前橋版MaaSで公共交通を再生、目指すは街の復活
市民1人当たりの自家用乗用車保有台数が全国トップクラスのマイカー王国、前橋市。自家用車の「交通手段分担率」(移動手段に占める利用率)が75%に達し、鉄道、バス、タクシーといった公共交通に関しては利用者数が伸び悩んでいます。こうした中、前橋市は、公共交通の再生に向けて、利用者増と効率的な運営を同時に目指す改革を進めています。カギとなるのは、デジタル技術の活用です。前橋版の「MaaS」(次世代の移動サービス)を普及させるなど長年、交通政策の陣頭指揮をとってきた前橋市の細谷精一副市長に、公共交通改革の内容や今後の展望を聞きました。
前橋市が交通改革に取り組む背景を教えてください。
前橋市は、過度な車依存社会で、調査によると100m先でも4人に1人が自家用車で移動するという結果もありました。このままでは公共交通が成り立ちにくくなり、自動車の運転免許を持たない若い世代や高齢者の方々の移動が困難になってしまうという危機感から、2014年ごろから前橋市内の公共交通の見直しに着手しました。
前橋市内の公共交通は、鉄道は「東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)」と「上毛電気鉄道株式会社」の2社、バス6社、タクシー9社が運行しています。様々な公共交通手段と事業者が存在し、当時は改革の方向性についてなかなか答えが見つかりませんでした。
公共交通改革の方向性はどのように決まったのでしょうか?
公共交通政策を研究する中でフィンランドのヘルシンキでMaaSという交通に関する概念を活用していることを知りました。複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを組み合わせて最適なサービスを一括で提供するという概念で、「まさに自分が探し求めていたものだ」と思いました。
たとえば、前橋市内でバスを使って目的地までの最適な行き方を調べるには、バス会社6社のホームページなどを個別に確認する必要がありました。もし、6社の情報が一括でわかるようになれば、利用者目線で一体化した公共交通サービスを提供できるのではないかと考えていました。そうした改革の方向性は、デジタル技術を活用して複数の交通手段を共通のプラットフォームに統合して、ユーザーに最適な移動手段を企業の垣根を越えて提案するというMaaSの概念と合致することが分かったのです。そこで、市役所内でMaaSについて話をしたところ、公共交通改革に向けて同じ熱量で取り組んでくれる職員がいたので、一緒にMaaSの概念をわかりやすく説明する資料を作りました。
また、交通政策に詳しい有識者や当時の市長の賛同も得たこともあって、「デジタルで公共交通の革命を起こす」という思い切った方針に沿って進めてこられたのだと思います。
公共交通改革ではどんな施策を展開されましたか?
2019年度と2020年度の国土交通省「日本版MaaS推進・支援事業」に採択され、前橋市内でMaaSの実証実験を行い、MaaSの前橋版である「MaeMaaS(マエマース)」を立ち上げました。土台となるシステムは、移動のための検索・予約・決済をオールインワンで提供することを目指して作られた、JR東日本のMaaSプラットフォームを活用。前橋市内の鉄道、バス、タクシーなど様々な交通情報を連携させ、横断的にリアルタイムで経路検索したり、デマンド交通(乗り合いバス)の予約や1日乗車券などのデジタルチケットを購入したりできる仕組みを構築しました。交通手段の検索から予約、決済までを一括でできれば、移動時間の短縮、ストレスのない移動につながり、公共交通機関をより便利に使ってもらえるようになると考えたのです。
このほか、交通系ICカードのID番号とマイナンバーカードの居住地と生年月の属性情報を、本人同意のもとで、クラウド上でひも付けて連携させる取り組みも国内で初めて実施しました。ひも付けされることで、たとえばバスを利用した際などに、交通系ICカードをかざすと、マイナンバーカードの属性情報(「前橋市民であること」や「年齢区分」)が認識され、前橋市民向けの割引や高齢者あるいは学生割引などを自動的に受けることができます。収集される性別、生年月別、移動、決済情報などの利用者のデータは、分析して今後の公共交通改革に生かす予定です。
また、前橋市と群馬県が協力し、2023年3月からはMaeMaaSシステムをそのまま活用する形で群馬県版の「GunMaaS(グンマース)」が始まりました。これまでは、前橋市内にとどまっていたサービスを、群馬県全域に広げ、サービスを提供するエリアの広域化と高度化を進めています。
このほかに公共交通改革で注力されている点はありますか?
ドライバー不足とドライバーの高齢化に対応し、バスの完全な自動運転を目指しています。2017年度に群馬大学、「日本中央バス株式会社」、前橋市の3者で連携協定を締結し、バスの自動運転に取り組んでいます。JR前橋駅と上毛電気鉄道の中央前橋駅間の約1kmです。2018年度に国内初の路線バス自動運転(レベル2)を開始しました。2025年度末までに、現在も進めている区間での完全自動運転(レベル4)の社会実装を目指しています。
JR前橋駅から群馬県庁まで中心市街地を経由する約3kmについて、市内のバス事業者6社で2022年度から共同経営で運行しています。従来は異なる会社同士でのダイヤ調整などは独占禁止法に抵触しできませんでしたが、独占禁止法適用除外の特例法を使って事業者間で調整し、ダイヤを見直しました。これまでは6社11路線が運行し、時間帯によって、30分以上の間隔が発生したり、反対に運行が一定の時間に集中したりするなど利用者にとって不便でしたが、JR両毛線に合わせたダイヤ設定として、5分~15分間隔でバスが運行できるようにしました。他の様々な交通施策の効果もあり、市内のバス利用者は増加傾向にありますが、特にこの路線では利用者が増加し、まちなかへの来訪者も増えています。
前橋市が目指す公共交通の将来像を聞かせてください。
前橋市内の公共交通の幹は、鉄道と幹線バスで、枝としてその他のバス、葉としてデマンド交通、タクシーがそれぞれ有機的に結び付く形で交通ネットワークを構築したいと考えています。まず、幹であるバスの基幹路線については、住民が利用しやすいように工夫して交通の軸を作る。そこから伸びる枝葉は、他の交通手段をつなげて伸ばすことで、市内どこでも自由に移動しやすい交通環境を整えることが目標です。
今後、鉄道もタクシーもバスも、例えば1か月定額で乗り放題といったサブスクリプション(サブスク)のような利用形態を導入できたらと考えています。鉄道、バス、タクシーの異なる運賃制度をどうするかといった運用における課題はありますが、サブスクのような利用形態は、利用者側からみると利用しやすく、導入した結果、利用が増えて運賃収入も増えるという好循環をつくることができると思います。公共交通を成り立たせるためには、将来的には、各交通事業者が一緒に利用者を増やして、収入を分配するという考え方で、運賃をプールして利用率や一定の基準で分配し合うことも選択肢の一つになるのではないでしょうか。
副市長という立場から、交通政策をどのように見ていますか。
前橋市の都市構造を変える、都市を再生するには、公共交通の充実が不可欠で、前橋市政にとって最重点課題です。
過度な車社会で、子どもたちの移動手段が限られ、車による保護者の方々らの送迎負担が大きくなっています。中高生になると自転車での移動が増えますが、群馬県内は中高生が自転車利用時に交通事故に遭う、事故発生率が全国で高い水準となっています。交通事故を減らすためにも、公共交通の利用促進が必要です。
生活スタイルにおいても、自動車を運転して単独で移動し、自宅から目的地を往復するだけというケースが少なくありません。多くの人が公共交通で移動し様々なポイントを経由することで、街のイベントに参加したり、人と一緒に食事やお酒を楽しんだりする機会が増えると、中心市街地の活性化や都市のにぎわいづくりにもつながります。
前橋市は、こども・子育て政策を最優先課題として取り組んでいますが、こどもから高齢者まで誰もが移動しやすい交通環境を目指しています。公共交通利用中心の街になれば、コミュニティーが再生し、街そのものが蘇るきっかけになると考えています。街に魅力が生まれれば、暮らす人や訪れる人が増えます。前橋市の都市そのものを再生するため、公共交通の再生を土台にして、活気ある街づくりにつなげていきたいと思います。
前橋市副市長
細谷 精一
ほそや せいいち
1987年前橋市役所入庁。20代で群馬県交通政策課へ出向し、上毛電気鉄道への群馬型上下分離方式導入などの企画に従事。2016年交通政策課長、2022年交通政策担当部長として地域交通網の再編、共同経営、自動運転バス、GunMaaSなどに取り組む。未来創造部長などを務め2024年4月から現職。