農業用IoT、農家に「ちょうどいい」製品の開発追求
ビニールハウス内の温度や湿度、炭酸ガス濃度などハウス内の環境を手元のスマートフォン(スマホ)で、どこでも見ることができたり、遠く離れた田んぼに行かなくても水の張り具合がわかって給排水もできたりする――。「株式会社farmo」(栃木県宇都宮市)は、そんなスマート農業を支援するIoT製品を次々と開発し、全国に販路を広げています。社長の永井洋志さんに、なぜ、農家のためのIT企業を目指すことになったのか、また、日本の農業への思いを聞きました。
大学在学中に、起業されたそうですね。
大学卒業間近になって、自分で何か価値のあるものを生み出すような挑戦がしたいと思い、大学で建築を学んだこともあって犬小屋の製作販売を始めました。そのうち、ホームページの制作やアプリケーション(アプリ)の開発も手がけるようになり、2005年にWebサービス会社「株式会社ぶらんこ」を設立しました。開発したサービスの利用者が10万人を超えるといった時もありましたが、Twitter(現・X)やFacebookの登場でインターネットを取り巻く環境が様変わりしていくなか、開発力不足もあって、食べるのもやっとの状態に。その時、開発したアプリがきっかけとなって出会った人たちが、会社の進路を大きく変えてくれました。大学を卒業して18年後の2015年のことです。

どんな出会いが農業用IoTを手掛けるきっかけになったのでしょうか?
開発したアプリは農業に関係のないものだったのですが、宇都宮市の会合でそれを発表した時、会場にいた市の農業担当の方が、農作業の管理に使えるかもしれないと、地元のイチゴ農家を紹介してくれたのです。しかし、行ってみると、農家の人に「そんなものより、水温を測ってくれ」と言われたのです。訪れたのは5月でしたが、夏でもイチゴが採れるようにとビニールハウス内に冷たい地下水を流して冷やしていて、その温度を知りたいとのことでした。何とか部品を探し、スマホで見られるようにしたところ、「自宅でも、買い物に行った時でも温度が分かって便利だ」と喜んでもらえました。新規就農の方で、常にハウスの様子が心配で仕方なかったそうです。これを知った市の同じ担当者が、別のイチゴ農家を紹介してくれたのですが、今度は、「温度より二酸化炭素の濃度が知りたい」というのです。二酸化炭素の濃度でイチゴの糖度や収量が変わるそうで、それならと作ってみたら、カンに頼っていた濃度管理が「見える化」されたことで、質の向上や収量増につながったと好評でした。これが、ハウス内の環境モニタリングシステム「ハウスファーモ」を開発するきっかけになりました。
次に開発した「水位センサー」は累計約1万台売れていると聞きました。

2017年には、宇都宮市役所の方と雑談をしている時、「水田でもいいアイデアがないか」との話題になりました。田んぼの水張り状態を見るため、広範囲に点在する田んぼを、朝晩、回るのが大変だというのです。高齢化などで離農した農家から田んぼを引き受けた結果、そういったケースが増えていることが背景にあるとのことでした。そこで、田んぼの水位を測るセンサーを作り、近くに置いた通信機経由でデータをインターネットに上げて、スマホでデータが見られるようにしました。
農家6軒との実証実験でしたが、開発中はトラブル続きで、故障した通信機を開けてみると、カエルが中に入ってショートしていたということもありました。しかし、この経験で、ソリューションを必要としている農家と丁寧なコミュニケーションを取ることの大切さ、自然の中でのモノ作りの大変さ、諦めなければ形にできることを知り、私の中では大きな資産になりました。

農家との触れ合いでどんなことを考えましたか。
水稲農家は小規模なところが多く、大変な労力をかけている割に経営が厳しく、困っている農家がたくさんあります。しかし、水位センサーの経験などから、まだまだ農業は変えられると確信しました。
ある時、辺り一面、田んぼの中の道を車で走っている時、「この1枚1枚を見て回り、水入れをするのは大変だな」と思うと同時に、センサーを提供した農家の喜ぶ姿を思い出し、「これは、ものすごい市場だ」と改めて気づいたのです。それまでは、生計を立てるために多様なアプリの開発を請け負っていたのですが、それを機に、農業のためだけのIT企業に業態を変更しました。解決を迫られている課題が目の前にあり、その市場規模は広大。可能性は十分にあると感じ、「これで、自分が立つポジションが決まった」と思ったのです。
どうやって農家が直面している課題に応えているのでしょうか?
「ちょうどいい商品」を提供するのが、私たちのコンセプトです。農家の方が手にした時に、「こういうものが欲しかったんだ」「これが、ちょうどいいんだよ」と思わず口にするような商品です。余計な機能や飾りは付けません。農家がハウス内の状態が気になった時に知りたいのは、いま、温度や湿度はどうなっているかということです。データをグラフ化して分析したい訳ではありません。もし、ハウス内でグラフを見ようとするなら、電源を引いてパソコンをセットしないと、という発想になります。でも、当社のハウスファーモなら、スマホを開けば、いつでもどこでも温度や湿度がわかります。もちろん、データによる分析は必要ですが、私たちは、「『いま』、知りたい」という農家のニーズに応え、ハウスや水田をどう管理するかを判断する手助けになるものを作りたいのです。ですから、私たちの商品は、すべて農家の方との会話で生まれます。作業をやりやすく、また、経験やカンを尊重し最大限発揮できるように支援する。その方が、生産性も上がりますし、農業が楽しくなると思います。
農家が困っていることは、ほかにもあるのでしょうか。
最近、相談が多いのは農業用水の水門の開閉です。手でハンドルを回して操作するのですが、高齢化や、温暖化による突然の豪雨などで開閉の頻度が高まっていることで、農家の負担が大きくなっています。これには、スマホを使って遠隔でハンドルを回せる製品を作って応えましたが、問題は、遠くの水門や広大な農地にはネット環境がないことでした。これは水位センサーの設置でも同じです。 当社は、省電力で長距離通信が可能なLPWAの通信機を携帯の届くエリア内に置き、3㎞圏内のセンサーや給水バルブをカバーすることで解決しました。太陽光発電なので電源は不要です。この通信機を宅配便で送り、自分で組み立ててもらいます。通信機の貸し出しは無料、通信費も当社が負担しています。理由は、農家の財政負担をなるべく減らすためと、誰かの所有物にしてしまうと使えない人が出てくる恐れがあるからです。他社では設置に1,000万円以上かかるところもありますが、当社は通信機が貸し出し方式なので120万円で済みます。現在、通信機は全国に約3,200台が設置されており、岩手県花巻市のように、地域全体をカバーできるように地方公共団体が整備を進めているところもあります。ちなみに、水位センサーも2万円を超えると購入は厳しいと言われたので値段を抑え、ランニングコストがかからない買い切りにしました。

農業がスマート化すれば、何が変わるのでしょうか。
米農家は減っていますが、田んぼの減り方は緩やかです。つまり、農家1軒当りの耕地面積が増えているということです。広くなった田んぼが、あちこちに散らばっているとなれば、IoT製品やリモートのニーズはさらに高まります。遠隔でのモニタリングなどができるようになれば、農業に関わる人を増やしたり、農業をあきらめる人を減らしたりすることもできると考えています。実際、満員電車に揺られながらスマホで実家の田んぼの水位を見て、給排水をしている人もいます。
また、田んぼやハウスの状態を「見える化」すると、管理の方法を工夫して作物の品質向上にもつなげられます。水位センサーの利用者からは、理想的な水管理ができるようになり食味が上がったという声が寄せられていて、賞を取った農家も出て来ています。グランプリを取った酒米農家は、娘さんが跡を継ぐことになったと聞きました。スマホで田んぼの水張りの状態を見たり、ドローンを飛ばしたり、楽しそうに農業をする父親の姿を見て、酒米作りに将来性を感じたようです。若い担い手が農業で楽しい暮らしをイメージできるようになる、それは農業の持続性にもつながるのだと思います。

今後、どのような新商品を考えていますか。
すでに、水田や河川の状況を撮影する電源不要のクラウドカメラ「フィールドショット」や、畜舎内をモニタリングできる「畜産ファーモ」も作りました。ほかにも、鳥獣被害を防ぐための電気柵に草がかかったりすると効果が弱まるので、電圧が落ちていないかを調べる「電柵チェッカー」を構想中です。
私たちの製品は、温度や湿度といったデータをクラウドに上げるので、各製品のIDが分かれば、他の人のハウスの環境なども知ることができます。最近は、こうしたデータを共有して勉強会を開いたり、新規就農者が先輩の篤農家からアドバイスを受ける材料にしたりといった使い方をする人も出てきています。IoT製品がコミュニケーションツールにもなっているのです。こうした使い方は想像もしていませんでした。現場の課題解決を目的としていた製品が、広く使われていくことで、新しい価値や新しい農業のスタイルを生み出しているのです。工夫と知恵が新たな循環を作る、そこに農業の可能性を感じます。私たちがやることは、まだまだ、たくさんある、と思っています。

株式会社farmo代表取締役社長
永井 洋志
ながい ひろし
1973年、千葉県生まれ。宇都宮大学工学部で建築を学び、犬小屋作り、商店のホームページの制作やアプリ開発などを手掛ける。自店サイトを更新すると自動的に検索サイトに情報が発信されて、集客につながるアプリ「Pingoo!」などを開発。2005年に、ブログ&コミュニケーションを意味する「BLANCO」から命名したWebサービス開発会社、株式会社ぶらんこを設立した。2015年に位置情報とメッセージを結びつけるアプリ「ココチップ」を開発。紹介しようと訪ねたイチゴ農家からの要望が、ハウス内の環境をモニタリングできるファーモ誕生のきっかけになった。さらに、水田の水管理を自動化するシステムを農家に提供するなど、農家とコミュニケーションを図るなかで日本の農業の課題を認識し、2016年に農業専門のIT企業に業態を変更。2021年には、社名に製品のブランド名を採用した「株式会社farmo」に変え、IoTを活用した農業を中心とする地域課題の解決に取り組んでいる。