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住民生活

高齢化と人口減少が進む中山間地域の課題 ICTで解決へ

仙台市

【課題】町内会運営、鳥獣被害対策など地域活動の担い手が不足

東北地方の政治と経済の中心である仙台市は、緑豊かな「杜の都」として知られています。中でも仙台市内で最も面積の広い青葉区は、西部に中山間地域を擁し、都市機能と豊かな自然環境が共存しています。その中山間地域部分に位置する作並、新川、大倉の3地区は、山あいに水田やため池、草原が広がり、作並温泉などの観光資源に恵まれています。 一方で、3地区では少子高齢化が深刻化しており、2025年1月現在の人口は1,589人で高齢化率は46.4%。仙台市全体の25.3%を大きく上回っています。高齢化や人口減少によって、鳥獣被害対策や町内会の活動といった地域活動の担い手も不足しています。こうした中、地域のコミュニティを守り、住民の日常生活を支えていくには、少ない負担で効果を発揮する仕組みをつくることが不可欠です。その解決のカギとなるのがICT(情報通信技術)です。とはいえ、高齢者が多い地域でのICT導入は大きな挑戦になります。市は「先端技術を活用した宮城地区西部の課題解決事業」として、作並、新川、大倉の3地区において、まずは町内会運営や鳥獣被害対策の効率化、農業従事者の高収益化や負担軽減といった身近で関心の大きい課題からICTの活用に乗り出しました。

【取り組み】電子回覧板導入、農業と鳥獣被害対策にICT活用

中山間地域の3地区は、広いエリアに住宅が点在していて隣家が離れているうえ、冬場は積雪量も多いため、町内会の回覧板を届けることが住民の負担となっており、情報伝達の遅れが懸念されていました。そこで解決策として取り組んだのが、電子回覧板システムの構築です。草刈りなど町内会活動の案内や出欠連絡、市政にかかわる情報などを配信し、回覧板を届ける負担を軽減することを目指しました。2022年1月から電子回覧板「結ネット」の実証実験を開始し、同年4月から本格導入しました。現在は、電子回覧板の運用費を行政負担から地域負担に切り替えて自走することを目指しており、掲載する情報について必要性を踏まえて絞り込むなど効果的な情報伝達を検討しています。

電子回覧板結ネットのスマートフォンの画面
電子回覧板結ネットのスマートフォンの画面

3地区ともにイノシシなどによる農作物の食害被害は年々深刻化していますが、十分な対策を行うための人手が足りません。その課題を解決するため、まず、見回りなどの労力軽減を図ることができる、ICTを活用した箱ワナ(捕獲機器)システムを実証実験で導入しました。箱ワナに捕獲通知装置を設置し、ワナが作動すると、箱ワナの管理者らのスマートフォン(スマホ)などの端末に通知が届く仕組みです。その実証実験が終了したのち、2023年からは、イノシシやクマなどの動態把握を目的にAIカメラを設置しました。現在、3地区内の20か所に設置しており、AIカメラが自動で撮影したデータから、イノシシとクマを識別し、捕獲従事者をはじめ地域住民や地方公共団体関係者らに通話アプリケーション(アプリ)のLINE(ライン)で写真データとともに通知します。AIカメラが取得したデータを分析するなどして、今後の対策に活用する考えです。

加えて、主力産業である農業分野では、高付加価値化や省力化に挑みました。新川地区を中心に取り組んだのは、農薬や肥料を使わない早期湛水(たんすい)深水管理水稲栽培(深水農法)です。自然環境に配慮した無農薬農法で、高付加価値化、ブランド化が期待されますが、頻繁に水位を確認するなどきめ細やかな水の管理が必要になります。そこで、水位を計測する水位センサーを水田に設置し、LPWAを使って水位データを送信するシステムを構築。農業従事者はスマホなどの端末で、どこにいても、いつでも水位を確認できるようになりました。

現在、大倉地区では、種子を水田にじかに播く稲作に取り組み始めています。育苗の手間がない分、労力は大幅に軽減される一方で、やはり細やかな水管理が必要になります。その水管理について水位センサーを活用して省力化・効率化を図る考えです。

現地に設置された水位を計測する水位センサー
現地に設置された水位を計測する水位センサー

【成果】回覧版のデジタル化で住民の負担軽減に成功

こうした3地区の取り組みは、少しずつ効果が上がり始めています。

電子回覧板では、3地区の計約700世帯のうち、町内会幹部などを中心に約170人(2025年3月1日現在)が登録・利用しています。仙台市も、電子回覧板を地域情報のポータルサイトと位置づけており、住民が地域の情報やサービスをスマホのアプリなどを通じて取得しやすい環境が整い、地域内のコミュニケーションもとりやすくなったといいます。

また、市と地域の町内会などとで連携し、災害時の一斉情報配信・安否確認などにも活用できるようにしました。電子回覧板を日常的に利用することで、住民のITリテラシーの向上につながるといった副次効果も出ています。その一方で、高齢者が多いこともあり、スマホを保有したり使用したりすることに抵抗がある住民に対し、デジタルデバイド解消に向けての対策を講じる必要性も新たな課題として浮上しています。

そして、鳥獣被害対策では、作動した箱ワナを中心に見回ることで、イノシシ数頭を捕獲するなど、作業を効率化することができました。また、その後のAIカメラの導入でクマ出没時の地域住民への速やかな周知や、捕獲申請・許可などが可能になりました。そうした直接的な効果に加え、地域全体で鳥獣被害の実態を共有することで、対策への意識を高めることができたといいます。

農業では、水位センサーの設置で、最低1日に1回は行っていた水位の確認などの見回り作業を軽減することができました。安定した水の管理によって、品質も向上し、コメの販売単価が、通常の1㎏200円前後から1㎏900円まで上がりました(2020年時点)。

【推進体制】住民ニーズくみ上げ 地域に寄り添うDX実現

高齢化が進む地域でデジタル技術を活用するにあたり、心がけたのは丁寧な説明と合意形成です。まず、課題を洗い出すために2019年に3地区8町内会でヒアリングを行い、具体的に何に困っているのかを聞き取りました。そうして出てきた「隣家が離れていて回覧板を回す負担が大きい」「鳥獣被害」「耕作放棄地の増加」などの課題に対し、市職員が解決策のアイデアを提案。町内会と議論しながら、課題と解決策を結びつけて将来像を描く「アイデアマップ」を作成しました。それを核に2020年に先端技術を活用した宮城地区西部の課題解決計画を策定し、これに沿って2020年度から2022年度にかけて先端技術を活用した宮城地区西部の課題解決事業として身近な課題から取り組んだのです。地域に寄り添って事業を進めるため、2021年4月には青葉区宮城総合支所に地域活性化推進室も設置しました。 技術導入に際しては、必要な技術を持っている企業を都度、選定する形で進めました。「急がず、じわじわと利用者を広げていく」。施策を考える段階から住民を当事者として巻き込んで議論し、当初から議論に加わっていた町内会幹部が率先して電子回覧板を利用するなどの協力を行ったことが、地域全体でICT活用を進めていく機運の醸成に役立ったといいます。

図 地域の課題と解決に向けたアイデア
図 地域の課題と解決に向けたアイデア

【展望】成功モデルとして市内で横展開へ

仙台市宮城総合支所地域活性化推進室の眞野英明さん
仙台市宮城総合支所地域活性化推進室の眞野英明さん

「最もデジタル技術が普及していない地域で、デジタル技術を生かした課題解決への挑戦となりました」。仙台市宮城総合支所地域活性化推進室の眞野英明さんは、今回の取り組みをそう振り返ります。作並、新川、大倉という、仙台市内でも高齢化と人口減少が顕著な地域でICTを活用し成果を出すことができたことで、仙台市はこれを成功モデルとして、市内の他の地域への横展開を含めて様々な取り組みを検討し始めています。今後も先進的なアイデアを生かしながら仙台・東北のデジタル化を進めていく考えです。

本事例のポイント

1. 地域社会DXの取り組み経緯と主な対象分野・仙台市宮城総合支所管内の中山間地域のうち特に高齢化が進んでいる3地区において、地域・行政・事業者が協働して町内会運営の効率化、鳥獣被害対策、農業の効率化などに関する地域社会DXに取り組んでいる。
2. 基本的な位置づけ・考え方・高齢化が進展し課題が顕在化している地区ではこれまでとは違う新たな対応が必要との考えから、最もデジタル技術が普及していない地域でデジタル技術を生かした課題解決をすることに挑戦し、この地域で成功したモデルを市内の他地域へ横展開していくことを目指した。
3. 推進体制 その1.行政内部の体制・宮城地区の地域課題の解決に向けて、現場に寄り添った事業推進を行うため、青葉区宮城総合支所に地域活性化推進室を2021年4月に新設した。
・青葉区宮城総合支所が宮城地区における地域社会DX事業を担当しつつ、専門的事項は市のデジタル戦略推進部に相談できる体制をとっている。
4. 推進体制 その2.住民・企業・大学などとの連携体制・青葉区宮城総合支所が区西部の町内会、作並・新川地区活性化連絡協議会とプロジェクトの形成から実施まで密接に連携して進めている。例えば、電子回覧板結ネットの導入・活用においては町内会幹部がベンダーや行政と一緒に必要な機能の検討を行っている。
5. 個別プロジェクトの計画策定・デジタル技術の活用を前提とせず、地域課題の解決に貢献する着実な取り組みをプロジェクトとして選定している。
・各町内会会長などへのヒアリングを実施のうえ、具体的な課題項目を整理し、先端技術を活用した宮城地区西部の課題解決計画を策定した。
6. 個別プロジェクトの進め方・プロジェクト実施にあたり、時間をかけて様々な形で住民に対して十分な説明を行うこと、様々な形でニーズの聞き取りを行いデジタル化に反映すること、地域において合意形成を行いながら事業を推進していくことを重視した。
・住民生活の中心的な役割を担う町内会幹部などと連携し、幹部たちが率先してデジタルツールを利用することにより、周りの住民の理解・共感が進むことを目指した。
7. 個別プロジェクトの評価と継続発展・住民のITリテラシー向上、水位センサー活用によるきめ細かな管理による米づくりの品質改善への寄与など、具体的な成果が出始めており、自律、持続に向けた取り組みを継続している。

地域のプロフィル

人口:仙台市全体では1,095,400人(2025年1月1日現在)、そのうち宮城地区西部(作並・新川・大倉地域)は1,589人(2025年1月1日現在)、面積は仙台市全体 786.35㎢、そのうち宮城地区西部(作並・新川・大倉地域)は153.70㎢(2024年4月1日現在)

仙台市青葉区の西部に位置する宮城地区は、旧宮城町の地域であり、本事例の対象地域である宮城地区西部は豊かな自然環境を持つ中山間地域である。渓谷や温泉等の観光資源に恵まれ、四季折々に市民が楽しめる行楽地として親しまれており、農林業などが営まれている。