「青天の霹靂」ブランド維持に品質管理の手を
青森県は、リンゴやニンニクで全国一の生産量を誇るなど国内有数の農業県です。近年は、8年連続で「一般財団法人日本穀物検定協会」の食味ランキングで「特A」の評価を獲得した「青天の霹靂」に代表される県産米のブランド力強化に取り組んでいます。ブランドを維持するために、厳しい基準を設けて品質管理をしていますが、そのためのマンパワーが足りていないのが悩みでした。そこで、衛星データを活用し、最適な収穫時期をはじめとする、ブランド米の生産に必要な情報をスマートフォンなどで簡単に得られる支援システムを開発し、活用を進めています。
田んぼごとに適した収穫日をマップ表示
2024年8月末、青森県が開催した「青森の『米づくり新時代』秋季生産技術研修会」。会場となった同県黒石市の「地方独立行政法人青森県産業技術センター農林総合研究所」の研究員らが講師となり、刈り取り時期や生産支援システムの使い方などを説明しました。
「刈り取りの始まりは、田んぼによって差があります。濃い赤色の田んぼは収穫時期が早く、濃い緑色は遅いことを示しています」。同研究所スマート農業推進室の一戸健士郎研究員が、田んぼごとに最適な収穫日がひと目で分かる「収穫適期マップ」を見せながら、青天の霹靂の収穫時期についてそう説明すると、集まった営農指導員の方々は熱心に聞き入りました。
青天の霹靂は、病気や寒さに強く味の良いお米を目指して育成され、2015年に本格販売が始まりました。それまで青森県は、農業県でありながら東北地方で唯一、食味ランキングで特A評価の米がなく、悲願達成への期待を背負ってのデビューでした。以降、2022年産米まで8年連続で特Aの評価を獲得しています。
大幅な生産拡大はせずに高品質・高価格を維持する戦略で、その品質管理には厳しい条件が課されています。まず、県内でも気象条件に恵まれた津軽地域に産地を限定しています。加えて、食味を左右するとされる玄米タンパク質含有率は6.4%以下と定めています。基準を超えた場合、青天の霹靂として出荷できなくなるのです。
衛星画像解析で、肥沃度やタンパク質含有量も
その生産と品質管理で重要な役割を果たしているのが、2019年に開発したブランド米生産システム「青天ナビ」です。青森県農林水産部農産園芸課の舘山元春課長は、「出荷基準を達成するうえで、田んぼごとに収穫に適した日がわかる青天ナビは非常に役立っています。高品質の青天の霹靂を出荷することで県産米全体の評価向上につながっています」と話します。
青天ナビは、人工衛星で撮影した田んぼの画像を解析し、稲や土の色の違いから生育状況や土の肥沃度を判定。田んぼごとの収穫時期をはじめ、味の目安となるタンパク質の含有量、推定される収量などを収穫適期マップや「タンパクマップ」「収量マップ」といった分かりやすい形で示します。生産者は、パソコン、スマートフォン、タブレットから見ることができる仕組みです。
また、青天ナビは、マンパワーが不足している指導員の代わりに栽培管理に欠かせないデータを集計・分析し、例えば、田植えが遅いことが課題の場合は「早めましょう」といったアドバイスや、肥料をいつどれだけ投与すればよいかなどの栽培管理に必要な助言を田んぼごとに自動で表示します。
青天ナビの開発で、データ集計や分析を自動で行うことができるようになり、田んぼごとの詳しいアドバイスを多くの農家にタイミングを逃さず提供することができるようになりました。一戸さんは、「例年7月ごろに行うお米の味を大きく左右する追肥という作業についても、タイミングや肥料の量をアドバイスできるよう研究を進めています」と今後の機能拡充について語ります。
生産者の「上手に作れない」悩み解消、品質が安定
「青森の『米づくり新時代』秋季生産技術研修会」に参加した今勝一さんは、青天ナビについて「田んぼごとに収穫時期がわかるので助かっています」といいます。青天の霹靂がデビューした2015年にコメ作りを始め、「上手に作れないと悩んだ時期もありましたが、青天ナビを通じて植え付け本数や肥料の量の加減などのアドバイスを受けることができ、2023年、2024年は品質が落ち着いています」と効果を実感しています。
青天ナビはシステムの構築にあたり、地方創生推進交付金を2016年度から2021年度まで活用しました。2023年度からは、青天ナビのノウハウを活用して、県内で生産されている「はれわたり」と「まっしぐら」の2品種の米についても収穫時期がわかるマップを青森県の日本海側にある津軽地域を対象として試験的に公開し、2024年度には公開対象地域を青森県の太平洋側の地域にも拡大しました。はれわたり・まっしぐらのマップ開発を担当した同研究所スマート農業推進室の千葉祐太主任研究員は「毎年、データを収集して栽培に生かしていくことで、生産者の方々のお米の作り方のレベル、技術も確実に上がっていきます」と語ります。
収量アップの成果 担い手不足の対策にも
青森県では、青天ナビの導入後、青天の霹靂の収量が産地全体で10a(アール)当たり72kg増加しました。2023年産米については、地域の農家に対する経済効果は9億円に上ると算出しています。今後、他品種のはれわたり・まっしぐらについてもデータを活用した栽培が可能になることで品質や収量のアップが期待されています。
青天ナビ開発者の同研究所の境谷栄二企画経営監は「従来の篤農家と呼ばれる方々は、観察と経験から田んぼの状況を把握し、栽培管理の適切なタイミングなどを判断してきました。近年は農家数の減少から、農家1軒当たりの栽培面積が増加し、収量と品質の両立には、農業機械の自動化技術に加えて、センシング技術が観察と経験を補う重要な役割を担っていく」としています。
また、境谷さんは、青天ナビの開発を通じて、データを農業者に効果的に活用してもらうには、ICT(情報通信技術)システムの使い勝手がポイントになることを実感したといいます。今後、農業現場では労働力不足への対応から、従来の「観察と経験」から「データを活用する農業」への変化が進んでいくとみています。「青天ナビは農業DXの先駆けとして、青天の霹靂の指導員全員に活用されており、生産指導の有効なツール」と話しています。