町の「資産」を活用し新しいDXモデルを創出
富山県の東側の玄関口として、新潟県との県境にある人口1万人ほど(2024年11月現在)の朝日町。標高3,000m級の北アルプスの山々や平野部、ヒスイの原石が流れ着く「ヒスイ海岸」など、多彩な地形をあわせ持つ風光明媚な町として知られています。しかし、少子高齢化で人口は60年前に比べて半減し、民間の有識者グループ「人口戦略会議」が発表する「消滅可能性自治体(2024年発表)」にも挙げられました。そうしたなか、費用や労力を抑えながらどうすれば住民の生活水準を維持し続けられるか悩み、たどりついたのがデジタル技術の活用だったといいます。住民らと一緒に作り上げた「朝日町モデル」とも言える独自のMaaS(次世代の移動サービス)やマイナンバーカードを利用した様々な取り組みは、全国から大きな注目を集めています。この取り組みを担当した、朝日町「みんなで未来!課」の寺崎壮課長代理にDXにかける思いを聞きました。
DXに取り組んだきっかけや経緯は。
少子高齢化が進み、町職員も減っているなか、どうしたら住民サービスを低下させずに済むかということが出発点でした。課題は数多くありましたが、その中の一つが「交通」でした。2004年に地域の路線バスが撤退し、車が使えない人の「足」はコミュニティバス3台になりました。場所によっては、朝訪れて夕方まで帰りの便がないなど不便な状況でしたが、バス購入費や人件費、燃料代などの財政負担を考えると、安易にバスを増やすことはできません。2019年当時、私は企画振興課の交通担当で、この問題をデジタル技術の活用で何とかならないかという思いを抱えていました。民間事業者からは、自動運転やAIを使った乗合タクシーなどの売り込みが寄せられましたが、費用が高額だったり、住民のニーズとは違っていたりして、人口1万人ほどの朝日町にはいずれもオーバースペックで合わないと感じていました。
そんな時に、「株式会社博報堂」の方から「地域の実情に合ったMaaSを一緒に作っていきたい」と声をかけられ、町に合わせた新たな交通サービス創出に取り組んだのです。その協力体制が、その後、DXに取り組んでいく土台となりました。
どのような取り組みをどう進めたのでしょうか。
まず、2020年に町と株式会社博報堂、「スズキ株式会社」、地元タクシー事業者が中心となって「MaaS実証実験推進協議会」をつくり、本格的に構想を練り始めました。知恵を絞ったのは、主に①余計なコストをかけない②既存の交通事業者との協働関係③コミュニティバス運行がない時間をどう埋めるか――の3点です。町内で活用できる“資産”を探し、住民が保有する約8,000台の自家用車と、小さな町だからこそのコミュニティの強さに着目。車を持つ住民自身がドライバーとなって、近隣の人を乗せる「助け合い」をシステム化した「ノッカルあさひまち」という仕組みを考えたのです。
実証実験は、2020年度の国土交通省「日本版MaaS推進・支援事業」に採択されて始まりました。開始にあたっては、「足」を必要とする住民のニーズをよく調べるとともに、協力してくれるドライバー一人ひとりの通勤や通院、買い物などの移動パターンを聞き取り、時刻表に落とし込みました。
住民は、その時刻表を見て乗りたい「便」を指定し、電話やスマートフォン(スマホ)のアプリケーション(アプリ)「LINE」で予約する形です。運用にあたっては、交通事業者向けの運行管理システムのほか、ドライバーが予約を確認したり、自らの運行予定を入力したりできるようなスマホ専用アプリや、利用者向けの予約窓口となるLINEアカウントなど、それぞれのユーザーに馴染む設計・使い分けを工夫しました。また、既存のアプリであるLINEを活用することで、開発コストの低減も実現しています。
初めはドライバーを探すのが難しく、地域おこし協力隊1人、町役場OBの10人がドライバーを担いました。運賃なしで始まり、一定のニーズがあることを確認できたので、途中で1回600円の有償運行に切り替えました。運賃は、ドライバーと町、運行管理や電話受け付けを行うタクシー事業者で200円ずつ分け合う仕組みです。有償になったことで利用者が減るかと心配しましたが、利用者数は減らなかったので2021年から実装しました。一般人が有償で人を乗せる新しい取り組みで、事業者協力型自家用有償旅客運送の国内第1号にもなりました。その後、建設業界などの協力も得られてドライバーが増加。利用者から好評なのはもちろん、「困っている人に声をかけやすくなった」とドライバーからも好意的な声が寄せられています。
ランニングコストは年間約400万円ですが、そこから有償利用分の運賃収入を差し引き、8割を国の特別交付税、残りの2割を町が負担する形で続けています。
交通以外にもDXの取り組みが広がっていますね。
交通での実績をもとに、2021年に町と株式会社博報堂で連携協定を結び、官民共創でDXを進めています。2022年4月には「みんなで未来!課」も設置し、役場内に本格的にDXに取り組む体制ができました。交通の時と同じように、まず費用をかけずに活用できる“資産”を探し、80%以上に上るマイナンバーカードの保有率に着目したのです。
カードの既存システムを使えば、開発コストを安く抑えられます。そこで、考えたのがマイナンバーカードを使った公共サービスパス「LoCoPiあさひまち」です。導入には、2023年度のデジタル田園都市国家構想交付金を活用しました。
具体的には、図書館や温浴施設、病院、役所、店舗など40か所以上の町内施設にマイナンバーカードをかざすタッチスポットを設置。カードをかざすと、性別や年齢などの属性情報のデータがサーバに集積され、利用者の分析に使えるほか、利用者に対してはポイントが付与される仕組みです。ポイントは年4回の抽選会で利用でき、朝日町産の食材などの景品、交通に使えるデジタルチケットやオリジナルカードホルダーなど総額100万円分の商品が当たります。カードをかざすだけなので、高齢者にも使いやすいと好評で、「抽選会を楽しみにポイントをためている」という人も少なくありません。
ほかにも、LoCoPiのシステムを使って、マイナンバーカードに電子マネー機能を追加し地域通貨として町内の飲食店で決済できるようにしたり、交通や教育サービスのチケット機能を持たせたりする仕組みも作りました。小学校にタッチポイントを設置し、登下校時やバス利用時の情報が、希望した家族にメールで届く無料の見守りサービスも実施。子どもから高齢者まで2,000人以上の住民がLoCoPiに登録し利用しています。
DXを進める際に気をつけていることは。
DX担当部署だけでやらないということです。特に、人口規模が小さい地方公共団体は横連携して、力を合わせないと進みません。朝日町では、町長が「みんなでDXをやるんだ」という意志を明確にしていて、それもあって庁内横断的に各部署と連携してうまく進めることができました。加えて、住民の生の声、ニーズをしっかり聞くこと。そうでないと、無駄なものを作ってしまうリスクがあります。さらに言えば、単に課題を解決するのではなく、住民が「楽しんで」参加できる仕組みを作ることです。たとえば、LoCoPiでためたポイントは換金こそできませんが、抽選会に複数口申し込めるようになり当たる確率が上がります。また、デジタル一辺倒に切り替えるのではなく、カードタッチや、ノッカルの予約電話など、スマホが使えない高齢者や子どもにも使える手段を残しておくことにもこだわりました。
今後の展望について。
せっかくLoCoPiというサービスを作ったので、フル活用するためにいろいろな使い道を考えています。地域通貨も始めましたし、今後は避難所運営の際に役立つ情報なども連携させて災害時に避難所の受付で使うことなども検討しています。さまざまなDXの取り組みをLoCoPiに集約し、ほぼすべての住民が使えるサービスに育てたい。だれひとり取り残さないDXの実現に向け、マイナンバーカードを「マイナ“ライフ”カード」として活用し尽くすことができればいいと思っています。
朝日町は、山あり海ありあらゆる地形がそろい、全国の過疎地域の課題が凝縮している「課題先進地」です。「ノッカル」の取り組みでは、全国から問い合わせがあり、富山県高岡市の中田地区や静岡県東伊豆町などで実装が始まったと聞いています。LoCoPiも横展開を視野に入れています。今後も、同じような人口規模、予算規模の地方公共団体に横展開できるようなDXモデルの創出につなげていきたいと思います。
朝日町みんなで未来!課 課長代理
寺崎 壮
てらさき たけし
2000年に朝日町役場入庁。2019年の交通担当時代に、地域の移動課題に民間事業者(株式会社博報堂)とともに取り組み、デジタルと共助の力を活用した新たな交通サービス「ノッカルあさひまち」を生み出す。この取り組みを足がかりに、現在は、同事業者と官民連携によるDX事業に取り組み、全国への横展開を意識したマイナンバーカードを活用した新たなサービス「LoCoPiあさひまち」の開発・実装に従事。2022年より現職。