時間内なら300円で場所も時間も自由に乗れる
岡山県の中央部に位置する久米南町(くめなんちょう)は、人口約4,300人(2023年10月)のうち65歳以上が約45%と半数近くを占めています。久米南町が新たな住民の足と位置付けているのが、町内全域で利用できるデマンド公共交通サービス「カッピーのりあい号」です。
カッピーのりあい号は、AI(人工知能)を使った予約配車システムを導入しており、利用者は、運行時間中、町内であれば、自分が乗りたい場所から行きたい場所まで希望する時間に自由に移動できます。運賃は1回あたり300円で、電話やスマートフォンで予約ができます。
2024年7月下旬、町の中心部にあるスーパー、「ハピーマート」の駐車場にカッピーのりあい号が到着しました。買い物を終えて待っていた女性をドライバーが車内に案内します。女性は町内で暮らす小坂栄子さん。週に4、5回ほど利用しているそうで、「運転免許証を返納して自動車の運転ができないため、とても助かっています。買い物や病院に行く時はもちろん、友人と会う時にも乗ります。自宅からいつでも行きたい場所に行けるため本当に便利です」と話しています。
交通事業者撤退、町営バス苦戦…乗り合いタクシーへ
久米南町は利用者の減少で民間バスとタクシー事業者の撤退や廃業が相次ぎ、2005年には、町内を南北に走るJR津山線が唯一の公共交通機関となりました。町営バスを運行したものの利用率が上がらず、岡山県や岡山大学とも連携して新たな公共交通サービスの在り方の検討を重ねました。そこで着目したのが、予約がある時だけ走るデマンド交通でした。実証実験を行った後、2016年4月にカッピーのりあい号の運行を始めました。
当初、利用者は時刻表に合わせて希望する便を予約する方法で、予約は乗車時間の1時間前、朝の第一便は前日までに行わなければなりませんでした。町内を5つのゾーンに分けて運行していたため、他のゾーンへは乗り換えが必要で使い勝手が良いとは言えない状況でした。
このため、久米南町は、より柔軟な運用を目指して、AIを活用した予約配車システム「SAVS」(Smart Access Vehicle Service)の利用に着目しました。SAVSは「株式会社未来シェア」(北海道函館市)が函館市の公共交通の課題解決を目的に開発したプラットフォームで、利用時間や目的地など利用者のリアルタイムの需要をベースに、AIが効率的に配車を行います。導入には資金面がネックとなっていましたが、トヨタ・モビリティ基金の助成を受けることができ、実現しました。
2020年1月、カッピーのりあい号は、AI予約配車システムを導入して「AI乗り合いタクシー」として生まれ変わりました。 利用者は時間内であれば、自由に希望する時刻を指定し、町内どこでも、「ドアツードア」で移動ができます。平日に限定していた運行も、年末年始を除いてすべての日で行われています。
AIで配車効率化 利用者2.1倍、車両は1台減
システムを導入して2年後の2022年度は予約者が1万8700人と、導入前の2019年度(8,700人)の2.1倍に増加しました。配車の効率化により必要車両台数を6台から5台へと1台減らすことができました。経費削減の効果を利用して、当初、午前8時から午後5時だった平日の運行時間を、午前7時半から午後6時半までに延長するとともに、新たに土日祝日(午前8時から午後5時)の運行を始めました。
2020年6月には、カッピーのりあい号を活用した宅配サービス(貨客混載)を開始するなどサービスの充実を図っています。2023年度の利用件数は、貨物を含めて2万件を超えました。ウェブサイトには英語表記もあるため、海外からの旅行者の利用の増加も期待されています。
久米南町総務企画課の大家健吾上席主幹は、「AI配車システムの導入後、利用者の満足度が上昇し、余暇を目的とした利用が増えるなど住民の暮らしにも変化が生まれています」と効果を語ります。
久米南町は町内の大半が丘陵地と平地が少なく高低差があるため、移動を自家用車に頼る人が多い町です。一方で岡山県では、岡山県警察が65歳以上の運転免許証返納者に対して公共交通機関の利用料金が割引になる「おかやま愛カード」を発行しており、久米南町ではこのカードを提示すると、カッピーのりあい号の利用料金を半額にするサービスを実施しています。大家さんは「住民の方々には、カッピーのりあい号があるから運転免許証を返納しようと思ってもらえるようにしたい」と意気込んでいます。
予約は電話が9割 アナログが大事な部分も
カッピーのりあい号の運行管理は岡山市に本社のある「株式会社エスアールティー」が行っています。株式会社エスアールティーは久米南町から相談を受けて、デマンド交通を行う営業所を町内に設立しました。株式会社エスアールティーの梶田浩・営業グループ長はバス会社に長年勤務した経験から、「高齢化が進み、自宅からバス停まで行けない人々の移動手段の確保をどうするか」といった点に課題を感じていたといいます。久米南町から運行経費の補助などを受けて運行管理を始めました。
現在も利用者のうち9割以上は電話で予約しています。営業所内のコールセンターでは、オペレーターが利用者から予約電話を受けると、乗車場所や目的地などを端末に入力し、到着時間がわかると、「今から5分から10分でお迎えに行きますね」などと声をかけています。
カッピーのりあい号は現在、7人乗りと5人乗りの2つの車種で運用しています。「一番大事にしているのは安全とともに、親切な応対というアナログの世界です。DXを進めるためには、特に高齢の利用者へのフォローが大切です。デジタルとの架け橋があることで、カッピーのりあい号の運営がうまく回っていると考えています」と梶田さんは言います。
「利用者が少ない=システムが使いにくい」と意識を
久米南町が掲げるのは、持続可能な交通システムです。大家さんは「常に利用者を増やすことを考えています。利用者が少ないということは、そのシステムが使いにくいという問題意識を持つことも必要です。利用者の目線から考えると、近隣の自治体と連携し、広域で行き来できる公共交通システムを作っていくことが理想。公共交通が住民の足となることで、何歳になっても元気に暮らせる町にしたいです」と話しています。