【課題】谷あいに集落点在、高齢化率45%超
鳥取県東南部に位置する智頭町(ちづちょう)は、周囲に中国山脈の山々が連なり、総面積の9割以上が森林という山間地です。平地は少なく、4つに分かれる谷に計88の集落が点在、中には町中心部から20kmほど離れているところもあります。加えて、65歳以上の高齢者の割合は45.56%(2025年2月1日現在)に達しています。こうした町の特性から、町中心部から遠く交通基盤が十分ではない地域の住民や高齢者らに、いかに行政サービスを提供するか、公共施設へのアクセスのしやすさをどう確保するかが、かねてから課題でした。町はコミュニティバスを2007年から運行していましたが、運行頻度の少なさや、バスでは道幅が狭い谷あいの集落には入れない、といった問題もありました。そして、コミュニティバスは、2023年に運行を終了し、スクールバスとして、生まれ変わりました。
【取り組み】コネクテッドカーで行政サービスを「届ける」
公共施設へのアクセス確保などの課題に真剣に向き合う必要に迫られた町は、5G(第5世代移動通信システム)と呼ばれる高速大容量の通信規格に対応した、インターネットに常時接続できる機能を備えたワゴン車タイプのコネクテッドカー1台を導入。この車で各集落を巡り、各種申請手続きの受け付けや介護予防システムの活用といった行政サービスを出張で提供することにしました。また、災害時には現地対策本部として活用することも視野に入れ、災害を想定した各地域との連携なども行っています。住民を町中心部に呼ぶ・運ぶだけではなくコネクテッドカーを核として、地域に様々な行政サービスをお届けするという考えのもと、住民の利便性向上・福祉増進・安全安心なまちづくりを推進しています。この取り組みは、「ICT(情報通信技術)を活用して町の課題を解決し、未来を実感(realize)する」という狙いから「智頭Miraizeプロジェクト」と名付けて展開しています。

小回りが利くトヨタ・ハイエースを改造、通信機器搭載
プロジェクトのカギとなるコネクテッドカーは、トヨタ自動車のワゴン車「ハイエース・グランドキャビン」の内部を改造しました。5Gに対応しインターネット接続できるモバイルWi-Fiルーター数台のほか、テーブルやモニターを設置し、行政手続きの受け付けスペースを確保しています。こうした車内のレイアウトは自由に変更できるのも特徴で、将来的にはモニター越しに医師が診察する遠隔医療の「診察室」として活用したり、人の輸送にも対応したりできるように設計しています。車外で活動する際の日よけや雨よけになるサイドオーニングも装備しました。

また、モバイルWi-Fiルーターは車両から取り外せるようにしました。これにより、コネクテッドカーと他の車にそれぞれルーターを置いてネットワーク運用をしたり、ルーターをハイエースでは通れない狭い道でも進める小型の車両に乗せ替えて運んだりすることができ、自由度の高い通信ネットワークの構築が可能になります。災害時などは、こうした機能を活用して通信機能を確保することを想定しています。
智頭Miraizeプロジェクトに参画した各企業が、コネクテッドカーを核とした地域課題解決に向けた取り組みを担っています。まず通信機器支援を「株式会社ドコモCS中国」鳥取支店(鳥取県鳥取市)が担当。介護予防サービスシステムは「株式会社コロンブス(現株式会社エッグ)」(鳥取県米子市)、eスポーツ事業は「株式会社MagicPlus」(鳥取県鳥取市)、「株式会社クレコ・ラボ」(東京都港区)は、智頭町に「株式会社クレコ・ラボ智頭研究所」(鳥取県智頭町)を設置して、イベントの動画編集や配信など、各社がそれぞれの強みを生かしてプロジェクト推進を担っています。
智頭Miraizeプロジェクトにおける連携企業
会社名 | 主な役割 |
---|---|
株式会社コロンブス(現株式会社エッグ) | コネクテッドカーで進める高齢者向け介護予防サービスとして、同社のフレイル評価システム「ATERⅡ(アスターツー)」と、オーダーメイド運動処方プログラム「ロコタス」を活用。 |
株式会社ドコモCS中国鳥取支店 | 同社の5Gキャリアを活用。コネクテッドカーの通信機器設定などを支援。 |
株式会社MagicPlus | 脳の活性化や認知機能の低下予防対策のほか、高齢者の社会参加の促進施策としてeスポーツを提供。 |
株式会社クレコ・ラボ (智頭町に株式会社クレコ・ラボ智頭研究所を設置) | コネクテッドカー導入事業において整備した通信・映像機器を用いたイベントなどの動画編集及び配信を支援。 |
2021年度に始めた本プロジェクトの導入コストは約1,500万円(税抜き)で、その内訳は車両(977万円)、通信機器(273万3000円)、介護予防サービスの「ロコモ・フレイル※判断システム」(120万円)など。導入にあたっては、「令和3年度鳥取県Society5.0地域出張型サービスモデル事業」として、補助金750万円を活用しました。年間のランニングコストは、システム保守委託費などで約198万円(税抜き)がかかっています。
※ロコモ(ロコモティブシンドローム)・フレイル・・・人生 100 年時代における健康寿命延伸のための医療対策と健康増進に関わる課題。ロコモは関節など運動器の機能が低下して移動が困難になる状態、フレイルは老化に伴い抵抗力が弱まり体力が低下した状態をさす。ロコモ・フレイルの人はそうでない人と比較して要介護に至る危険度が増大する。
【成果】自治会の集まりに合わせ運用、マイナカード申請などで実績
コネクテッドカーの導入により、これまでコミュニティバスでは入れなかった集落にも出向いて様々な行政サービスを提供できるようになりました。主に、自治会の集まりや食事会など地域の催しに合わせて運用し、マイナンバーカードの申請受け付けや高齢者を対象としたロコモ・フレイル診断、eスポーツ体験会、コネクテッドカーを現地対策本部に見立てた防災訓練などで活用。2022年度の稼働回数は23回に上りました。
- マイナンバーカードの出張申請(申請受付人数は140名)
- 防災現地対策本部車両としての活用
- 高齢者を対象としたロコモ・フレイル予防(体力測定実施者数は延べ144名)
- 理学療法士遠隔相談
- 5Gで行うeスポーツの体験会
- シニア世代を対象としたデジタル健康脳測定会ワークショップ
- 地域イベント「来んさい!見んさい!踊りん祭!」の動画撮影・映像をYouTube配信 他
コネクテッドカーの主な利用実績(2022年度)
町内各地で実施されている高齢者向けデイサービスのコンパクト版「森のミニデイ」会場などで、集まった高齢者らを対象に株式会社エッグのフレイル早期発見システムを活用してもらう取り組みでは、タブレット端末を使って25の質問に答えてもらう必要があるのですが、高齢者にはハードルが高い操作だという実情も分かってきました。そこで、個々に寄り添い丁寧にサポートする体制で臨み、聞き取った内容を即座にアウトプットして結果の見える化のほか、データ蓄積の簡素化を実現することが出来るようになりました。
【推進体制】企画課、情報化推進員が各所と連携してさらなる課題解決へ
智頭町で、このプロジェクトをはじめとするDX関連施策を主導しているのは企画課です。しかし、プロジェクトを進めるにあたっては、企画段階から、マイナンバー申請を所管する税務住民課や介護予防を担う福祉課など関連部署を横断する形で連携し、現場の意見を反映してきました。
連携課 | コネクテッドカーの利用場面 |
---|---|
税務住民課 | 行政手続き(マイナンバー申請など)の出張提供 |
福祉課 | 介護予防事業(ロコモ、フレイル)の出張提供 |
総務課 | 防災現地対策本部としての利用 |
智頭町の各課では、デジタル案件に強い若手職員を「情報化推進員」に任命。ICT化推進の実働部隊として、コネクテッドカーを使って町が優先的に取り組むべきサービスのアイデアを出してもらい実現してきました。若手の育成につなげつつ、各課の意見やアイデアを丁寧に吸い上げ、ブラッシュアップしたことで、プロジェクトの実施段階でもスムーズに協働できる機運が醸成されたといいます。最新のデジタル技術の知識を職員が学ぶため、営業活動で役場を訪れるICT関連企業にも一役買ってもらい、庁内での勉強会や実演会を開くなど、限られた予算の中で工夫をしているといいます。こうした勉強会や実演会の機会があることで、各課が最新のICT知識を入手できるようになっています。課題解決に向けたコネクテッドカーの利用方法を各課がアイデア出しする際には、ICT知識を前提として智頭町の状況にも照らし合わせながら推進する体制が整ってきています。
また、町民に向けては、智頭町と町民とがプロジェクトの早い段階から連携し、その狙いやサービスの概要などを町職員から丁寧に説明し、問題意識を共有できたことも、試みがうまくいった一因だといいます。智頭町には、住民が主体となって様々な事業を企画実施する住民自治組織「智頭町百人委員会」があり、智頭町ならではの住民自治の実践をめざしています。2023年度時点では延べ人数95人の住民が参画し活発な議論を行っています。智頭町からは職員が定期的に出向き、役場での検討状況などの情報を共有するとともに、逆に、智頭町百人委員会の各部会からは様々なアイデアを取り入れていくことで、緩やかな連携に取り組めているといいます。
【展望】待っている行政ではなく、町役場から出向く行政へ
コネクテッドカーは、Society5.0時代を見据えた行政サービス提供の一つのプラットフォームです。このプロジェクトで実現した使い方だけでなく、「何に、どう使うかは、町役場や住民、連携企業のアイデア次第で多様な使い方ができる」と町では考えています。実際、2024年の衆議院選挙では、多くの集落で期日前投票の移動式投票所としてコネクテッドカーを活用。高齢者の投票機会の確保にも寄与しました。
智頭町は、交通基盤が脆弱な地域を有することから、「待っている行政ではなく、町役場から出向く行政」を目指しています。コネクテッドカーという新たなツールを得て、これからも住民と役場、連携企業が一体となって、地域課題の解決に努めていきたいとしています。
コネクテッドカーは、Society5.0時代を見据えた行政サービス提供の一つのプラットフォームです。このプロジェクトで実現した使い方だけでなく、「何に、どう使うかは、町役場や住民、連携企業のアイデア次第で多様な使い方ができる」と町では考えています。実際、2024年の衆議院選挙では、多くの集落で期日前投票の移動式投票所としてコネクテッドカーを活用。高齢者の投票機会の確保にも寄与しました。
智頭町は、交通基盤が脆弱な地域を有することから、「待っている行政ではなく、町役場から出向く行政」を目指しています。コネクテッドカーという新たなツールを得て、これからも住民と役場、連携企業が一体となって、地域課題の解決に努めていきたいとしています。
コネクテッドカーは、Society5.0時代を見据えた行政サービス提供の一つのプラットフォームです。このプロジェクトで実現した使い方だけでなく、「何に、どう使うかは、町役場や住民、連携企業のアイデア次第で多様な使い方ができる」と町では考えています。実際、2024年の衆議院選挙では、多くの集落で期日前投票の移動式投票所としてコネクテッドカーを活用。高齢者の投票機会の確保にも寄与しました。
智頭町は、交通基盤が脆弱な地域を有することから、「待っている行政ではなく、町役場から出向く行政」を目指しています。コネクテッドカーという新たなツールを得て、これからも住民と役場、連携企業が一体となって、地域課題の解決に努めていきたいとしています。
本事例のポイント
1. 地域社会DXの取り組み経緯と主な対象分野 | ・智頭町では、山間地に集落が点在し、町中心部から遠く交通基盤が十分ではない地域の住民への行政サービスの提供や公共施設へのアクセスのしやすさの確保が課題。そのため、通信設備を備えたコネクテッドカーにより、離れた集落であっても介護予防システムの活用などを可能にすることで、住民の福祉増進などに取り組んでいる。この取り組みの総称を智頭Miraizeプロジェクトとしている。 |
2. 基本的な位置づけ・考え方 | ・交通基盤が脆弱な地域を有するという課題を解決するために、新たなプラットフォームとしてコネクテッドカーを導入した。コネクテッドカーが連携のシンボルとなり、役所と住民、プロジェクトに参画する各企業の連携を可能とし、「待っている行政ではなく、町役場から出向く行政」という課題解決の形を目指せるようになった。 |
3. 推進体制 その1.行政内部の体制 | ・智頭町企画課が中心となるが、実行段階においては課題に応じて各課と連携した取り組み体制をとっている。 ・デジタル技術に強い若手職員を情報化推進員に任命。地域DXに関して、取り組みの推進や情報共有の実動部隊となり、コネクテッドカーを使った町が優先的に取り組むべきサービスのアイデア創出にも貢献している。 |
4. 推進体制 その2.住民・企業・大学などとの連携体制 | ・智頭Miraizeプロジェクトには、株式会社コロンブス(現株式会社エッグ)、株式会社ドコモCS中国鳥取支店、株式会社MagicPlus、株式会社クレコ・ラボの参画を得て連携して実施する体制がとれている。 ・住民が主体となり事業を企画・実施する住民自治組織、智頭町百人委員会があり、町からは職員が定期的に出向き行政の情報を共有するとともに、智頭町百人委員会の各部会から様々なアイデアを町に提案することで、緩やかな連携体制を構築している。 |
5. 個別プロジェクトの計画策定 | ・中心である企画課と各課の推進員が連携することによって各課のアイデアを集約して計画策定している。 ・智頭町各課職員のICTに関する知識の底上げのため、関係企業が役場に営業などで来る機会を生かし庁内での勉強会や実演会を開催するなど、各課が最新の情報を入手できるようになっている。課題解決に向けたコネクテッドカーの利用方法のアイデア出しにあたり、智頭町の現状に関する知見とICTの知識を組み合わせてプロジェクトの計画策定ができるようになっている。 |
6. 個別プロジェクトの進め方 | ・バスが立ち入れない谷合いの小さな集落まで出向き、現地で様々なサービスを提供している。特に各地域で住民が集まる催しに合わせて行政が出向くことを重視した。 ・デジタルツールを使い慣れていない高齢者にとってはハードルが高いと感じられるケースもあったため、初回時には高齢者に丁寧に寄り添ってサポート出来る体制で臨んだ。 |
7. 個別プロジェクトの評価と継続発展 | ・コネクテッドカーを利用した行政サービスを各地域で展開し目に見える活動を進めながら、新たな用途開発に取り組んでいる。例えば、2024年秋の衆議院選挙では移動式投票所として多数の集落での期日前選挙に活用し、地域の高齢者の投票機会の確保に寄与した。 |
地域のプロフィル
人口:6,101人(2025年2月1日現在)、面積は224.70㎢
智頭町は鳥取県の東南部に位置し、町の大部分が中国山地に囲まれ、面積の約9割を森林が占める自然豊かな地域である。JR因美線と智頭急行が町内を通り、智頭駅は岡山、鳥取、京都方面へのアクセス拠点となっている。林業が基幹産業で、「智頭杉」を活かした木材加工や製品づくりが盛んな地域である。また、宿場町として栄えた歴史を持つ「智頭宿」や古民家を活用した観光資源があり、自然と歴史が調和した町として人気を集めている。