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医療・福祉・健康

「離島で大学病院の診療」、ローカル5Gで準備着々

長崎県

4K画質をリアルタイム送信、専門医が病変観察

有明海や東シナ海などに点在する500以上の長崎県の島々。風光明媚な景観を作り出す一方で、島嶼部や中山間地における通信・医療環境などの整備は県の大きな課題となっています。県にある8つの二次医療圏のうち、4つは離島。そこには人口の8%にあたる約10万人が住んでおり(2023年10月時点)、住民は専門医による診療を受ける際、船舶や飛行機、ヘリによる本土への移動を余儀なくされています。高齢化が急速に進むなか、長崎県は「住み慣れた地域で安心して暮らし続けられる」社会の実現に向け、ローカル5Gを使った専門医の診療支援を遠隔で受けられる取り組みを始めました。

ローカル5Gを使った診療支援の概念図
ローカル5Gを使った診療支援の概念図

「目を開いてカメラの方を見てください」「診察室を歩いてみましょう」長崎大学病院の診療室で医師が画面越しにそう声をかけると、100km離れた離島の基幹病院「五島中央病院」の診療室にいる男性が目を大きく開きました。医師が手元のコントローラーを操作すると、眼球だけがズームアップ。眼振と呼ばれる眼球の動きを観察します。男性が診察室内を歩く際には、カメラをズームアウトして、体全体のふらつきなどを観察し、精密検査の必要性などについて現地の医師に助言していきます。

長崎大学病院では現在、こうした脳神経内科、皮膚科、消化器内科の3つの診療科と、五島をはじめとする各離島医療圏にある基幹病院との間を、「ローカル5G」でつなぎ、専門医による診療支援を始めています。画質は4K。消化器内科では、現地の医師が内視鏡を使って胃や腸を調べている映像をそのままリアルタイムで送信し、専門医が詳しく病変を観察してがんか炎症か、さらに詳しく調べる必要があるかどうかといった診断について助言を行い、「地元で専門の先生の治療が受けられる」と、高い評価を得ています。

通信速度やセキュリティの課題をクリア

「遠隔医療に適しているかどうかは診療科によっても異なりますが、本土の病院を受診する必要があるかどうかを判断するための初診や、治療後の経過観察であれば十分に遠隔で対応できます。患者の移動の手間や費用、医療費の削減にもつながるはずです」と、長崎大学病院脳神経内科の辻野彰教授は指摘します。長崎県がローカル5Gを使った取り組みを行う出発点となったのは、2020年度の総務省「地域課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」事業への応募でした。それまで4GやLTEといった一般の通信規格を使った遠隔医療を試みたことはありましたが、診療に使うには通信速度やセキュリティに不安があり、実装には至らなかったといいます。新型コロナウイルス感染症の流行で遠隔医療の必要性が高まるなか、使う人を限定できる「ローカル5G」を使えば、セキュリティが高く、リアルタイム映像を共有できる遠隔診療支援が実現すると考えたのです。

診療支援の様子
診療支援の様子

コンソーシアムや関連病院との協力 丁寧に構築

県が実証事業を申請するにあたり、まず取り組んだのが、企業や大学との関係作りと、共同事業体(コンソーシアム)を作ることでした。離島の通信インフラを請け負ってきたNTT西日本のグループ会社「株式会社NTTフィールドテクノ」などに技術を依頼し、長崎県が政策全般、長崎大学病院などが医療を担当し、まずは離島の中でも長崎市にもっとも近い五島市の病院や高齢者施設を対象に実証計画を詰めていきました。ローカル5Gの整備費や診察時に使う4Kカメラ、医師が使うメガネ型のスマートグラスなどの使用に1億9,800万円かかる見積もりでしたが、こちらは実証事業費でほぼまかなうことができたといいます。「たとえば4Kの画質なら、内視鏡で100分の1ミリの毛細血管の形までくっきり見え、がんなのか炎症なのか診断ができる。通信速度、セキュリティともに、すぐにでも実装できるレベルだと感じました」と、消化器内科の山口直之准教授は言います。また、原因不明の発疹など診断が難しいことが多いという皮膚科の竹中基准教授も「画質は診断支援に十分使えます。難しいケースは、同じ画像を見ながら他の医師らと一緒に検討することもできます」と、遠隔で診断支援する利点を指摘します。一方、メガネ型のスマートグラスは頭の動きによって画面が揺れて患者の様子が見づらい、巡回診療だと画像が途切れ、専門的な診療の質を保ちづらいといった問題点も分かったため、他の方法を検討するなど、実装に向けたブラッシュアップも進みました。

診療支援の様子
診療支援の様子
診療支援の様子2

その成果をもとに、2022年度には「デジタル田園都市国家構想推進交付金」と「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」を使い、五島以外の上五島、対馬、壱岐の3医療圏の基幹病院にもローカル5Gネットワークを含めた診療支援設備を約2億8,600万円かけて整備。昨年度(2023年度)は、1年間かけて各基幹病院との協力体制を整え、今年2024年3月には県や長崎大学、離島の医療を担う長崎県病院企業団との間で事業協定を締結。2024年4月から、順次、入院患者を中心に診療支援を開始しています。

県もデジタル活用推進 採算とれる仕組みづくりを

協力体制や予算確保がスムーズに進められた背景には、時間をかけて長崎大学をはじめとする病院側の協力体制を作ったことに加え、県庁内の推進体制もあります。県では2021年度に、デジタル技術の活用推進に向けた計画「ながさきSociety5.0推進プラン」を策定しましたが、その中で医療や薬の情報共有と並んで、遠隔医療も重要な推進施策として位置付けられ、「上層部の強い方針もあり、進めやすい環境があったことも事業の後押しになったのだと思います」と県医療人材対策室の武次潤課長補佐は話します。

医療のデジタル化を語る武次さん
医療のデジタル化を語る武次さん

長崎県は、将来的にこの事業を採算がとれる形で自走させることを目指していますが、課題もあります。たとえば、患者からの診療報酬は離島病院の収入になるため、診療支援にかかった通信費や、大学内に設置した遠隔医療センター運営にかかる人件費などは、県の補助金で対応しているのが現状です。医師らからは、診療支援の対象を入院患者から外来に広げる、診療科を増やす、医師に対する診療支援でなく患者の診療そのものができるようにして診療報酬を得るなど、様々な案が浮上していますが、「2025年度までは県が補助する方針ですが、それ以降の予算は決まっていません」と、武次さん。高い診療の質を維持し、「安心して暮らし続ける」社会をどう作るのか。医師不足への対応も見据え、挑戦は続いています。

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