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農林水産業

地域企業のキーパーソンに聞くvol.3

株式会社アイエスイー 高橋完代表取締役

株式会社アイエスイー高橋完代表取締役の写真

三重県発 獣害など農林漁業の困りごとをICTでお助け

三重県伊勢市の「株式会社アイエスイー」は、ICT(情報通信技術)を活用して農林水産業に従事する人々の困りごとを解決するための製品開発を進めています。農作物を野生のサル、シカ、イノシシなどによる食害から守る鳥獣被害対策システムは、全国の都道府県で導入されています。養殖漁業では水温や塩分の濃度といった生産にかかわる海洋データをAIが解析してサポートし、林業では携帯電話の電波が届かない場所で労働災害が発生した場合に早期に救助を求めることができる製品を世に送り出しました。こうした製品が生まれたきっかけや開発に対する考え方について、株式会社アイエスイーの高橋完代表取締役に聞きました。

鳥獣被害対策システムは、どんな機能を持っているのですか?

全国47都道府県で計540台超が導入されているのが、わなを仕掛けた大型のおりを遠隔で操作できる獣捕獲システム「まるみえホカクン」シリーズです。害獣がおりに入ると、センサーが作動してメールなどで通知します。おりに設置されたネットワークカメラが配信する映像をスマートフォン(スマホ)やパソコンで確認し、遠隔で操作して捕獲します。自動で捕獲できる機能があるほか、録画データで過去の状況を把握し、エサの置き方などの改善につなげることができます。

地方公共団体の鳥獣被害対策では、わなに鳥や獣が捕獲されているかの確認を猟師や農家の方々が毎日、数十kmの山道を巡回している地域もありますが、とても労力がかかります。わなが作動したことをメールなどで通知するシステム「ほかパト」では、通知のあったわなを優先して回ることができるようにしました。中山間部でも安定して長距離通信ができるよう省電力の広域無線ネットワーク「LPWA」の150MHz帯を利用しています。

鳥獣被害対策システムを開発したきっかけを教えてください。

当社は私の父が1985年に創業し、1991年に株式会社化した後も一貫して電子機器の設計・開発と製造を行っています。他社から依頼を受けて設計から製造まで行っていましたが、2009年のリーマンショック後に受注が激減し、業績が悪化しました。受注先の大手企業が内製化を進めるようになったことも影響しており、自社で独自製品の開発を目指すことにしました。ちょうどそのころ、人が前を通ると点灯する製品の開発依頼を受けました。このシステムを動物向けに応用すると、センサーで動物の侵入を感知して捕獲するという鳥獣被害対策向けの製品ができるのではないかというアイデアが浮かびました。

インタビューを受ける高橋さんの様子
「センサーを活用した製品から着想を得て鳥獣被害対策システムのアイデアが浮かんだ」と株式会社アイエスイーの高橋完代表取締役

製品開発はどのように進められたのですか?

鳥獣被害対策システムの製品化のヒントが見つかるのではないかと2011年に「三重県農業研究所」を訪ねたところ、当時在籍されていた兵庫県立大学自然・環境科学研究所の山端直人教授に製品開発のアイデアを聞いてもらうことができました。農村計画学が専門で鳥獣被害対策に詳しい山端さんとの出会いから当社の製品開発が始まりました。

山端さんに「ありそうでなかった」アイデアとして興味を持ってもらい、開発の協力を得ました。伊勢市に隣接する度会町で一緒に実証実験を行い、当初のアイデアを「アニマルセンサー」として製品化することができたのです。

また、山端さんから、情報システムに詳しい「独立行政法人国立高等専門学校機構鳥羽商船高等専門学校(鳥羽高専)」の江崎修央教授を紹介されたことも転機となりました。江崎さんから「インターネットを使うと機能を拡充できる」というアドバイスを受けて完成したのが、まるみえホカクンのシリーズです。モノをインターネットにつなぐという発想により、活用範囲が大きく広がりました。

鳥獣被害対策の製品開発では、三重県のほかに「国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構」(農研機構)から補助を受けることができました。そのおかげもあって事業は収益化できるようになりました。開発に協力いただいた山端さんと江崎さんの技術を全国に普及させてもらっているという思いで、いま仕事をしています。

株式会社アイエスイーの鳥獣被害対策システム「まるみえホカクン」シリーズ
株式会社アイエスイーの鳥獣被害対策システム「まるみえホカクン」シリーズ

水産業や林業の課題解決に向けた製品も開発されています。

気候変動による海水温の上昇といった環境変化が水産業にもたらす影響が大きくなっていることから、ノリ養殖のサポートを目的に2021年に製品化したのが、海洋モニタリングシステム「うみログ」です。カメラ付きの観測装置を養殖漁場に設置することで、スマホのアプリケーションで水温、水位、塩分濃度などをリアルタイムで確認することができます。こうした海洋データをAIが解析して養殖の最適な開始時期を把握するなど、収穫量や品質保持に役立てる狙いがあります。江崎さんから声をかけていただき、「三重県水産研究所」、鳥羽高専と共同開発しました。三重県内の水産業者に課題を聞くことから始め、観測装置を軽量化するなど使いやすさにも配慮しました。うみログはノリのほか、カキや魚類、真珠などの全国の養殖現場でも導入されています。

林業従事者向けの安否確認システム「TasuCall(たすかる)」では、他産業と比べて労働災害の発生率が高い林業の現場の課題に着目しました。林業は携帯電話の電波が通じない山間部での作業が多いため、広域無線ネットワークLPWAの150MHz帯を利用し、労働災害が発生した際に早期に救助を求めることができるようにしました。林業従事者は現場に子機を携帯し、労働災害発生時にSOSボタンを押すと、中継機を介して携帯電話の通信圏内にある親機に伝送し、親機がSOSや位置情報を管理者に送ります。林業従事者が意識を失った場合もセンサーが検知して自動で通知します。三重県津市の森林組合で実証してもらい開発することができました。

うみログを活用したノリの養殖の様子
うみログを活用したノリの養殖の様子

製品開発で大切にされていることを教えてください。

当社は、営業担当者が当社製品を使っていただいている方々に話を聞き、使い勝手の悪さなど指摘された点を持ち帰り、開発担当者がすぐに改良しています。現場で聞いた「だったらいいな」の声をすぐに反映してモノづくりができることが、当社の強みであり我々の仕事の醍醐味です。毎月1回、営業チームと開発チームで打ち合わせを行っていますが、常に現場の課題が上がってきて製品の改良や開発のヒントを得ています。新しい課題をいただいた際には、現場の人たちと一緒に実証実験を行い、よりいいものをつくるという形もとっています。現場の方々にも製品の生みの親になっていただくわけです。

全国各地で過疎化が進み、耕作放棄地が増えています。こうしたことから生じる、鳥獣被害対策をはじめとした地域社会の課題をどのようにDXで補っていけばよいのか。現場の一人ひとりがどう動くかがとても重要であると考えています。鳥獣被害対策でみると、長野県の大町市や青森県の深浦町をはじめ、全国の地方公共団体の担当職員の方々が自らもスキルアップしながら現場を引っ張っています。製品は、あくまでも現場の仕事をサポートするパーツの一つです。現場の方々にどのように使っていただけるかが、課題解決の命運を握っています。製品を販売した後、うまく使っていただけるようにすることにも重点を置いており、今後は当社社員以外にも製品の使い方を熟知しているサポーターのような方々を組織していきたいです。

株式会社アイエスイーの社員と高橋さんの写真
「チームワークの良さも強みの一つ」。株式会社アイエスイーの社員と高橋さん(前列左から5人目)

株式会社アイエスイーの将来像をどのように描いていますか?

社名のアイエスイーは、本社のある伊勢市の英語表記に由来しています。海と山に近く、豊かな自然に恵まれた伊勢市をはじめ三重県は、農林水産業向けの機器やシステムの開発で実証実験を行う場所に適しています。地域で実証実験を重ねていくとともに、地域課題を深掘りして解決を目指していくことに当社の存在意義があります。農林水産業の魅力を高めることにもつながると考えています。

製品開発では国から投資をしてもらっており、それを社会に還元していきたいという思いがあります。製品を地域で活用していただき、当社は納税や雇用創出、人材育成という形でお返しするという循環ができると、日本に貢献できる企業になると思うのです。近い将来、伊勢市から農林水産業をはじめとする地域の課題解決に向けたツールを「ジャパンモデル」として世界に展開していきたいと考えています。

株式会社アイエスイー代表取締役高橋さんの写真

株式会社アイエスイー 代表取締役

高橋 完

たかはし おさむ

1979年、三重県度会町生まれ。高校卒業後、株式会社アイエスイーに就職。アセンブラ言語・C言語によるマイコンプログラマーとして数々の電子機器の開発を行う。2011年から鳥獣被害対策の捕獲分野においてICTIoTを活用した商品開発に乗り出し、農林水産省の研究開発事業にも参加。現在は、農林水産業のスマート化に貢献できるICTIoT機器を全国各地に普及させている。2019年9月より現職。