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労働

首都圏企業所属で完全テレワーク「ナガオカワーカー」が熱い

新潟県長岡市

すでに120人超 IT人材を求める企業の関心高く

新潟県のほぼ中央に位置する長岡市は面積約891㎢、人口が約25万4,000人(2025年5月1日現在)の県内2番目の規模の都市です。明治中期に油田が発見されたことから、機械、化学工業を礎として製造業が発展したほか、全国的に有名な「長岡まつり大花火大会」では多くの観光客が訪れます。その長岡市でも人口はこの10年で約2万人減っており、労働力の確保が大きな課題となっています。近年の取り組みとして注目されているのが、長岡市で暮らしながら首都圏企業にテレワークで勤務する「長岡ワークモデル」です。通常のテレワークとはどう違うのでしょうか。長岡市人材・働き方政策課の小畑淑恵さんと山田幹太さん、NAGAOKA WORKER(ナガオカワーカー)協議会事務局長を務める「株式会社アステラ・サーチ」の野崎義朗代表取締役に聞きました。

長岡まつり大花火大会の復興祈願花火フェニックスの様子
長岡まつり大花火大会の復興祈願花火フェニックス(2022年、一般財団法人 長岡花火財団提供)

長岡ワークモデルの特徴と導入の背景は何ですか。

山田さん 長岡ワークモデルで働いている人を「NAGAOKA WORKER(ナガオカワーカー)」と呼びます。長岡市で暮らしながら首都圏を含む県外企業に所属し、同じ待遇のもと完全テレワークで勤務しています。長岡市の企業で働く社会人が首都圏企業の兼業・副業をすることも含んでいます。これを進めるNAGAOKA WORKER協議会の会員は2025年5月現在、正会員71社、賛助会員3社で、ナガオカワーカーは120人を超えています。店舗BGM、DX推進を手がける「株式会社USEN」や動画配信の「株式会社U-NEXT」などを傘下に持つ「株式会社U-NEXT HOLDINGS」が2021年8月、市内にショールーム併設型オフィスの「USEN SQUARE NAGAOKA(ユウセンスクエアナガオカ)」をオープンし、本格化しました。

小畑さん 長岡市は4大学、1高専、15専門学校がある学園都市です。ただ、大学、高専の学生は9割が市外で就職し、高校を卒業した若年層も進学などに伴って人口が減り、地元に戻ってこない現実がありました。市としては地元企業の魅力を政策として伝えてきましたが、それでも、自分で学んだことを生かせる職種の選択肢が少ない、給与面で不安といった声が聞こえていました。首都圏で就職した後に地元に戻ろうと思っても、長岡市内での職探しに苦労するという若者が多いのです。

長岡市人材・働き方政策課の小畑さん(左)と山田さん(右)

野崎さん 近年の人気職種であるIT関連企業について、学生からは「長岡市には少ない」と見えていました。市内のメーカーにとってもデジタル技術の導入は必要であるため、IT人材の募集をしていますが、学生には情報が十分に届いていませんでした。

企業側にどのようはニーズがあったのでしょうか。

株式会社アステラ・サーチの野崎さんの写真

野崎さん 首都圏の企業がNAGAOKA WORKER協議会に参加した最大の要因は、人材の確保でした。IT人材の求人倍率は10倍を大きく超えており、首都圏ではお金や手間をかけても採用が非常に難しい状況が続いています。いわばレッドオーシャン(競争の激しい市場)です。IT企業で人材がいなければ、新たな仕事が来ても断らざるを得ない。ましてや人材が流出すれば、売り上げも利益も縮小する。私が接したIT企業の経営者は「このままでは会社の存続に関わる」と悩んでいました。

こうした課題の一つの解決策として大きな期待を得たのが、地方でのテレワーク勤務による首都圏企業への就職でした。外国人やシニアの採用だけでなく、今まで取り組まなかった地方での採用の機会が、コロナ禍で増えたのです。どういうことかというと、コロナ禍前にはIT業界でもビジネスは対面が基本という意識が高かった。それが感染リスクを避けるために「仕方ない。テレワークでやるか」となって実施したら、対面とパフォーマンスがあまり変わらないことが分かったのです。けがの功名というか、業務を遂行する上では、テレワークでも支障がないという考え方が一気に広がりました。

長岡ワークモデルをどう深化させたのでしょうか。

野崎さん 2020年に長岡市のサテライトオフィス誘致に関するプロポーザル(企画競争入札)があり、参加しました。人材紹介のお客様だった株式会社U-NEXT HOLDINGSに「長岡でのサテライトオフィス開設を検討してほしい」と声がけした時、ちょうど当時、執行役員だった住谷猛さん(現・株式会社USEN WORK WELL代表取締役社長)が新しい働き方を模索していたところでした。完全テレワークの実験プロジェクトをやろうと決まったのが始まりです。

USEN SQUARE NAGAOKAを長岡市に構えた際、住谷さんから「個々の企業に対する誘致活動では限りがある」との指摘があり、企業誘致のブランドとしてナガオカワーカーという言葉をいただいた。ブランディングの肉付けとして、長岡市に興味を持っている企業をネットワーク化するため、2020年12月にNAGAOKA WORKER協議会を発足させました。最初は37社でしたね。

USEN SQUARE NAGAOKAの様子
長岡市にいながら首都圏企業の仕事もできるUSEN SQUARE NAGAOKA

協議会を作ってもメリットがなければ企業は集まりません。その点で大きかったのは、USEN SQUARE NAGAOKAを協議会の会員向けのコワーキングスペースとして、飲み物やコピー機などを含めて無料開放しようという住谷さんからの提案でした。会員企業がテレワークで働く場を低コストで用意できるメリットです。

山田さん 市の取り組みとしては、本来は市内企業を対象とした新卒向けの合同説明会で、市外の協議会会員企業が参加できる枠を設けました。人材採用の支援策の一つですね。また、新卒の方々からテレワークに孤独を感じるとの声が出ていました。そうしたテレワークに対するハードルを下げるため、ナガオカワーカーを一堂に集めて交流してもらうイベントを開催しており、今年は2回目で30人が参加しました。皆でテレワークのコツや不便に感じることなどをざっくばらんに会話してもらいました。例えば、モチベーションの在り方やテレワークに向かう際のオン・オフの切り替え方がテーマに上がりました。

小畑さん ナガオカワーカー推進に関する予算は、市の魅力発信施策として毎年度100万円ほど計上しており、年末にテレビCMを放映したり、長岡駅に横断幕を掲示したり、学生がよく乗る市内のバスにポスターを貼ったりしています。関連施策でナガオカワーカーを希望する大学生、高専生向けのオンラインインターンシップ事業に約150万円計上しています。新卒者のテレワークへの不安を和らげるためのマッチングインターンシップとして、協議会の会員企業がインターンを受けいれています。参加者は年々増えており、これまで30人程度、インターンシップ事業を通じて、内定や採用につながったケースも聞いています。

実施する中で見えてきた課題はありますか。

小畑さん 長岡市は学園都市で、国立大学法人の長岡技術科学大学と長岡工業高等専門学校(長岡高専)では、将来のIT人材になりうる多くの学生がいます。入りたい企業が長岡ワークモデルで見つかるため、働き手の視点だと比較的スムーズに受け入れられました。

一方で、地元のIT企業や他の業種にとっては、本来は自社に就職してもらいたいのに、学生などがナガオカワーカーになることを気にする部分がある。そのような背景から市議会で議員から「ナガオカワーカーの取り組み・成果と、テレワークオフィスなどの現状について伺う」などこの取り組みを論点とする質問を受けることもあります。その点について、首都圏に比べて狭い働く業種の幅を広げ、働き方の一つの選択肢を提案できる意義があると説明しています。

長岡市街は「米百俵プレイス ミライエ長岡」のような新たなランドマークと昔ながらの町並み(右)が共存している(ミライエは長岡市提供)

野崎さん 新卒の方にナガオカワーカーを選んだ理由を聞くと、「首都圏の仕事を長岡市で、首都圏と同じ程度の待遇でできる働き方があったから」との回答が多い。本来なら首都圏に出て行ったままだったが、ナガオカワーカーという形で地元に戻ってきたという層で、人材獲得で地元企業とは競合していません。そうした理解を広げることが課題ですね。

小畑さん 市内企業への人材確保や産業支援は今でもしっかりと実施しています。一方で、ナガオカワーカーは、働き方の選択肢を広げることで若年層の流出を抑え、定着させるメリットがあります。これらは市の人材定着施策の両輪と言えます。

山田さん すでに市外に出た学生たちへの周知がまだ足りないと思っています。Uターン層への訴求策として考えているのが、首都圏の大学との連携です。新潟県は40校以上の県外大学と協定を結んでおり、新潟県出身者も多い。例えば日本大学や東洋大学、神奈川大学ですね。新潟県に「土地勘」がある学生にターゲットを絞り、就職イベントでナガオカワーカーの説明をしたり、ポスターを貼ったり、パンフレットを置いたりして周知したいです。長岡市出身でなくとも、他の都道府県に比べて長岡市を知っている可能性が非常に高いと思っています。

座談会に出席した野崎さんと長岡市役所の皆さんの写真
座談会に出席した野崎さん(右から2人目)と長岡市役所の皆さん

長岡ワークモデルの将来像をどう描いていますか。

野崎さん 長岡市は長岡技術科学大学をはじめ外国人留学生が非常に多い。長岡高専もモンゴルの3高専と交流が盛んです。長岡市で暮らし、学ぶ中で、「ここで働きたい」と思っている留学生が一定数います。地元企業では、言葉の関係から受け入れ先が少ないのが現状です。市の留学生雇用促進策とナガオカワーカーの施策を連動させ、長岡市に定着する人を増やしたいですね。

小畑さん 長岡市の人口流出については、若年層、特に女性が帰ってこないという課題があります。女性活躍の観点で、今年度からテレワーク人材の育成に向けた連続講座を実施する予定です。子育てなどで会社に出勤できないが、リモートならば働けるという方がいます。基礎からちょっとした応用までテレワークに必要なITスキルを磨く内容で、働き方の選択肢拡大や企業の人材確保につながるようにしたいと考えています。

このほか、2023年9月からは、単発求人を掲載しマッチングさせる「ながおかマッチボックス」をオープンしました。フルタイムやパートでは厳しいけれども、隙間時間で働きたいというニーズに応えており、求人に対する応募はほぼ100%を超える盛況です。長岡ワークモデルなどと併せて労働力確保を促進していきたいです。

この取り組みは、総務省の「テレワーク採用の活用事例集」にも取り上げられている事例です。