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消防・防災

山での通信確保へ 産官学76団体が知恵と技を結集

長野県

電波の通りにくい山岳部 DXへまず基盤整備を

北アルプスの山々をはじめ、山地が面積の84%を占める長野県。電波が届きにくい山岳エリアをカバーするようなデジタル基盤の整備は、DXを進めるうえで大きな課題です。それに取り組んでいるのが、産官学76団体でつくる「信州DX推進コンソーシアム」。行政や大学、企業が力を合わせ、電波が通りにくい険しい山岳エリアで通信基盤を確保するための挑戦が始まっています。

実証事業のフィールドとなった中央アルプスの写真
実証事業のフィールドとなった中央アルプス(信州大学提供) 

人材とデジタルインフラが鍵 信州大が協力呼びかけ

「中山間地域でのDXで大きな障壁は、『人材』と、通信などの『デジタルインフラ』。地域で人を育て、通信網を整備するには、行政、大学、企業が協力する体制が欠かせません」

コンソーシアム会長を務める不破泰・信州大学副学長はそう指摘します。地方公共団体が住民のニーズをすくい上げ、大学などが先端技術を試し、企業が社会実装を担う。DXを広げていくには、そうした体制が必要だという思いがあるからです。不破さんや大学教員、職員らはこれまで、手分けして県内の地方公共団体を訪問したり、地方公共団体向けの講演会を行ったりして賛同する地方公共団体を募ってきました。そして2022年に賛同する企業や自治体など25団体で発足したコンソーシアムには、現在(2024年)は、長野市や塩尻市、安曇野市、伊那市など26地方公共団体、県内外の48企業、信州大、長野工業高等専門学校が参加しています。

そのなかで誕生したアイデアが、信州大のキャンパスを実証試験の場(テストベッド)として使う構想でした。信州大のキャンパスは県内5か所にあり、中には中央アルプスの標高1,215~2,672mに位置する「西駒ステーション」があります。ここを中心に、山岳エリアでの災害監視や荷物の輸送といった目的ごとに適した通信方式を探る試みを総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業で進めました。

西駒ステーションの写真
西駒ステーション(信州大提供)

無人機輸送にニーズあり 様々な通信規格をテスト

コンソーシアムのコアメンバーたちが最初に取りかかったのが、地域住民や地方公共団体からのニーズの聞き取りでした。

「これをしっかりやらないと、単なる実証で終わり。実装にはつながらない」と、不破さんは指摘します。

塩尻市から信州大に派遣されている小澤光興・信州大情報戦略室参事幹や、通信事業者のシステムエンジニアでもある松尾大輔教授ら、産官学が連携して地方公共団体を回り、丁寧にニーズを聞き取りました。その聞き取った内容をもとに、絞り込んだのが、①山小屋などへの無人機による物資輸送、②災害時のリアルタイム映像配信、③登山口での駐車の監視――の3つの課題です。

ヘリによる物資輸送の実証試験の様子
ヘリによる物資輸送の実証試験(信州大提供)

たとえば、山岳地帯に散在する山小屋は、山岳観光の拠点というだけでなく、いざという時には避難場所にもなります。しかし、物資輸送を請け負う事業者は少なく、近年では熟練度が求められる機長レベルの人手不足もあいまって物資輸送が十分に行えないケースが生じています。そこで期待されているのが、無人機による物資輸送です。しかし、日本アルプスのようなスケールが大きい山岳エリアでは稜線などに電波が遮られ、時速100km以上で飛ぶ機体を無人で飛ばす通信環境をつくるのは簡単ではありません。

「まずは、いろいろな通信規格を試してみよう」 2023年、西駒ステーションにLPWAと呼ばれる通信ネットワークを活用するための無線局を設置し、149MHz、429MHz、920MHzといった様々な周波数の電波による通信を試すことで、どんな通信環境なら無人機に安定して電波を飛ばして位置情報を取得できるかを総務省の実証事業で検証しました。

周波数が低ければ障害物が多い山岳エリアでも電波が届きやすい反面、通信速度は遅く、画像や動画等大量データの伝送に支障が出ます。実証試験では、ヘリコプターに受信機を積み込み、直径10kmほどの範囲を飛ばして、通信状態を確認しました。その結果、時速150kmでも十分に対応できること、見通しの良い場所に無線局を置き、尾根で電波が遮られない飛行ルートをとることで、安定して通信がつながることが分かりました。「2027年を目標に、実装に向けて進化させていきたい」と、松尾さんは話します。

災害想定し目視できない現場へドローン 通信を実証

「災害時にリアルタイムで被災現場の様子を見ることができれば、それだけ迅速な対応が可能になります」

そう話すのは、小澤さん。塩尻市などの要望で力を入れて取り組んだのが、山中からのリアルタイム映像送信です。県内の平均土砂災害発生件数は、1年あたり43件。災害がいったん起これば住民の避難誘導など、機敏な対応を求められる場面が多く、一刻も早い被害状況の把握は欠かせません。2021年の長野県豪雨では、塩尻市も大きな土砂災害に見舞われました。人の足では被災現場までたどりつけず、頼みの綱のドローンも目視できる範囲でしか安定して飛ばせず、被災現場の様子がすぐには確認できなかった苦い経験があります。その経験が、今回の実証事業につながりました。

災害現場を想定した山中での実証事業の様子
災害現場を想定した山中での実証事業(信州大提供)

まず、見通しの悪い山中での災害を想定し、ドローンの動きが全く見えなくても、正確に災害現場まで飛ばして、リアルタイムで映像を送れるかを試みました。試した通信技術は、平地なら2kmと遠くまで電波が届き、精細な映像送信も可能なWi-Fi HaLowです。災害時さながらに、Wi-Fi HaLowの送受信機を山中に持ち運んで設置。その電波を頼りにドローンを飛ばしたところ、見通しがない場所でも260mほどまで映像を送ることができました。「災害の状況把握ができる精度はありましたが、どこで災害が起こるか分からないことを考えると、もっと距離を伸ばす必要がある」と、松尾さん。ある程度見通しのある場所で、画質や動画を構成する画像数を落とした監視なら、リアルタイム送信は実装可能という結果も得られました。こうした成果を踏まえ、安曇野市は総務省「令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業」の補助事業を活用して衛星インターネット通信「Starlink」などの通信基盤を整備し、林道入り口や駐車場にカメラを置いて、駐車場が満車かどうかのリアルタイム配信を始めました。林道入り口を出入りする車を撮影し、これをAIで解析。駐車場の台数から混雑状況を推定して配信することで、満車時は市街地に駐車してもらうなど行動変容を促す仕組みです。加えて、駐車場内の映像も順次、公開する計画です。

新アイデア「山岳電波灯台」 早期実用化を目指す

「実証事業を通して、新しい解決の道筋も見えてきました。それが、松尾さんのアイデアの『山岳電波灯台』構想です」と、不破さん。

中央アルプスや北アルプスを望み、遮るものの少ない展望台などに、海を照らす半島の「灯台」のようにアンテナを複数設置し、電波の通り道を確保することで、中央アルプスや北アルプスの広いエリアをカバーする通信網をつくる画期的なアイデアです。実現すれば、無人輸送や災害時の現場確認だけでなく、遭難者の捜索や救出など、多彩な活用が広がります。今後、今回のテストベッドを使って、迅速に実用化につなげたい考えです。

左から不破さん、小澤さん、松尾さんらの集合写真
左から不破さん、小澤さん、松尾さんら

自治体職員向けに勉強会 変革マインド共有が大事

コンソーシアムでは2023年度から、地方公共団体職員向けのDXマインドの醸成や、より具体的なテーマを決めたDX勉強会を開催し、人材育成にも力を注いでいます。「DXは何かシステムを導入すればよいというものではありません」と、小澤さん。派遣元である塩尻市は、20年以上前からICTに取り組んできた、いわば「DX先進自治体」の一つですが、信州大とタッグを組んでデジタル技術活用の道を探りつつ、「変革」しようというマインドを人事課主導の研修を通じて職員間で培ってきたといいます。「自治体のDX担当ばかりが頑張っても、DXは進みません。首長の指揮のもとで産学と連携し、全職員でDXのX、つまり『変革』を進めようというマインドを共有することこそが、最終的にはDX推進の近道になるのだと思います」と、小澤さんは話しています。

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