【課題】 五輪開催都市の強みを地域活性化に
長野市では、人口減少や少子高齢化が進む中、地域をいかに活性化させるかが近年の大きな課題になっています。2024年の人口は約36万人で、2010年から2.5万人も減少。過去約40年で年少人口(15歳未満)の割合は半分に、老年人口(65歳以上)は、およそ3倍になりました。
そこで長野市が実践してきたのがスポーツを軸としたまちづくりでした。長野市は1998年の「第18回オリンピック冬季競技大会(1998/長野)」および「長野1998パラリンピック冬季競技大会」の開催地で、スポーツ施設が充実しており、4つの地域密着型プロスポーツチームが活動しています。長野市はこうした五輪開催都市の強みを生かして地域の活性化につなげようとスポーツチームの経営に積極的にかかわってきました。
その一環として、長野市は総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の補助事業を活用して実施したのが、スポーツチームの拠点施設の魅力をDXの力で高める様々な試みです。施設の魅力の向上でスポーツを通じた交流人口の拡大を図る考えです。
【取り組み】バスケットボールチームの拠点施設でDXを推進
長野市には、プロチームが拠点とする施設が2つあります。男子プロバスケットボールの「信州ブレイブウォリアーズ(愛称ウォリアーズ)」や「ボアルース長野フットサルクラブ」などの拠点である「真島総合スポーツアリーナ(通称ホワイトリング)」と、男女のサッカーチーム「AC長野パルセイロ」「AC長野パルセイロ・レディース」の本拠地「長野Uスタジアム」です。長野市がまず手がけたのが、拠点施設のDX化でした。ウォリアーズの企画運営会社である「株式会社NAGANO SPIRIT(NAGANO SPIRIT)」 と連携し、2023年に総務省の補助事業に応募。ホワイトリングを舞台に、新しい通信システム「ローカル5G」を整備し、このローカル5Gを活用した様々なサービスの提供に着手したのです。

ローカル5Gは、特定の建物や敷地内といった限られた範囲で利活用できる高速大容量の通信が可能な通信システムです。個別のニーズに応じ性能を柔軟に設定でき、また、セキュリティーの高いネットワークを構築できるといったメリットがあります。
ホワイトリングではまず、ローカル5Gによって通信環境を整備し、「高速大容量」「超低遅延」「多数同時接続」といったローカル5Gの特長を生かし、観客席から施設内の飲食店への料理の注文や決済ができるようにする「モバイルオーダー」や、スマートフォンを用いたペーパーレスの「モバイルチケッティング」などを実施しています。

2024年度には内閣府の「デジタル田園都市国家構想交付金」を使い、ホワイトリングにライブカメラやデジタルサイネージを設置。ローカル5Gのネットワークを活用し、デジタルサイネージには、会場内のライブ映像やトイレの混雑状況、試合情報、広告などを掲示して、利便性、来場者満足度の向上を図りました。 長野市とNAGANO SPIRITは、将来的に大型ビジョンやLED照明、ゲームクロックを無線でつなぎ、映像加工のソフトウェアも活用してエンターテインメント性の高い観戦体験を創出したい考えで、デジタルサイネージも増やしていく予定です。プロバスケットボールチームの迫力を観客に効果的に伝え、観客動員数を伸ばしていくことを目指しています。

【推進体制】スポーツチームと行政が密接に連携
こうしたプロジェクトの旗振り役を務めたのが長野市スポーツ部スポーツ課です。長野市では、五輪開催都市としての強みを生かして、中長期的な視点でスポーツを成長産業、基幹産業に育てていく5カ年計画「第三次長野市スポーツ推進計画」(2022~26年度)を策定し、「スポーツを軸としたまちづくり」を戦略的に進めてきました。
4つのプロチームとの連携はその大きな柱です。市のホームページ上では、「スポーツチーム×長野市連携ブログ」のコーナーを設け、一体的に取り組む姿勢を明示。地域ぐるみでチームを支援し、地域もプロスポーツの付加価値を最大限に生かして地域全体の経済や住民生活の向上につなげていく体制をつくっています。

資本や人材面でも連携を担保するため、市は4つのスポーツチームの運営会社に出資し、副市長はNAGANO SPIRIT取締役、市内のプロサッカーチームを運営する「株式会社長野パルセイロ・アスレチッククラブ」の取締役を兼任しています。
こうした連携で市が重視しているのは、①共通の目標設定②目標達成に向けて活動の方向性を示す③成果を適切に評価し活動を改善していく――という点です。この考え方に沿って「ホームタウンNAGANOまちづくり連携推進ビジョン」(2022~26年度)も策定し、プロチームとの連携のあり方や、地域活性化に向けた市とチームの役割を明確にしました。

DXは、こうした動きをさらに高度化、加速するための仕掛けであり、ホームタウンNAGANOまちづくり連携推進ビジョンの中でもスタジアム・アリーナの設備の充実を進めていくこととしています。その第1歩となる2023年の総務省の補助事業では、市と連携する形でNAGANO SPIRITが代表機関を担い、必要な機器の検討や免許申請は市内に開発拠点を有し専門的ノウハウを持つ「日本無線株式会社」、実際の設備整備は「エクシオグループ株式会社」がそれぞれ担いました。今後は施設内のDXにとどまらず、生み出されたコンテンツを街中に広げていくことも計画しています。

【成果】ホワイトリングの来場者数が増加
こうした取り組みなどが功を奏し、ホワイトリングでのウォリアーズの試合は、来場者数が年々増えています。その増加率は、「Bリーグ(ジャパン・プロフェッショナル・バスケットボールリーグ)」全体の平均増加率を上回り、2022年度に2,891人だった1試合平均の来場者数は、ローカル5Gが導入された23年度に4,291人に急増、24年度も4,000人程度の来場を維持しています。デジタル技術を用いた各種サービスにより、来場の満足度が高まったことが来場者数増加の一因と考えています。NAGANO SPIRITでは、DXの価値を判断するのはファンであると考えており、幹部が会場で来場者の反応や意見を確認することを重視しました。実際に、2023年度のモバイルオーダーなどの試みの際には100人程度のファンから、強い支持や期待の声が寄せられるなど手応えを感じることができたといいます。また、ファンからの提案もあったことから、2024年度にはトイレの混雑状況の表示といった新たな試みを行うことになりました。
こうした試みは、ウォリアーズの「Bリーグプレミア(Bプレミア)」参入にも貢献しました。Bリーグは2026年から3部制に再編されます。トップカテゴリーはBプレミア。ウォリアーズは、初年度からのBプレミア参入を狙っていましたが、参入にはチーム成績だけでなく、5,000席以上の客席やVIPルーム、ラウンジ、大型モニターなどの設置、トイレの増設、通信環境の整備といった条件が必要になります。そこで、今回のDXに関する取り組みも含めた評価がされ、最終的にウォリアーズは2024年10月、2026-27シーズンのBプレミア参入が決まったのです。
【展望】テレビ局、スポーツコンテンツを活用へ
「次の挑戦は、『バスケで地域社会を豊かにする』というビジョンの具現化です」
NAGANO SPIRITでは、生の選手の躍動感とデジタル技術の融合で没入感のある演出を目指し、「街中での活用」も広げていきたいと意気込みます。その目標に向け、長野市、NAGANO SPIRIT、地元の放送局「長野朝日放送株式会社(abn)」の3者が、試合の様子などのデジタルコンテンツを放映したり再利用したりする方法を検討。①地元商店街でのプロモーションに活用②スポーツカフェなどでの同時中継③市内各所のデジタルサイネージでの情報発信④会場に来られない人々への中継――など様々なアイデアを検討しています。
また、スポーツだけでなく、整備した通信網を防災に役立てることも想定しています。たとえば、ホワイトリングは、長野市の災害時の広域物資輸送拠点となっており、ローカル5Gのネットワークを被災者の救援や復旧に役立てていくことが期待されています。
長野五輪・パラリンピック冬季競技大会の開催から27年。市は、その有形・無形の財産を未来へと継承し、DXでスポーツ振興と地域活性化の相乗効果の創出・拡大を目指しています。
本事例のポイント
1. 地域社会DXの取り組み経緯と主な対象分野 | ・長野市は、オリンピック・パラリンピック開催都市の有形無形の財産と市内に4つのプロスポーツチームが存在するという独自の強みを生かしたまちづくりを進めている。その一環として、Bリーグに所属する信州ブレイブウォリアーズのホームアリーナである真島総合スポーツアリーナにおいて、ローカル5Gなどの最新のデジタル技術を活用し、新たな付加価値創造に取り組んでいる。 |
2. 基本的な位置づけ・考え方 | ・長野市は「プロスポーツと行政の協働によるまちづくり」を方針として掲げ、まずは「プロスポーツが行われるアリーナなどのDX」、それを踏まえて「アリーナなどのDXで生み出したコンテンツの街中利用」の2つを目指している。 |
3. 推進体制 その1.行政内部の体制 | ・スポーツ課が中心となりプロスポーツチームやコンサルタント企業等と連携協定を結び、事業の推進役を担っている。市役所内部では、観光振興に関しては観光文化部、地域経済活性化については経済産業振興部など、関連する部局と随時連携しながら、「スポーツ×観光」といった長野市の強みを掛け合わせた施策展開を進め、その中でデジタル技術を抵抗なく採用している。 |
4. 推進体制 その2.住民・企業・大学などとの連携体制 | ・実証事業は、信州ブレイブウォリアーズの運営会社であるNAGANO SPIRITが長野市と連携しつつリーダーシップを取り、通信技術の専門的ノウハウを持つ日本無線株式会社、エクシオグループ株式会社の参画を得て実施した。 |
5. 個別プロジェクトの計画策定 | ・真島総合スポーツアリーナにおけるローカル5Gを活用したDXサービスの実験的取り組みから始めた。 ・その成果を他のプロスポーツチームと共有し、DX推進の範囲を拡大していく計画を策定した。 |
6. 個別プロジェクトの進め方 | ・最終的にDXの価値を判断するのはファンであり観客であるからこそ、早い段階からファンの参画を得ながら進めた。 |
7. 個別プロジェクトの評価と継続発展 | ・県内唯一の通信環境が整備されたアリーナがBプレミア参入を後押しするとともに、各種DXサービスの提供が観戦者の増加に貢献している。 ・長野市、NAGANO SPIRIT、abnの3者で、単にスポーツ施設内のデジタルコンテンツを地域に流すだけではなく、地元放送局での放映やコンテンツの再利用方法なども含めて、効果的なコンテンツ活用策を検討し始めている。 |
地域のプロフィル
人口:362,564人(2025年1月1日現在)、面積は834.81㎢
長野市は中部地方の長野県北部に位置し、地理的には日本アルプスに囲まれ、善光寺平と呼ばれる盆地に広がっている。内陸性気候で四季がはっきりしており、冬は寒く積雪もあるが、晴天の日が多い「冬晴れ」も特徴。
農業と製造業が主要産業であり、特にりんごやぶどう、そばなどの農産物が有名、製造業では精密機械や電子部品の生産拠点となっている。観光業も長野市を代表する産業であり、善光寺や冬季スポーツを楽しむ観光客が数多く訪れている。