「若者の声×デジタル」で地元定着やサービス創出図る
山形県の北西、庄内地域に位置し、江戸時代から明治時代にかけて北前船の寄港地として栄えた山形県酒田市。商人の町として「西の堺、東の酒田」と全国にうたわれ、その繁栄ぶりを伝える歴史的建造物が今もなお街中に息づいています。しかし、近年は人口減少が深刻化し若者の流出に歯止めがかからないため、いかに若者を惹きつけるまちづくりを進めるかが大きな課題となっています。そこで、酒田市が着目したのが、デジタル技術と、「リビングラボ」と呼ばれる住民参画型の行政手法を組み合わせた取り組みです。名付けて「酒田リビングラボ」。若い世代が日常生活で感じている困りごとを、デジタル技術などを活用して解決し、生活の満足度を高めてもらうことで市外への流出を防ぐ狙いがあります。取り組みについて、酒田市企画部企画調整課の池田郁雄デジタル変革主幹兼デジタル変革戦略室長に聞きました。

酒田リビングラボは、どんな取り組みなのでしょうか?
住民の声をふまえて行政が取り組むべき課題を見つけ出し、住民や企業、地域団体、専門家といったメンバーが協力し、解決のためのアイデアを出しあい、そのアイデアを実現・実装につなげていく共創の取り組みです。リビングラボは、生活空間(Living)と、実験室(Lab)を組み合わせた造語で、アメリカで生まれ、欧州を中心に発展しました。サービスのユーザーである住民の声を取り入れながら開発を進めることで、より満足度が高い住民サービスの創出を目指します。具体的には、まず「課題抽出ワークショップ」で住民の方々に地域の課題や、理想とするまちの将来像などを聞き出します。そのうえで、酒田市が取り組むべき地域課題を絞り込み、住民の方々からのアイデアをもとに地域の企業と連携してデジタル技術などを使った新しいサービスを創出して解決へと導きます。これが酒田リビングラボです。そこで誕生したサービスは、最終的に事業として自走できるようにするのが目標です。
酒田リビングラボの取り組みはどのように始まったのでしょうか。
他の多くの地域でも同じであると思いますが、背景には人口減少や高齢化、若者の流出といった課題があります。酒田市の人口は、1955年の12万8,264人をピークに減少しており、2024年12月末で9万3,924人です。国立社会保障・人口問題研究所の2023年推計によれば2050年には6万人余にまで減少すると予想されています。また、酒田市内を卒業した高校生で庄内地域に残る割合は4人に1人ほどという深刻なアンケート結果もあり、若者が活躍しやすいまちづくりが求められていました。これを、デジタル技術による変革で何とかできないかと考えたのです。
酒田市は2020年11月、DX推進による市民サービスの向上、地域課題の解決、デジタル人財の育成などを目指し、「株式会社NTTデータ」「東日本電信電話株式会社」「東北公益文科大学」と連携協定を結びました。2021年3月には、「賑わいも暮らしやすさも共に創る公益のまち酒田」をビジョンとして掲げた「デジタル変革戦略」も策定しました。
この中で、若者をはじめとする住民の意見も取り入れようと考えた、地域社会DX実現のアイデアの一つが、酒田リビングラボだったのです。酒田リビングラボの立ち上げと運営については、「株式会社NTTデータ経営研究所」からサポートを受けました。

地域課題の解決策としてどんなアイデアが出てきたのでしょうか?
酒田リビングラボは、2022年度と2023年度を新たなサービス創出を行う第1シーズンとして位置付け、「若者がより活躍しやすくなる酒田」をテーマに展開しました。ワークショップでは、日常生活での困りごとや酒田市の将来の理想の姿を書き出してもらい、その後、「どんなサービスがあれば生活が良くなるか」「デジタル技術を活用するとどんな課題を解決できるか」といった視点からアイデアを出してもらいました。参加した若者からは、「従来の地域活動の枠組みでは、若者が参加しにくい」「生活上の悩みを相談するような交流の場が少ない」「若者は新しいチャレンジをしたいと思っているが、上の世代が理解を示してくれない」といった声が出てきました。
私もワークショップに参加しましたが、酒田で暮らす若い世代が人とつながる場を求めていることがよく分かりました。その解決策についても、みんなでアイデアを出し合い、近所で行われているイベントなどを簡単に見つけるアプリや、簡単にイベントなどの参加者募集ができる仕組みづくりなどの案が出てきました。

実際に開発されたサービスはありますか?
ワークショップの参加者が発案したアイデアを複数の地元IT企業に投げかけ、プロトタイプ(試作品)を作って実験しませんかと呼びかけました。この中から開発までこぎつけたのが、イベント企画のアイデアの実現をAIがサポートする「LocAIly(ローカリー)」です。イベントを簡単に作成して投稿できるWebサービスで、AIが企画案の作成や準備の提案を行うなどイベントの開催をサポートし、簡単な操作で誰でも気軽にイベントを企画し、参加者を集めることができるようにします。若い世代を中心に人とのつながりを求めている人々が自分でイベントを作ったり、誰かのイベントに参加したりして地域での生活をより楽しめるようにするねらいがあります。
ローカリーの試作品をワークショップで公開し、これまでに海外のボードゲームの体験イベントをはじめ、若者に人気の「人狼(じんろう)ゲーム」が好きな人が交流しながらゲームを楽しむイベント、バスケットボールの初心者向け体験会が企画・開催されました。現在も参加者の声を反映して改良を進めていますが、ローカリーを通じて新たな地域のつながりが生まれ、手ごたえを感じています。

「酒田リビングラボ」を含めた今後の「デジタル変革戦略」の展望を教えてください。
2022年度と2023年度の「酒田リビングラボ」第1シーズンでは、若者は「地域での人とのつながりを持ちにくい」「キャリア志向と地元にある職種が一致しづらい」といった課題を感じていることが分かりました。一方で、故郷の酒田市から新しいビジネスが創出されることを若い世代が期待していることもわかりました。こうした実情をふまえて、2024年度から始まった第2シーズン(2か年)では、高校生、大学生らに参加してもらい、その声をもとに若者が何を求めているかをより深く掘り下げています。そのうえでデジタル技術を使った課題解決のためのサービスを展開できるようにしていきたいと思っています。
また、地域社会をより良くするためのプロジェクトを実施したい人と、それを支援したい人をつないで寄付金の仲介を行うコミュニティ財団の設立に向けて動き出しています。2024年11月には、そのキックオフイベントとして「SAKATA PROJECT DESIGNERS」を開催し、酒田市の社会課題解決のための新たなプロジェクトについて高校生と大学生が発表しました。酒田市では、高校生を「潜在的関係人口」ととらえ、故郷を離れた後も関係が継続されることを期待しています。関係が継続されることによって、Uターンをはじめ将来的には、こうした新たなプロジェクトの担い手となる若者の起業支援などにもつながると考えていますし、プレイヤーと応援する人をつなぐツールとしてデジタルを活用できないか検討しているところです。
このほかにも、2017年には「日本一女性が働きやすいまち」を掲げ、市内在住の女性を対象に、ITスキルを身につけて多様な働き方ができるようにする「サンロクIT女子プロジェクト」に取り組んでいます。江戸時代に廻船問屋として地元の経済を発展させた酒田商人の代表である三十六人衆にちなんでいますが、このプロジェクトを通じて女性が酒田市内のDX人材を担っていくことへの期待も高まっています。
若者や女性が市外に流出せずに暮らしやすいまちにしていくことが人口減少に歯止めをかけるカギとなります。住民と企業との交流の場を育てていくことで、デジタル時代に即した新たな産業の創出や生産性の向上、魅力的な就業機会の拡大につなげていきたいと思います。
酒田市企画部企画調整課デジタル変革主幹兼デジタル変革戦略室長
池田 郁雄
いけだ いくお
1996年旧八幡町役場入庁(2005年に酒田市を含む1市3町合併に伴い酒田市役所へ)。これまで教育委員会、商工企画課、介護保険課、水道部、市長公室、交流観光課、納税課などを経験。2004年、加入者系光ファイバー網整備事業を担当し、町がプロバイダーになってインターネットサービスを提供する事業を立ち上げた。2018年には東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会ホストタウンのキャンプ誘致などを担当。2024年4月から現職。