総務省の支援事業

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労働

過疎地域でテレワーク人材を掘り起こす。カギは実体験

山口県 下関市/萩市

都市部の企業とマッチング、雇用につなぐ

地方に住みながら都会の仕事がテレワークでできます――。山口県では、少子高齢化が進むなか、地方への新しい人の流れを作ろうと、都市部からの移住・定住者増加に向けたテレワーカーの受入体制を整える取り組みを進めています。そうした動きを後押しする形で、2023年度に総務省の「テレワークを活用した地域課題解決事例の創出に関する実証事業」を活用した「中山間地域における地域共創テレワーク実証プロジェクト」が、同県下関市と萩市で行われました。地方にいるテレワーク人材を掘り起こして育成し、都市部の企業のニーズとマッチングさせる取り組みです。仕事獲得につながる成功例も複数誕生し、これをモデル事業として、地域を広げて取り組む動きが活発化しています。

下関市の角島大橋(左)と萩市(右) パソナJOB HUB 提供

「できるわけない」…まず住民意識を変えたい

「こんな過疎地域でできるわけないよね、という住民の意識をまず変えたい。過疎地域のテレワーク先進地域になれればと思っています」

下関市でテレワーク実証プロジェクトに取り組んだ市共創イノベーション課リノベーションまちづくり推進室の松本勇弥室長は、そう抱負を語ります。

同市は、人口減少、少子高齢化、それに伴う空き家問題という課題を抱えています。特に市北部の豊北地区は、新型コロナウイルス感染症が流行する前の2019年までは毎年100万人余の観光客が訪れていた「角島大橋」という観光名所があるにもかかわらず、人口は7,500人余(2023年)で、2005年から4割近く減少。移住促進に力を入れてきましたが、仕事の選択肢が限られることが課題の一つになっていました。

そんな折、総務省の「地域活性化起業人」制度を活用して、同市出身で人材活用の知見や経験が豊かな瀬川康弘さんが「株式会社パソナグループ」から市役所に派遣されました。これが契機となり、「株式会社パソナJOB HUB」が提案する総務省実証プロジェクトへの参加を決めたといいます。

リモート会議に参加する瀬川さん(左)と、松本さん(右)
リモート会議に参加する瀬川さん(左)と、松本さん(右)

セミナーに主婦や求職中の若者ら 育成に主眼

「この地域で意識したのは、0から1を生み出すこと。まずは、テレワークという選択肢があることを住民のみなさんに知ってもらい、テレワークで働きたい人材を掘り起こし、育てることに主眼を置きました」

プロジェクトの代表を務めた株式会社パソナJOB HUBソーシャルイノベーション部ワーケーションチームの山口春菜チーム長は、そう語ります。山口さんらの人脈で、下関でのテレワークに興味を示したIT企業、「株式会社ユーカリヤ」(東京都渋谷区)と連携。セミナーや体験ワークショップなどを通じて、人材を掘り起こしていったのです。

まず、テレワークについての初心者向けのセミナーを実施。加えて、株式会社ユーカリヤが開発・提供する地図情報プラットフォームを使って、各自が自身で決めたテーマに沿ってプログラムを開発してもらう、「デジタルに慣れる」ためのワークショップを3回開催しました。 参加者は、子育て中のお母さんや、子育てを終えた主婦、隙間時間の活用を考えている経営者や、求職中の若者など様々で、26人がセミナーに参加し、10人が空き家マップや観光マップなどの開発に挑戦。なかには今でも仕事をテレワークで継続的に受注している人もいるといいます。

山口さんと市とのリモート会議の様子
取り組みの様子、山口さんと市とのリモート会議

テレワークの広げ方に見通し 「下関モデル」目指す

参加者からは「仕事の選択肢が増える」「通勤時間分を、勤務時間に充てたり家族と過ごしたりと違うことに使える」と好評で、市は、2024年度もデジタル田園都市国家構想交付金を活用して株式会社パソナJOB HUBと連携し、同様の取り組みを続けています。

「今回の取り組みでテレワークをどう広げればよいか道が見えた」と、松本さん。「豊北地区だけでなく、他地域にも横展開をして、全国の過疎地域に展開できるような『下関モデル』を作りたい」と話します。

萩市と会議を行う山口さんの様子
萩市と会議を行う山口さん

萩市は実績を土台に推進深掘り 受講者続々

「ゼロイチ」のモデル構築を目指した下関市とは少し異なる実践的なアプローチで、人材の育成・掘り起こしを狙ったのが萩市でした。

「市が積極的にテレワーク推進に取り組んできたので、関心を持ってもらう土台はありました。その深掘りを図ったことで、想像以上に多くの住民のみなさんに『テレワークしてみたい』という潜在的なニーズがあることが分かりました」

萩市でもプロジェクトの代表を務めた山口さんは、そう指摘します。

萩市も人口減少や雇用創出など、下関市と同じような課題を抱えています。萩市は10年ほど前から、「働く場の創出」を目指し、テレワークも含めた企業のサテライトオフィス誘致に先進的に取り組んできた経緯があります。近年は人手不足もあり、誘致の際に「人材の確保」を条件に挙げる企業が増えていました。

そこで、同市と株式会社パソナJOB HUBがタッグを組み、2023年度に総務省の「テレワークを活用した地域課題解決事例の創出に関する実証事業」を活用して新たなテレワーク人材の育成や掘り起こしを図ったのです。

まず、株式会社パソナJOB HUBが、AIを使った分析などを行っている「コグニティ株式会社」(東京都品川区)と同市をつなぎ、会社・採用説明会やIT基礎力向上のための講座などを19回実施。女性を中心に延べ107人が参加しました。「市が開催しているという安心感があった」「テレワークで働くイメージがわいた」と好評で、最終的な雇用に対し18人の応募があり、9人の採用につながったといいます。

萩市のテレワークライフビジョン

多様なテレワーク提唱、心理的ハードル下げる

テレワークについて語る大平さん
テレワークについて語る大平さん

市は、このプロジェクトを踏まえ、①地元でテレワークする「テレワーク就職」②子育てや介護のすきま時間を活用する「すきま時間テレワーク」③地元で都市部企業の仕事をする「テレワーク移住」――を進める「萩・テレワークライフビジョン」を提唱。「住民のテレワークに対する心のハードルはいまだ高い。IT分野以外でも、さまざまな業種、職種においてテレワークが可能だということをセミナーなどを通じて普及啓発するとともに、都市部企業とのマッチングを継続していきたい」と、同市総合政策部おいでませ、豊かな暮らし応援課の大平憲二課長は意気込みます。

こうした事業と並行して、山口さんらは両市と都市部企業との接点を作るため、テレワーク人材採用に関心のある経営者向けセミナーや、現地でのワーケーションツアーも実施。なかでも、ワーケーションツアーには、17社が参加し、11社が採用のマッチングやワークショップといった取り組みをそれぞれ独自に実施する成果につながりました。

地方公共団体の熱意と取り組み継続 成功に不可欠

「テレワークをうまく進めるために重要なのは、かかわるステークホルダーのみなさん全員の熱意と継続です」と、山口さん。地方において企業側が常に優良な人材を探せる環境は、住民にとっても雇用につながりやすいという利点につながります。「今回の総務省事業での知見を踏まえ、今後も引き続き、都市部企業と地方との接点を作り、誰でも、いつでも、どこでもテレワークができ、働き方の選択肢が広がる社会を目指します」と話しています。

今後の意気込みを語る山口さん

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