオンライン寄付のトレーサビリティシステムを開発し、特許を取得。商社勤務や企業再生支援を経て、2022年にアイティップス株式会社を創業。インドで技能訓練校を立ち上げ、日本の建設・製造業界と結ぶ人材育成プラットフォーム「oyakata」を展開。日本とインドの架け橋として持続可能な人材循環モデルを築くことを目指す。