人材不足に対応へ 通信網構築で「スマート保安」を
少子高齢化に伴う労働力人口の減少は、国民生活の基幹インフラである発電所でも深刻で、現場を支えてきた熟練技術者が高齢化するなどの課題を抱えています。「九州電力株式会社(九州電力)」は解決につなげようと、「日本電気株式会社(NEC)」や福岡市に本社を置く「ニシム電子工業株式会社」といった計5社でコンソーシアムを結成。総務省の「課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」を2022年度に活用し、IoTをはじめとする新技術で発電所の業務システムを高度化し、人材不足の中でも安全性と効率性をともに向上させる「スマート保安」に適したネットワーク作りに挑みました。
AI入退管理、ドローン巡視…大容量伝送や独立性OK
電力会社における保安とは、発電所や送電線をはじめ電気に関係する設備全般の安全を確保するための業務です。国民生活に関わるだけに、発電所での高度なDX化には安定したネットワーク環境が必須です。そこで、開発実証では、高速・大容量のデータ通信に適した5Gを企業・団体などの様々な主体が、地域や産業の個別ニーズに応じて、自らの建物や敷地内でスポット的に柔軟に構築できるローカル5Gに着目。ドローンやスマートグラス、監視カメラ、センサーといったテクノロジーをスムーズ使うための通信インフラにローカル5Gがなり得るのかを確認しました。
実証現場は、熊本県・天草諸島の中で一番大きい天草下島の西北端に位置する熊本県苓北町の九州電力苓北発電所でした。苓北町は、大規模災害時に陸上の交通網が遮断されて孤立するリスクを抱えています。ローカル5Gのネットワークは、通信事業者が提供する公衆網から独立しているため、災害時での通信障害の影響を受けにくいという特長があります。孤立時でも発電所内の通信を確保するためにはローカル5Gが適していると判断し、石炭火力の発電所内でのローカル5Gによるネットワーク整備を進めました。

開発実証ではローカル5Gに関して、Wi-Fiや公衆網と比較して低遅延かつ高速で、大容量のデータを伝送できるか、柔軟に適用エリアを設定できるか、発電所エリア内での限定したネットワークにより通信の安全性が担保できるか、通信障害の影響を受けにくいか――などについて調べました。
まずは、苓北発電所内の港湾施設付近にローカル5Gの専用ネットワークを整備しました。その上で、通信速度の安定性確認のため、試験的に①AI画像認証による車両の入退管理②災害時を想定した自動走行ロボットによる車両誘導③ドローンによる巡視点検④高精細カメラによる不審船の監視――といった4つのソリューションを同時接続しても、遅延が少なく通信安定性に問題がないことを確認しました。苓北発電所全エリアの実用化は、技術面・運用面での課題からまだ実現していませんが、省力化につながり、人手不足の課題解消に手応えも感じられたといいます。苓北発電所の一部エリアで実施した開発実証(ローカル5Gシステムの機能を検証する技術実証とソリューションの有効性を検証する課題実証)の費用は、ローカル5Gの整備からソリューション導入まで総額1億5,000万円ほどかかったそうです。

光ケーブル敷設に比べて低コスト、不感エリア解消も果たす
ローカル5Gを実用化するメリットは「高速性」「低遅延」「安定性」のほか、Wi-Fiと比較しての広域性も挙げられます。光ケーブルを敷設しなくても、ローカル5Gであれば1つの基地局でカバーできる範囲は半径数百m~1km前後と一定の通信エリアをカバーできるのです。さらに、ローカル5Gは設備の取り付けに大がかりな足場を組むなどの必要がありません。ただ、発電所は敷地が広大で金属の構造物が複数あるために、電波の不感エリアが生じる懸念がありました。
そこで、電波の伝わり方をシミュレーションし、出来るだけコストを抑えつつ不感エリアを解消する方法を模索しました。実際に電波を飛ばして通信可能範囲を正確に見極め、無線機と中継器を適所に組み込んだローカル5Gネットワークを構築することで、これが可能となりました。システム整備に携わった九州電力情報通信本部通信ソリューショングループの中川公士郎グループ長は「(工事負担の大きい)光ケーブルの敷設が不要で大幅なコスト削減につながり、実装に向けた計画が進められると判断できた」と語ります。

屋外でローカル5G、屋内でWi-Fiのハイブリッド型も
苓北発電所での開発実証で性能や有効性を確認できたため、九州電力、ニシム電子工業株式会社、「日鉄ソリューションズ株式会社」の3社は2023年度から、長崎県松浦市にある石炭火力の松浦発電所の敷地内でのローカル5Gなどのネットワークの実装に取りかかりました。苓北発電所の開発実証は港湾施設付近の一部エリアが対象でしたが、松浦発電所では50万㎡の敷地全体をローカル5Gなどのネットワークでカバーすることにしました。
発電所の屋外において、高い構造物が密集する発電所特有のエリアもあり、低所に基地局を置くと電波が遮られ、通信が困難になる場合があります。このため、高所から高出力の電波を送り、効率良く全エリアをカバーできることを目指しました。電波が構造物に反射して屋外の隅々に届くという苓北発電所の開発実証で得た知見も参考にしたようです。試行錯誤の結果、最終的に1号機ボイラー屋上(高さ90m)と2号機ボイラー屋上(高さ75m)にローカル5G基地局をそれぞれ2基地局、計4基地局を設置することが最適であると判断しました。
発電所の建屋内は入り組んだ構造ですが、鋼材を格子状に溶接したグレーチング床面になっています。つまり、床面に隙間があるため通常の床面よりも電波を通しやすいのです。これに着目して建屋内は比較的狭い範囲で強みを発揮するWi-Fiが適していると判断。屋外をローカル5G、屋内をWi-Fiとするハイブリッド型の自営無線ネットワークを実装しました。
中核となる設備は九電グループのデータセンターに置き、発電所とデータセンター間は専用のVPNで接続します。これからローカル5Gを導入する発電所と共用することで、設備投資を抑える方針です。

火力での活用から他の発電所への実装も視野に
ローカル5Gに関する最新の動向や話題などを紹介するイベントである「ローカル5Gサミット」が2024年秋に東京都で開催されました。九州電力情報通信本部通信ソリューショングループの轟木隼さんが特別講演をし、苓北発電所での開発実証を基に松浦発電所で実装した取り組みを発表しました。国内ローカル5G市場は盛り上がっているだけに、来場者は興味深く聞き入っていたようです。
インターネットと切り離した高セキュリティーのローカル5Gネットワークは、実際にどのような業務に役立てられるのでしょうか。中川さんによると、松浦発電所では会社支給のスマートフォン(スマホ)に入れたアプリケーション(アプリ)やヘルメットに装着したウェアラブルカメラによる作業支援が始まっており、こうしたソリューションの同時接続を可能にしています。

当初はローカル5Gに直接つなげられず、屋外でネットワークを使う際はWi-Fiに切り替えて接続していました。そのための変換器を持ち運ばなければならず、逆に負担になるという現場の不便もあったそうです。そこで、九州電力管内の発電所でスマート保安の実現に向けてローカル5Gの整備を進めている3社(九州電力、ニシム電子工業株式会社、日鉄ソリューションズ株式会社)は利便性を高めるため、変換器なしで会社支給のスマホをローカル5Gに接続する仕組みを共同で開発しました。
開発実証を実施した苓北発電所の一部エリアと松浦発電所の次は、新大分発電所(大分市)や苓北発電所の全エリアでローカル5Gの実装を見込んでいます。いずれも火力発電所での実装ですが、火力以外の他の発電所も将来的な視野に入っています。中川さんは「関連する技術はこれからも進歩が見込まれている。スマート保安の充実・発展に欠かせないネットワークのインフラ整備は、より一層、重要になっていく」と語ります。
