総務省の支援事業

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デジタルデバイド対策

高齢者のスマホの壁、解決する「ご近所さん」を育成

兵庫県たつの市

地域

兵庫県

人口

5万人以上10万人未満

スマホ教室のほかに気軽に相談できる人を

「播磨の小京都」とも呼ばれ、古い町並みが今も残る兵庫県たつの市は、2022年度に総務省「地域情報化アドバイザー派遣制度」を活用したのをきっかけに、シニアの「デジタル格差を広げない」取り組みに力を入れています。アドバイザーからの助言を受け、従来のスマートフォン(スマホ)教室だけでなく、地域の中で気軽に疑問を解消できるコミュニティ作りから始めたのが功を奏したといいます。住民からの評判も良く、将来は地域での見守りや災害時の連絡といったことにもつなげたい考えです。アドバイザーが果たした役割や、取り組みについて、取り組みを担当した、たつの市高年福祉課の八木晴紀主幹、「特定非営利活動法人いねいぶる」の宮崎宏興理事長、アドバイザーを務めた「エイチタス株式会社」(東京都品川区)の原亮代表取締役に聞きました。

リモート会議をする原さん(画面)と、宮崎さん(左)と八木さん(右)

高齢者×デジタル化 研究で見えた「つまずき」

地域情報化アドバイザーの派遣を申請した経緯について教えてください。

八木さん 日本中で同じような高齢化の悩みを抱えていると思いますが、たつの市も人口の3割以上(2024年現在)が65歳以上です。新型コロナウイルス感染症が流行した際には、地域活動がストップし、社交の場が失われ、社会的孤立や情報格差といった課題が浮き彫りになりました。そんな時に、高齢者のデジタル化について大阪大学などと共同研究していた「いねいぶる」の宮崎さんから相談を受け、派遣制度を活用することにしました。市では、それまでも行政のデジタル化について制度を利用したことがあったので、再び申請しようということになりました。

宮崎さん 研究では、高齢者のデジタル化に対するニーズや、スマホなどを使う上で何がネックになっているのかといったことについて分析していました。その結果、分かったのは、デジタルを使っていない高齢者は、「特に不自由を感じていない」「(不自由を)意識していない」という現実でした。だから、スマホに少し興味はあってもちょっとした「つまずき」で脱落し、放置したまま使わなくなる。不自由している意識が希薄なので、スマホ教室などに聞きに行くこともありません。しかし、そういった人との交流の中でスマホの使い方などを伝えると、ネット検索やYouTubeを楽しむようになり、「便利になった」とか「生活が楽しくなってきた」などの声を聞くことも少なくありませんでした。そこで「デジタルが使えなくて困る」というデメリットよりも、「生活が豊かになる」というメリットをアプローチの軸にして、日常生活の中で気軽に疑問点などを解決できる環境を作れないかと、市に相談したのです。

街の活性化のため市に相談した宮崎さん

「ご近所デジタルマイスター」アイデア受け制度設計

大勢いるアドバイザーの中から、原さんがアドバイザーとして派遣された経緯を教えてください。

原さん 私がデジタル格差の問題をはじめ地域のIT利用促進に取り組んでいたこともあり、たつの市での研究に参加していた人から、研究内容については聞いていました。その人を通じて市役所から事前に打診があり、そのうえで派遣制度を通じて指名していただいたのです。研究でお年寄りと対話を重ねて分析していることや、市ぐるみでデジタル化を支援するコミュニティ作りに焦点を当てて始めようとしている点に共感しました。派遣決定後、近所にスマホなどについて気軽に聞ける人「ご近所デジタルマイスター」を作りたいというアイデアについて相談され、マイスター養成講座の内容設計のほか、講座も一部受け持つ形で進めました。

ご近所デジタルマイスター認定証交付式の様子
ご近所デジタルマイスター認定証交付式の様子

用事の「ついで」に聞ける拠点とコミュニティ作り

どのような形で支援を進めたのでしょうか。

原さん 講座の柱や内容を決める際とマイスター向けの講座の計2回、たつの市を訪れたほか、オンラインで助言を行いました。講座の対象も、野菜の直売所をしていたり、コミュニティサロンを開いていたりと、地域で活動している人たちということで、技術的な内容よりも、「つまずきあるある」やシニアの感じ方や考え方、地域活動についてなど、コミュニティ作りに力点を置いた構成を考えました。

宮崎さん 原先生と一緒に講座や仕組みを考えるなかで特に心を配ったのは、いかに生活の動線上にデジタルやスマホのことを聞ける「タッチポイント」「拠点」を作るかでした。そもそも、スマホ教室に来る人はもともと関心がある人なので、それだけだとデジタル格差はますます広がる可能性があります。だからこそ、コミュニティを育てて、用事の「ついで」に聞けるような拠点を地域に作りたいと考えたのです。

事業の意義を語る八木さん

八木さん 初年度の2022年度は、地域でサロン活動などをしている10人ほどに声をかけ、原先生に設計してもらった講座内容をシリーズで実施しました。その反応を見ながら講座内容をブラッシュアップ。翌2023年度にご近所デジタルマイスター制度をスタートさせ、講座を修了した33人のマイスターが誕生しました。2023年度は交付金を使って、引き続き原先生にアドバイザーをお願いしました。2024年度は、マイスターが地域で活動を開始していますが、今後も引き続き講座を開催して、マイスターを増やしていきたいと考えています。

適した専門家を全国から派遣 横展開にも利点

総務省の制度を使ってみていかがでしたか。

八木さん 地域の課題を解消しようとした場合、アドバイザーとして地方公共団体が求めているのは、単純にデジタルに詳しいというだけでなく、地域社会のことにも通じている専門家です。ただ、そうした専門家を自力で見付けようとすると非常に難しい。今回は、知人を通じて原先生をご紹介いただき、たまたまアドバイザーとして活躍されていることを知り、派遣制度を活用できましたが、そうでない場合、適した専門家を全国から紹介してもらえるのはありがたい制度だと思います。派遣費用は無料なので、あらかじめ予算を確保する必要もなく、申請のハードルもそれほど高くないように感じました。

原さん 私の方も、地域の方と対話する機会を得て、シニアの人のコミュニティデザインを考えるうえでとても良い勉強になりました。特にたつの市の場合、住民ときちんと対話をして課題を掘り下げていたのに加え、アドバイザーに問題を丸投げするのではなく、一緒に考える姿勢があったことで、取り組みがスムーズに進んだ印象があります。普段から住民と向き合っている担当課ということも、課題を深く掘り下げるのに良かったと思います。高齢者のデジタル化を他の地域で考える際の参考にしたいと考えています。

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