DX先進事例から「地域社会DXチェックシート」を作成~30事例調査から(後編)

前編では、プロジェクトの土台となるDX推進の位置付けや、役所内での推進体制についてポイントをまとめました。後編では、地域住民や事業者などとの連携のほか、プロジェクトを計画策定から実装・横展開へ進めていく際のポイントを紹介します。

【柱3】推進体制 その2.地域住民・事業者・大学などとの連携体制 「地域住民や事業者、大学の知見活用」「連携効果の向上」

プロジェクトを動かす「エンジン」となるのが、地域住民や事業者、大学といったステークホルダーとの連携です。地域課題に詳しい地域住民、DXや課題解決のノウハウを持つ事業者、知識と人材の宝庫である大学などと連携体制をいかにうまく組むかが、プロジェクトの成否を左右する大きなカギになります。ポイントは、①地域住民らユーザーの参画②気軽に相談できる事業者③大学の知見・人材活用④積極的な協力を得られる仕組みづくり――の4点。加えて、DXという歯車を回し続けるために、事業者丸投げではなく、地元にノウハウ・知見が残るスキームになっているかも重要な点です。
連携相手が多いほど良いというわけではありませんが、「社会課題は増えていく一方、行政だけでできることはどんどん限られていく」との指摘もあり、連携が乏しいままDXを進めようとすると他の行政職務や人事異動でプロジェクトが滞る恐れもあります。このため、「餅は餅屋」で、状況に合わせて必要なノウハウを持つステークホルダーと密接な連携を図っているケースがほとんどです。
なかでも、地域住民に主体的に参加してもらう仕組みづくりは、ニーズや実態をきちんと把握するために、それぞれ知恵を絞り地域に合った工夫を講じています。例えば、賑わい創出のために、ワークショップやアイデア公募といった仕組みを作ってアイデア出しから住民参加を促している佐賀市のようなケースや、住民アンケートでニーズや課題を掘り起こしたところもあります。「儲かる農業」を目指して官民連携組織を設立するなど、連携の枠組みを構築した山梨市のようなケースもありました。
大学や事業者などとの連携では、旭川市の高等専門学校の学生が小中学生向け講座の発案から講師までを務めるなど、教育機関が持つ人材とノウハウをフル活用したケースもみられました。
ただ、連携体制を維持するには、「アプリケーションやシステムを購入するだけ」「プロジェクト進行を丸投げ」ではダメで、行政側もメリットを提供したり、プロジェクト内で明確な役割を担ったりすることが必要との指摘も数多くみられました。実際、ほとんどのケースで地方公共団体の職員は地域住民との調整役を担うなど明確な役割を担っており、なかにはスマートフォン(スマホ)普及率86%の強みを生かし、村を「新たな試みの場」として事業者に提供することで、DXの取り組みを広げようとしている日高村のようなケースもありました。行政側が連携先に丸投げしてしまうと、地域の利害と事業の方向性がずれてくるリスクも高まります。多様なステークホルダーによる連携効果を上げる仕組みを構築しておくことが大事なのです。

【柱3】地域住民・事業者・大学などとの連携体制におけるチェック項目と各ポイントの一覧表
【柱3】地域住民・事業者・大学などとの連携体制におけるチェック項目と各ポイント

【柱4】個別プロジェクトの計画策定 「成功へのシナリオを描いているか」「課題の明確化と実態把握」「課題解決に適切な技術か」

具体的なプロジェクトに落とし込んでいく計画策定の段階では、①戦略的に進める②DXで実現したい姿を描く③他分野、他地域への横展開を構想――に加え、関係者間での課題認識の共有、費用対効果なども重要ポイントとして挙げました。
戦略として、例えば、「効果が見えやすい分野」「身近な課題」といったところから着手すれば、地域住民らに利便性を体感してもらい推進の機運を高めたり、実績を積んでDX施策を広げていく足がかりにしたりといったことが可能になります。目標とする到達点、実現したい姿を明確にして、関係者間で共有することも重要です。目標値の設定はモチベーションにつながり、改善点を議論する土台になります。最終的にユーザーが運用コストを負担する形にしたいのか、防災分野のように地方公共団体がある程度負担する形で実装するのか、もしくは通信網やシステムを他分野、他地域に横展開してコストダウンを図るのかなど、ゴール地点を地方公共団体などがしっかりと将来像を設定しておくことで、取り組みの方向性が見えやすくなるとの指摘がありました。
また、具体的な計画策定では、どんな課題に対し、どのような技術が必要なのかを見定めることも欠かせないポイントです。例えば、農業であれば、省力化が最大の悩みなのか、それとも後継を呼び込むための高付加価値化が課題なのか。各地域の事情によっても、取り組むべき内容が変わってくるためです。また、国の補助金などを使って高スペックなデジタル技術を導入しても、必要がない機能が多く維持できなければ、後年の運用費が捻出できずに「補助金が切れれば終わり」「DXブームに乗っただけ」になってしまいます。性能や運用費も踏まえて適切なデジタル技術を選ぶのは重要なポイントです。山間地のDXに取り組んでいる仙台市では、「DXはあくまで手段」として、少子高齢化が深刻化する地域の実情に合った「身の丈にあったDX」を進めているといいます。

【柱4】個別プロジェクトの計画策定におけるチェック項目と各ポイントの一覧表
【柱4】個別プロジェクトの計画策定におけるチェック項目と各ポイント

【柱5】個別プロジェクトの進め方 「改善重ねていく仕組みを作る」「ユーザー本位」「技術の多角的利用」

プロジェクト進行段階では、地域の地理的条件や気候条件などの違いもあり「思ったような通信性能が得られない」「想像以上にデジタル導入に対する心理的ハードルが高い」「思ったより運用費用がかさむ」など、いろいろな「想定外」が起こることも少なくありません。最初から大規模なプロジェクトの「完璧」な導入を目指すと、思ったような成果が得られなかった時に「後戻り」コストがかさみ、中断を余儀なくされるリスクがあります。
調査した成功事例からは、進め方のコツとして①実証フェーズの設定②スモールスタート③ユーザーの納得・共感④地域住民の反応を反映⑤複数分野での技術活用⑥情報発信による支援獲得――などが見えてきました。
例えば、新しい通信規格や技術を試す場合は、総務省の実証事業などを活用し、「実証フェーズ」を設けているケースが数多くみられました。成功すれば規模を広げて実施し、当初の予定どおりいかなければ改善しながら次のステップに進める作戦です。実装という「本番」の足がかりとして、実証事業を通じて地域住民の反応を見たり、事業者、大学などとの連携体制を固めたりするのにも役立っていました。
山梨市のように、通信基地局を毎年少しずつ増設し、スモールスタートで実績をつくりながら拡大する戦略をとっているところもあります。同市では「ワンインフラ・マルチユース」という考え方を掲げ、農業のために整備した通信網を高齢者の見守りや河川水位の監視などにも活用し、地域住民1人あたりの負担コストを下げる工夫も行っています。
デジタルデバイド対策や、情報発信による理解や支援の獲得なども、それぞれの地方公共団体などが工夫している部分です。スマホ普及率100%を目指す村宣言をした高知県日高村では、町内でスマホを活用したDXを進めるにあたり、事業者や町内会の力を集結してスマホ教室や相談所、個別相談会などきめ細やかな対応を実施。「宣言」が全国的に注目されることも、地域住民の自信やDXを進めるモチベーションにつながったといいます。

【柱5】個別プロジェクトの立ち上げ&進め方におけるチェック項目と各ポイントの一覧表
【柱5】個別プロジェクトの立ち上げ&進め方におけるチェック項目と各ポイント

【柱6】個別プロジェクトの評価と継続発展 「評価とその活用」「持続的な枠組み」「地方公共団体内外での横展開」

プロジェクトの最終段階となる、成果の評価は、取り組みを次の段階につなげていくための重要なステップになります。実装や自走、横展開を見据え、着目したいポイントは①適切な成果評価と次の展開に向けた情報共有②地域で支持される持続可能な仕組み③自走体制④役場内での横展開⑤他地域への横展開――です。
評価に際しては、目標を達成できたかどうかだけでなく、改善すべき点を関係者間で共有し、次の計画に歩を進めることが重要になります。
プロジェクトすべてがそのままうまくいくわけではありません。例えば、通信ネットワークを整備しても、「一部の端末の使い勝手が悪い」というものから、「大容量の画像までは必要ない」、逆に「AI分析にもっと高精細の画像が必要」など様々な改善点が見えてきます。それを関係者間で共有し、次年度の予算獲得や実装につなげていける体制があるかどうかは重要なポイントです。自動運転という高いハードルに挑む前橋市では、取り組みを開始した2018年度から、少しずつ改善点を次のステップに生かし、常時遠隔監視や安全性の向上などにつなげ、その積み重ねで現在はレベル4自動運転バス実装に向けた最終段階にたどりついています。
また、課題は技術面だけではありません。実装、自走段階では「コスト負担をどうするか」というシビアな現実に直面します。例えば、スマート農業に使う比較的小規模なことが多いDXも「受益者負担」で自走するのは簡単ではありません。導入した効果に対し、明らかに価格が低くないと農家による購入が進まないからです。このため、役場内で通信基盤を他分野でも活用するなどの工夫をしたり、必要最小限のスペックに削り込んだりして、いかにコスト削減するかが事業の継続・自走に向けたカギになります。各地方公共団体でも、DX活用に積極的な姿勢をPRしてIT事業者などを呼び込み、創出したモデルを他地域に横展開したり、産官学で持続可能な経営モデルを作る試みに取り組んだりして、地域に合った工夫を試みています。

【柱6】個別プロジェクトの評価と継続発展におけるチェック項目と各ポイントの一覧表
【柱6】個別プロジェクトの評価と継続発展におけるチェック項目と各ポイント

見えてきた課題も 自走化支援に力点を

事例として取りあげることが出来なかった取り組み、例えば、地方公共団体や地域住民の参画が欠かせない課題をテーマにしている事業の例から見えてきたものもあります。特に、地方公共団体は事業実施主体に「名前」を連ねているだけで、実際の関与がほとんど無く、民間事業者のみが主導するプロジェクトになっている場合には様々な課題がありました。計画段階では実装や横展開をうたっていても、地域とのつながりが薄いため実装段階に進みにくい、あるいは、実証事業が終わって予算が途切れるとともに「終わり」になって一過性のプロジェクトとなるケースもありました。地域で活動している事業者の関与がほとんどない場合には、プロジェクト終了後、地域にDXのノウハウも人材もが残らないといった指摘もあり、自走化支援の強化などが今後の課題として上げられます。

おわりに

今回の調査では、先進的な取り組みを実施している地方公共団体でのDXの進め方に着目し、「成功のカギ」となった部分をチェックシートにまとめていくこととしました。全項目を実施することが目的ではありませんし、この通りに実施しないとうまくいかないというものでもありません。しかし、それぞれの地方公共団体が試行錯誤して知恵を絞り、工夫を凝らして生み出したノウハウは参考になることも多く、それらのノウハウを整理し、まとめ直しチェックしやすくすることを企図しました。
DXを進めるなかで、「どのように第一歩を踏み出せばよいのか」といった初歩の悩みから、「住民を巻き込みたい」「役所内の理解を得たい」「実装に歩を進めたい」といった課題に突き当たった時の対応まで、プロジェクトの進み具合に沿って、先進事例ではどう工夫したかを取り組み例として具体的に紹介していくものです。
プロジェクトでは、DX推進部門が中心的役割を担うことが多いと思われますが、事業部門と連携を図りながら、プロジェクト開始から実装・横展開まで進行に合わせて先進事例を参考にしたり、困難に直面した際にポイントを見直したりといった形でチェックシートを活用していただきたいと考えています。
少子高齢化など地域の悩みは同じようでも、その実情は地形や年齢構成、産業などによって少しずつ異なっています。調査を通じて共通していたのは「地域の課題を解決したい」「地域の暮らしを守る」という担当者の熱意でした。その熱意によって生み出されたノウハウを、地域の特性、強みを生かしたDXの創出にぜひ役立てていただきたいと考えています。

※DX先進事例を分析して作成した「地域社会DXチェックシート」は、本サイトへのアップに向けて精査を続けています。アップが出来次第、お知らせします。

関連記事