【課題】市街地の賑わい創出へ「SAGAスマート街なかプロジェクト」始動
佐賀駅を起点とする佐賀市の中心市街地は、大規模集客施設が郊外に建設されるなどの影響で、商業施設などの閉店が続いていました。賑わいが薄れて来訪者が減少し、さらに衰退が加速するという悪循環にも陥り、その再生が大きな課題となっています。こうした状況を打開するため、市は、2005年1月に「佐賀市中心市街地活性化基本計画」を策定。街なかの活性化に向けた様々な施策を展開してきました。テナントが撤退していた市街地の再開発ビル「エスプラッツ」を、市民サービスなどを行うフロアを含めたビルとして2007年に再オープンさせて人流を作り出したほか、同ビルがあるエリアや、老舗百貨店を中心とするエリア、歴史文化が残る佐嘉神社周辺、長崎街道の街並みを強く残したエリアの4エリアを拠点として、市中心部で集中的に賑わいを再生する「4核構想」を公表。遊休不動産のマッチングなどの土地利用支援や、佐賀駅と4拠点とを結ぶ賑わい創出、景観整備に取り組んできました。
そうしたなか、新たなアプローチとして考え出されたのが、AIやIoTといったデジタル技術を活用し、街なかに人の流れを作りだすアイデアです。2021年5月に「佐賀市街なか未来技術活用モデルプラン」を策定し、これに基づき、楽しく快適で過ごしやすい街を市民や事業者などと共につくっていく「SAGAスマート街なかプロジェクト」が始動。DXで街を活気づける取り組みをスタートさせたのです。

【取り組み】多機能型情報メディアで情報を収集・発信 データ利活用図る
プロジェクトの核は、①AIカメラやセンサーなどを組みあわせた様々なデータの収集や、情報発信機能を有する「多機能型情報メディア(デジタルサイネージ)」(以降記事中では「メディア」)の活用②都市OSを利用したデータの集約・分析と活用促進――の大きく2点です。
「街なか」というエリアに絞って小さく実証を始めて、改善しながら広く展開していく方針を掲げ、まずは2022年度に佐賀駅と中心市街地を結ぶメインストリート3か所にメディア7面を設置しました。メディアにはAIカメラやセンサーなどを搭載しており人流などの分析データを収集したり、気温や騒音など環境データを取得したりすると共に、市政情報や街なかの店舗・イベントなどの情報発信や、公衆無線LANスポットとしても活用できるのが特徴です。
また、収集したデータは、街なかの店舗・施設の情報といったオープンデータとともに都市OSに蓄積。これを整理・分析して事業者らに提供することで、データを利活用した取り組みや新しいビジネス創出を後押ししようとしています。ただ、データの利活用に慣れていない事業者も多いため、まずは利点を知ってもらおうと、個々の店舗に足を運んで一緒にデータの活用方法を試行錯誤する姿勢を明確にし、手厚いケアで利活用の範囲を広げるべく取り組んでいます。
加えて、メディアなどで収集した各種データについては、インターンとして派遣された佐賀大学の学生が「どんな要因で人の流れが変わるのか」「消費行動はどのようになっているのか」などを分析して「スマート街なかレポート」として公表しています。こうした仕掛けは、来訪や事業のきっかけとして役立てると同時に、デジタル人材の育成にもつなげていく狙いがあります。


【体制】シビックテックを柱に アイデアスケッチで将来の街の姿を描く
プロジェクトは現在、佐賀市と、市から事業委託された地元企業・団体などでつくる「さが地域デザイン共同企業体」が連携して進めています。企業体は、プロジェクトの自走を目指して設立した「一般社団法人地域デザイン総合研究所」をはじめ、地元IT系企業の「株式会社とっぺん」「株式会社ウェアサーブ」「株式会社ローカルメディアラボ」の3社が中心になり、佐賀大学など産官学で構成する推進体制を整備。プロジェクトの方向性や評価などを多角的に検討するために学識経験者もアドバイザー・評価委員として加わり、地元の関係者だけでは不足する知見などを外部の企業や大学から補完し、専門的な実務支援を受ける体制を整えています。
さらに中心市街地は市民みんなの共通資産であり、その磨き上げには、市民や地元事業者の主体的な関わりが不可欠との視点から、佐賀市は、市民が主体になって課題解決につなげる市民との共創を、プロジェクトの大きな柱に位置付けています。その仕掛けとして、プロジェクト開始当時の2022年には、市民参加型のアイデア出しワークショップを数多く開催。プロジェクトのウェブサイトでも、3年後、5年後、10年後の佐賀市中心市街地の姿を画像やイラストにしてアイデアを募るアイデアスケッチを展開し、メディアのコンテンツ案など街なかを楽しく便利にするためのアイデアに役立て、賑わいを市民と一緒につくる姿勢を打ち出しています。
加えて、そうした共創による街づくりのノウハウを持つ「一般社団法人コード・フォー・ジャパン」と2022年にプロジェクト推進に関する協定を結び、データ連携基盤の運営を委託。収集・蓄積したデータを市民らが利用しやすい情報へと加工するための支援を受けています。
費用面では、国の地方創生推進交付金なども活用し、2021年度~2022年度はメディア導入費やデータ連携基盤の構築も含めて2年間で5千万円ほど、2023年度~2024年度は年間1,500万円程度の委託費を確保して事業を進めてきました。

【成果】通行量、地価ともに上昇傾向へ 市民や企業、専門家のつながりも醸成
そうした取り組みにより、中心市街地では居住者数こそ増えていないものの、通行量は年間6万7,248人と、新型コロナウイルス感染症が流行する前の2019年に比べて4,000人以上増加し、地価についても2019年に比べて10%強上昇しました。担当者らも、活性化に向けた流れができつつあることに手応えを感じているといいます。
また、収集・分析したデータを事業者に利活用してもらう取り組みについても、個別訪問などによる丁寧な対応が功を奏し、事業者から「こんなデータがあるなら使いたい」という提案が出てくるなど、変革の兆しが見え始めており、それを後押しする支援策も検討しています。
こうした一連のプロジェクトには、2022~2023年度の2年間で、延べ305人の市民や事業者が参加。市民や事業者、専門家らの横のネットワークができつつあり、活性化に向けた土台づくりにもつながっているといいます。
■中心市街地の通行量の推移 (単位:人)
2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | |
中心市街地エリア | 63,150 | 46,780 | 51,607 | 52,168 | 67,248 |
■中心市街地の地価の推移 (単位:円/㎡)
2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | |
中心市街地エリア(平均) | 102,513 | 105,188 | 105,663 | 116,586 | 113,583 |
中心市街地の通行量と地価の推移
【展望】市内外の大学などと連携し、自走化を模索
とはいえ、行政主導でプロジェクトを進めていくには、予算的にも労力的にも限界があります。そこで、佐賀市は、2023年度からメディアを広告媒体としても活用する試みを開始。加えて2024年度からは、新たなビジネスモデルの創出につなげられないか、県内外の大学や地方公共団体と連携して地方創生推進交付金による事業が終わった後の自走化を模索し始めています。
例えば、佐賀大学発のベンチャー「合同会社ロケモAI」とは、同社が持つデジタルスタンプラリーの技術と、メディアのデジタルサイネージを組み合わせて、楽しみながら街歩きが出来る仕組みを開発しています。
また、岡山大学とは、スマートフォンなどから常時発信されるBluetooth電波を活用して、街の人流や混雑度を可視化して、来訪者の満足度を高める情報発信に生かす技術の実装を試みています。名古屋工業大学との連携では、生成AI を相手に議論の進行を練習できる「議論シミュレーター」を使って、まちづくりワークショップでの議論を支援する取り組みを始めています。
また、愛知県豊橋市の協力を得て、同市で実装している新しい情報発信手法も実施。具体的には、店舗や施設、イベント主催者などがインスタグラムで発信した最新情報を取り込み、リアルタイムでメディアから発信する仕組みです。来訪者が常に最新の情報を手に入れることで、より充実した来訪体験につなげたい考えです。
佐賀市は、2025年度から委託料などを徐々に減らし、民間資金中心の運営(自走化)にシフトさせていく方針を打ち出しています。佐賀市では「街なかの回遊をエンタメ化するなど、自律的な街なかの活性化を模索していきたい」としています。
本事例のポイント
1. 地域社会DXの取り組み経緯と主な対象分野 | ・中心市街地の活性化を目指し、2021年よりSAGAスマート街なかプロジェクトを開始した。同プロジェクトは、中心市街地で各種データを取得・分析し、それらを利用しやすい形に編集し市民や事業者へフィードバックしていく取り組みである。人流・環境センサーとデジタルサイネージを組み合わせたメディアを佐賀駅と街なかをつなぐ中央大通りの3箇所に設置し、人流データや環境データを取得している。 |
2. 基本的な位置づけ・考え方 | ・佐賀市中心市街地活性化基本計画(2009年3月一部改正)に基づいている。来街者との接点を創ることが必要であり、その接点として相応しいものとしてデジタル技術に着目。 ・市民や事業者の主体的なコミットメントを重視した進め方をとっている。 |
3. 推進体制 その1.行政内部の体制 | ・佐賀市経済部中心市街地振興室戦略係が担当している。庁内の都市OSを管理運営するDX推進課と各種オープンデータの活用などの面で密接な連携が図られている。 |
4. 推進体制 その2.住民・企業・大学などとの連携体制 | 佐賀市から、地元の複数の事業者で構成される共同企業体へ事業委託をする形で、市と民間事業者が一体となり事業に取り組んでいる。 |
5. 個別プロジェクトの計画策定 | ・中心市街地の中でももっとも賑わいのある中核的なエリアでプロジェクトを始めることで、先ずは多くの市民や事業者の関心を高めることを目指し計画を策定した。次にワークショップなどへの参加者を増やし、そこで当事者目線での様々な議論を重ねながらデジタル技術の活用をアップデートしていく進め方をとった。 |
6. 個別プロジェクトの進め方 | ・データ活用に対する事業者のモチベーションをあげることを重視した。そのため、委託先の社員が個々の店舗に足を運び、事業者と一緒に考え、試行錯誤していく考えであることを事業者へ直接働きかけている。 ・SNSなどを活用した情報発信、アイデア募集フォームの実装、市民参加型ワークショップの開催など、市民や事業者の意見を集めながら進めている。 |
7. 個別プロジェクトの評価と継続発展 | ・SAGAスマート街なかプロジェクトの直接的効果は検証できていないが、中心市街地の通行量がプロジェクト開始以降は増加している。今後、人流データも組み合わせて、プロジェクトの効果などを分析していく予定である。 ・2024年度から、本プロジェクトなどで得たデータのさらなる活用方法を開発・実装していくことを目指し、県内外の大学との連携に取り組んでいる。 |
地域のプロフィル
人口: 226,062人(2025年2月28日)、面積は431.81㎢
江戸時代の佐賀藩が築いた城下町であり、佐賀県の県庁所在地及び最大の都市で、経済・行政の中心地として発展してきた。北は脊振山地の山間部から、南は有明海に面する佐賀平野からなり、市のほぼ中心部に市街地が広がっている。長崎本線や高速道路が整備されており、福岡都市圏へのアクセスが良好である。
事業所数・社員数においてはサービス業や小売業を中心とする第3次産業の割合が高いのが特徴となっている。