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観光

地域企業のキーパーソンに聞くVol.6

株式会社OTSサービス経営研究所 山田真久代表取締役・CEO理学博士

沖縄観光 データの力で利便性アップ&地域活性化へ

沖縄県那覇市の「株式会社OTSサービス経営研究所」は、沖縄の観光産業に関連する経営コンサルティングのほか、スマートフォンで利用できるアプリケーション(アプリ)やWebサービスの開発・活用などを通じ、沖縄に観光客を呼び込むことで地域の活性化を目指すシンクタンクです。日本屈指のリゾート地といわれる恩納村を中心にデータを利活用する同社の取り組みについて、脳科学者でもある山田真久代表取締役・CEO理学博士に聞きました。

恩納村のリゾートホテルに設置したシェア自転車と株式会社OTSサービス経営研究所の山田代表取締役・CEO理学博士
恩納村のリゾートホテルに設置したシェア自転車と株式会社OTSサービス経営研究所の山田代表取締役・CEO理学博士

どのような会社ですか。

「沖縄ツーリスト株式会社(OTS)」という旅行会社のグループ会社として1988年に創業しました。私は取締役副社長として2020年に入社し、2021年に代表取締役・CEO理学博士に就任しました。調査事業では、観光開発に関わる地理情報を分析することで、魅力的な観光地作り、観光地・商店街の活性化を目指しています。たとえば観光地の魅力を最大限に引き出すため、自然環境や文化的な要素、歴史的な背景などの情報を収集・分析します。観光客の動向や需要傾向なども考慮し、地域固有の魅力を生かした観光施策につなげています。人材育成事業では、沖縄で観光や地域振興に従事する担い手を育成するため、観光マネジメント、イベント企画・運営、地域ブランディングなど、必要な知識やスキル、実践的なトレーニングを提供しています。地域への貢献を一番大きな柱とし、私が入社後、顧客のニーズに応えるサービスを作ることを目指し、データを利活用するビジネスに取り組んでいます。

恩納村での取り組みを教えてください。

恩納村は沖縄本島の西海岸中央部に位置し、美しいビーチと多くのリゾートホテルを擁する日本屈指のリゾート地ですが、「通過型」になっているという課題があります。コロナ禍前の調査では、恩納村の平均宿泊日数はわずか1.8日。那覇空港に到着後、恩納村にはレンタカーで来て1泊か2泊だけするのが典型的なパターンです。長期滞在をしてもらうには、恩納村の交通の利便性を上げたり、村の魅力をもっと発信したりしないといけないと考えました。たとえば、ガイドブックには飲食店の情報がほとんど載っていませんが、村には20近いリゾートホテルがあり、複数のレストランが入っている施設もあります。こうしたレストランを宿泊客以外にも利用してもらえればと考えました。観光客は昼食の場所の情報がなく困っていたので、まずは飲食店の情報をデータベースに蓄積してニーズに合った情報を提供する「おきなわCompass」事業を始めました。沖縄全体を回遊できるようにと、現在は3,000軒以上(2025年2月末現在)のデータを載せています。

恩納村の海の様子
海が美しく、屈指のリゾート地として知られる恩納村

おきなわCompassはどのようなサービスですか。

沖縄を訪れる人の嗜好にあった観光地の提案、目的地までのナビ、立ち寄りスポットのお薦めなどを行うことで、旅体験を無料でサポートするサービスです。2022年に株式会社OTSサービス経営研究所と「NTTコミュニケーションズ株式会社」などが共同開発しました。NTTコミュニケーションズ株式会社の「FUN COMPASS」という嗜好性分析のサービスを活用しており、利用者の閲覧履歴をAIが分析して行動経済学に基づく9種類の嗜好性に分類。利用者の趣味に合った店舗やアクティビティーなどのコンテンツ表示をレコメンド(お薦め)として上位に並び替えて提示する仕組みです。Web版とアプリ版の双方で展開していますが、アプリ利用の場合は同意を得て携帯電話の位置情報を取得することができるので、所在地に近い店をレコメンドすることもできます。位置情報の他にも時間帯や天候などで営業時間、屋内外といった絞り込みを行い、利用者の状況に合ったレコメンドをタイミング良く発信することができます。利用者が閲覧したコンテンツはすべてタグによって紐づけられており、検索履歴をすべてデータ化することができます。たとえば滞在しているホテルの部屋単価と、どんな飲食店やショップを検索しているかというデータを組みあわせて分析すれば、店の客層が分かります。レンタカーの位置情報も同意を得て取得し、様々なデータを掛け合わせて利用者の客層、好みを詳細に分析しています。統計の手法を使って、こういう傾向のある人はこういうお店に行くことが多いという嗜好性を分析するのは、我々の得意とするところです。

おきなわcompassの画面

おきなわCompassの構築には経済産業省や観光庁の補助金を活用し、自走化にあたっては広告収入のほか、コンテンツとして掲載している店舗などにお客様を送る送客料で運営しています。

恩納村に宿泊する客は富裕層である傾向があり、約半数はインバウンドです。特に台湾と韓国から訪れる方が多いですが、彼らのほとんどが流暢な英語を話せることに着目し、現在、おきなわCompassの英語版作りに取り組んでいます。約3,000軒のデータを英訳し、外国人に対してもきめ細かいレコメンドができるようになります。ホテルのコンシェルジュの仕事の一部は、これで代用が可能となります。

おきなわCompassの今後の展開は。

観光客に便利だねと思ってもらえるよう改善していきたいです。Web上では約21万人に閲覧されていますが、アプリのダウンロードは約2万人にとどまっています。今はWebでもアプリと同様の内容が見られますが、今後はアプリを入れた方が便利だと思われるようなサービスを充実させていきたいと思っています。もう一つは姉妹サイト、各都道府県版の展開です。「NTTコムウェア株式会社」が開発し、岩手県盛岡市やその周辺の観光地に関して利用者の属性や閲覧履歴に応じたお薦めを紹介する「もりおかめくり」という観光ナビがありますが、おきなわCompassとそっくりで、同様のサービスの需要は大きいと考えています。こうした観光ナビを他県でも展開し、多くの「〇〇県Compass」ができればいいと思います。

恩納村との関わりはいつからですか。

キャンパスが恩納村にある沖縄科学技術大学院大学(OIST)」が2011年に設立されました。私は理化学研究所で脳の研究をしていましたが、2010年にOISTの基盤整備機構に移り、研究施設の整備を統括しました。OISTは世界最先端の研究を行うと同時に、沖縄の経済発展も目指しています。その部分に共感し、2016年までOISTで働きました。その時に、観光客の位置情報を活用して観光に役立てる取り組みに大きな可能性を感じました。記憶や情動など脳の機能を解明するために、言葉を話せない動物の実験では、行動を数値化し、目的に対してどういう行動を取るのかなどを分析していましたが、数値化を通じた行動分析は観光にも適用できるのではないかと考えました。実際に観光客の移動を数値化すると、いろいろな傾向が見えてきました。

今後はどのような事業を展開しますか。

インタビューに答える山田真久代表取締役の様子

沖縄は那覇空港から浦添市までモノレールが走っている以外は鉄道がなく、車社会です。路線バスは予定時刻に来ることは滅多になく、早い時間帯に終わってしまうので、多くの観光客はレンタカーを利用します。夜になると、恩納村周辺ではタクシーもあまり走っておらず、酒を飲んだらレンタカーも運転できません。こうした状況に対応するため、NTTコミニュケーションズ株式会社と我々と恩納村観光協会で準備しているのが村内バス事業です。空港から高速リムジンバスで恩納村に来る旅行者が増えており、その多くが車を保有していない首都圏の若者と高齢者です。こういう方々に村内バスを使ってほしいと思います。今は運転手が不足していますが、夏だけ村に来てダイビングショップを個人経営する人が多くいます。副業として夏以外は運転手をしてもらうことができますし、夏も夜の時間帯なら可能になります。彼らに運転手として登録してもらうシステムを現在開発中で、通年での定住にもつながります。

過疎化が進む恩納村の「足」を作ろうと思っても、地元住民だけの利用では採算が合わないので、観光客を中心に運ぶバスを運行し、住民にも乗ってもらう形にできればと思います。まずは実装モデルを作るため、どの時間帯にどのホテルから何に乗ってどこへ行ったなどというデータが必要になるでしょう。2025年度に実証事業を実施し、2026年度には実装化したいと考えています。また、当社がリゾートホテルに設置したEVカーシェアは、高速リムジンバスで恩納村へ来た宿泊者がちょっと買い物へ行く足として使ってもらっています。環境に配慮したEVカーシェアはSDGsへの貢献の観点から海外旅行者に対するアピールになっていますが、今後EVカーの位置情報などが把握できるようになれば、さらに有効な観光施策を打てる可能性があります。

株式会社OTSサービス経営研究所が恩納村内のホテルに設置したEVカーシェアの様子
株式会社OTSサービス経営研究所が恩納村内のホテルに設置したEVカーシェア

今後の夢はありますか。

京都や東京などはオーバーツーリズムの問題がありますが、沖縄はまだまだ観光客が少ないとみています。訪れる先は、首里城や沖縄美ら海水族館など一部に集中しているので、伸びしろは大きい。大切なポイントは、長期滞在して地域にお金を落としてくれる海外の方をもっと増やすことです。そのために彼らが楽しめる価値のあるコンテンツを作らなければいけません。きれいな海があり、観光地としての可能性はまだまだあるので、夢としては、もっと海外の方たちを沖縄に呼び込みたいと考えています。

株式会社OTSサービス経営研究所 山田真久代表取締役・CEO理学博士の写真

株式会社OTSサービス経営研究所 代表取締役・CEO理学博士

山田 真久

やまだ まさひさ

1965年2月、神奈川県生まれ。大阪大学大学院理学研究科博士課程修了。米国の国立衛生研究所(NIH)客員研究員、日本学術振興会の海外特別派遣研究員を務めた。理化学研究所の脳科学総合研究センター研究員・ユニットリーダー、独立行政法人 沖縄科学技術研究基盤整備機構研究統括、沖縄科学技術大学院大学サイエンティフィックシニアマネージャーなどを歴任。株式会社OTSサービス経営研究所の取締役副社長を経て2021年から現職。恩納村DX推進ラボ会長、NPO法人 沖縄時空間情報活用推進協議会理事長も務めている。