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教育

地域企業のキーパーソンに聞くvol.8

株式会社ぱんぷきんラボ 保坂英之代表取締役

通信制高校の教員は事務量が膨大…退職し支援システム開発

急速な少子化が進行するなかでも生徒数が急増している通信制高校。プロスポーツに挑むなど、スタートラインも目指すゴールも異なる多様な子ども達の選択肢として2019年度からの5年で、生徒数は19万7,696人から29万人超に増加。11人に1人が通信制高校に通っています。一方で、全日制高校に比べ、単位制など個人の自由度が高い仕組みを採用しているところが多く、教員の事務作業(校務)は多岐にわたり、それをどう支援するのかが大きな課題になっています。そこで通信制高校に特化した校務支援システムを開発したのが「株式会社ぱんぷきんラボ」(東京都小平市)です。全国から選抜されたICTスタートアップが出場する2024年度の「起業家万博」(総務省・国立研究開発法人情報通信研究機構主催)でも発表された校務支援システムの仕組みや今後の高校教育の展望について保坂英之代表取締役に聞きました。

起業した社内で作業する保坂さんの写真
起業した社内で作業する保坂さん

通信制高校専用の校務支援システムに取り組んだきっかけは。

もともと2007年から14年間、都内の通信制高校で教員を務めていました。通信制高校の教員になって驚いたのが、その校務の多さです。通信制高校の場合、通学はほぼしなくて良い反面、自宅で取り組む課題を出します。そうしたレポートは、生徒1人あたり年間100通ほど。勤めていた高校は、単位制で生徒数が3,000人ほどいたため、レポート数は膨大。途中で転入してくる生徒も非常に多く、どの生徒が授業に出たのかという出席管理も大変でした。
加えて、不登校経験などで心に問題を抱えている生徒も少なくなく、相談を受ける教員の時間と心の余裕を保つために何とかして校務の時間を省力化したいと考え始めたのです。たとえば、学生証に二次元コードを付与して、自動で出席記録をとれるようにするなど、初めは一教員として自力でDXに取り組んでいました。良い仕組みを作れたと思い、情報化関係の研究会などで他校の教員に「使ってもいいよ」と話したこともあるのですが、広がることはありませんでした。そうした経験を経て、他校のよく知らない一教員が手作りした仕組みを、他校の一教員が上司らを説得して使い始めるハードルの高さに気づいたのです。「それなら、本格的なソリューションを作り、商品として販売した方が広がるのではないか」。そう思い、教員を退職し2021年4月に起業しました。「安定した教員をやめて思い切ったね」と驚かれることもあるのですが、教育にかかわることをやめたわけではありません。これからの時代を担う多様な人材を育成する場として、通信制高校を自分なりに活性化させたいとの思いから歩を進めたのです。

開発されたシステムはどういうものですか。

開発したのは「Student Mypage Lite」という校務支援システムです。最大の特長は、通信制高校「専用」という点です。通信制では、全日制とは異なる校務が数多くあります。その一つは、膨大なレポート管理。これをタブレットから直接書いて提出したり、紙のままの運用でも簡単に入力できるようにバーコードなどで管理したりできるようにしました。また、スクーリングという対面授業用には、生徒ごとに作ったマイページに表示される二次元コードを教員が読み込むだけで、出席管理できるようにしました。また、生徒ごとのマイページでは、教員や生徒のほか、保護者も学習の進捗状況を確認したり、出席状況を確認したりできる仕組みも作りました。ほかにも、生徒指導や進学用の調査書、推薦書などの書類作成を支援する一般的な校務支援機能も搭載しています。
これらのシステムは、サーバーを学校が所有してそれぞれ管理するのではなく、弊社が管理するサーバーを利用して、クラウドサービスで提供する形にしています。
学校が独自にシステムを構築して保有する手法もありますが、法令が変わることで学校運営の変化が生じたり、進学時の調査書のような全国統一書式の帳票様式が変わったりするなど様々な要因でシステムの修正が必要ですし、管理やメンテナンスには技術も費用も必要なうえ、初期費用に加え、管理費用も高額です。そこで、小中規模の学校でも導入しやすいように、生徒1人あたり月額500円(税込み550円)の設定にしました。
また、生徒の個人情報を扱うだけに、セキュリティーにも気を使い、2段階認証や、情報によっては学校のネットワークからのみアクセスできるような制限をかける仕組みも搭載しました。

Student Mypage Liteのマイページに表示される情報の画面
Student Mypage Liteのマイページに表示される情報

導入の成果は。

起業から2年後の2023年に、何とかプロトタイプを導入して一緒に運用を進めてくれる学校を見つけて、本格的に動き出しました。学校側のご意見を聞きながら実際に運用してみて、「役立つ」という手応えを感じたのですが、実際に利用を広げていくのは大変でした。トライアルで1か月間使ってもらうなどして効果を実感してもらい、2024年は新たに5校に導入されました。2025年4月には、口コミなどの効果もあり、さらに10校に導入され、2025年度は計16校でシステムを活用していただいています。通信制高校は全国に300校ほどですから、2年で導入が順調に進み始めたと感じています。
教員の方からは「データ入力の手間が非常に短縮されて助かっている」「保護者からもスマートフォンで子どもの学習や出席の状況が共有できると好評」という声をいただいています。通信制高校が多い地域では、教員の連絡会などで紹介してもらったそうで、お問い合わせいただける学校が増えています。「起業家万博」への出場も励みになりました。

起業家万博に出場し、自社のシステムをプレゼンする保坂さんの様子
起業家万博に出場し、自社のシステムをプレゼンする保坂さん

事務作業などが具体的に何%削減できたのかという定量的なデ-タはありませんが、学校現場ではいまだに「エクセルの達人」のような教員に頼って、入力などをしているところもあります。そうした「職人技」に頼るのではなく、だれでも均等に作業を負担できるシステムを作ったという自負はあります。
サーバーにかかる負荷を見れば、教員や生徒、保護者にどれぐらいシステムが使われているかどうかが分かるのですが、教員用だけでなく、生徒や保護者用もしっかりと利用されているのが実感できるのも、励みになっています。

将来の展望は。

保坂さんの写真

まず、最初の目標は10年以内に通信制高校の3割にこのシステムを使ってもらうことです。文部科学省の後押しもあり、公立校への統合型校務支援システムの導入は進んでいますが、全日制とは校務が大きく異なる通信制高校に特化したシステムというのはほとんどなかったことを考えると、実現できる目標だと考えています。大手事業者のシステムは、顧客が多い全日制が主な対象ですし、通信制の教員を長年務めていた私自身のノウハウもあります。次に目指したいのは、「教育」分野です。学校の仕事は「教育」と「校務」に大きく分けられますが、校務を変革したら、次は教育を変えたいと考えています。いま注目しているのは、学習履歴のデータベース、LRS(ラーニング・レコード・ストア)です。学習履歴を使って、より効率的に個々に沿った形で教育に変革を起こせないか考えています。

こうした変革によって、近い将来、「全日制に行けないから通信制に行く」というイメージを変えたい。「やりたいことを見つけられる」「やりたいことがあるから、通信制で学ぶ」という高校を選ぶ際の一般的な選択肢の一つになってほしい。私たちのシステムが、教員たちを膨大な校務から解放し、生徒の個性を生かしたより良い教育につながる第一歩になればうれしいです。

株式会社ぱんぷきんラボ 保坂英之代表取締役の写真

株式会社ぱんぷきんラボ 代表取締役

保坂 英之

ほさか ひでゆき

1982年、東京都国立市出身。上越教育大学大学院修了後、学校法人NHK学園・NHK学園高等学校で2007年から14年間数学科教諭を務め、校務システム導入やICT授業を先導して学校DXを推進。その成果と研究活動が評価され、東京都私立優秀教員表彰を受賞。2021年、「現場で培った知見を広く教育界へ還元する」思いで株式会社ぱんぷきんラボを創業し、代表取締役として通信制高校向け校務支援システムの開発・提供に注力。現在も大学で教鞭を執り、教育実践とソフトウェア開発の両面から学校教育のDXと学習環境の質的向上に取り組んでいる。