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地域活性化

「ICTパーク」を中心にした地域社会づくりで賑わいや産業を創出

旭川市

【課題】中心市街地の賑わいをDXで「再生」図る

北海道の道北に位置する旭川市は、幹線道路や鉄道など交通の要衝として多くの人や物が集まり、同市だけでなく周辺エリア全体の発展を支えています。その中心市街地も、旭川駅前から伸びる買物公園沿道を中心に賑わってきました。しかし、近年は郊外への⼤型商業店舗の出店や、2009年、2016年、2022年と相次いだ3つのデパートの閉店などで、歩行者数が減少。中心市街地に再び賑わいを取り戻すことが大きな課題になっています。

少子高齢化が進み、社会や地域経済を取り巻く環境が大きく変わるなか、従来とは違う切り口での賑わい創出を模索し、市がたどりついたキーワードが「DX」でした。

賑わい創出のために、どんな取り組みを行えばよいのか。「中心市街地に若者や観光客が滞在できる場所が少ない」「子ども達が学校以外でもICT(情報通信技術)に触れられる機会を」といった市民の意見も踏まえ、最終的に着目したのが「eスポーツ」です。海外で大きな盛り上がりをみせていて国内の認知度も上がってきたこと、eスポーツを契機としてデジタル産業のすそ野を広げられる可能性があること、寒さ厳しい冬でも屋内で交流できるといった点が、取り組む決め手になりました。そして2021年2月、その拠点となる「ICTパーク」を市街地の中心部に開設したのです。

ICTパークの内装の様子
ICTパークの内装

【取り組み】北海道最大級eスポーツスタジム備え、人材育成や産業活性化拠点

ICTパーク開設の狙いは大きく3つあります。「新たな賑わいの創出」、「ICT人材の育成・交流」、そして「ICT産業の活性化」です。

まず賑わい創出の目玉としたのが、約180人を収容できる北海道最大級の劇場型eスポーツスタジアムです。建物自体は、2004年に閉館した映画館「旭川国民劇場」を再生し、最新のICT設備を導入して「コクゲキ」と命名しました。高速・大容量の新しい通信システムであるローカル5Gをはじめ、音響・照明設備やリアルタイム配信可能な設備など、eスポーツ大会が開催できる環境を整備。観光客向けには、VRなどを使って地域の魅力をPRする映像を体験できるようにしました。

開設に先立ち、2020年度の総務省「地域課題解決型ローカル5G等の実現に向けた開発実証」事業を活用して、ローカル5Gの性能も確かめました。事業は、旭川市と「東日本電信電話株式会社(NTT東日本)」、観光振興などを手がける「一般社団法人大雪カムイミンタラDMO」(旭川市)などがコンソーシアムを結成。実装を念頭に、eスポーツ大会を開催するのに十分な通信を確保できるか、また大会の様子を様々な角度から高精細映像で遅延なく配信できるかといった点を確認しました。ICTパークは、それまで市が手がけた事がない新しい取り組みでしたが、実証事業を行ったことで通信環境などのノウハウを蓄積することができ、スムーズな開設が実現できたといいます。

ICT人材の育成に活用できる、eスポーツ用のトレーニングジムも完備しました。高性能ゲーミングPC10台に加え、キーボードやヘッドセットなど、eスポーツのスキルアップに繋がる環境をそろえ、 ICT企業や教育機関と連携したプログラミング教室なども開始しており、子ども達がプログラミングを体験することもできます。18歳以下は無料で利用でき、学校や世代を超えたコミュニケーションスペースとしても使えるようにしました。

トレーニングジム内装
トレーニングジム内装

ICT産業の活性化に向けては、NTT東日本北海道事業部の「スマートイノベーションラボ 北海道 旭川ルーム」を併設しました。AI開発に必要な高性能GPU(画像処理装置)を利用できるのが特長で、実際にICT関連企業の誘致につながるケースも出てきているといいます。子どもや一般向けのプログラミング教室なども定期的に開催され、ICTに強い人材を育てる拠点にもなっています。

ほかにもテレワーク施設が併設され、幅広い層が立ち寄り、交流できるようになっています。 こうした施設の整備・運営には、2020年度から内閣府「地方創生推進交付金」を活用しました。

2024年からは、ICTパークの取り組みを施設外に広げていく活動も始めています。第一弾として、市の福祉センターで高齢者向けに開発したゲームを使ってお年寄りに体を動かしてもらうなど健康づくりに役立てています。

高齢者向けアウトリーチ

【成果】利用者が急増 賑わい創出、教育旅行受け入れなど波及効果も

ICTパークは、2021年度の開設以来、eスポーツ大会や交流イベント、コンテスト、人材教育などICT関連における街中のハブとして利用が増加しています。開設から2023年度まででeスポーツ関連事業の実施回数は計40事業に上り、それに参加するために来訪した人は延べ5,600人以上に上りました。また、プログラミングなどの体験事業では、2023年度は初年度に比べて事業回数、参加者ともに2倍に増えています。

トレーニングジムも、利用料がかからない18歳以下を中心に2023年度は初年度の3倍以上にあたる2,030人が利用しています。

2024年には、夜間の賑わい創出を目指して、レトロゲーム対決やマグロ販売、トークショーなどを組みあわせたイベントを全10回開催し、観光客らも含めて計544人が参加。最近では外部からイベント企画が持ち込まれることも増えてきたといいます。 ほかにも、東京都や大分県の高校などが教育旅行で見学に訪れるなど、波及効果が広がりつつあります。

イベントチラシ

【推進体制】産官学がボトムアップで知恵を出し合う仕組みを構築

ICTパークの運営にあたっては、旭川市、「旭川工業高等専門学校(旭川高専)」、「旭川商工会議所」、観光や情報産業の団体、地元新聞社などが、イベントや交流促進、人材育成などで協力しあう「ICTパーク推進協議会」を設立。協議会のメンバーでもある大雪カムイミンタラDMOが、協議会から委託を受ける形で施設の運営を行っています。市も2021年8月に策定した「旭川市デジタル化推進方針」の中で、地域課題を解決する方策の1つとしてICTパークを位置付けることで推進方針を明確にし、担当の経済交流課だけでなく市役所全体で協力しあえる体制を構築しました。

産官だけでなく、旭川高専も大きな役割を果たしています。市内の小学校ではタブレットを全員に配布していますが、その一方でパソコンに触れる機会は減っている現状を踏まえ、旭川高専の生徒が企画を発案し子どもたちにプログラミングなどを教える教室を開催。仮想空間を創るためのソフトを子供たちに体験してもらい、それを3Dプリンターなどで具現化するなどの企画を通じ、世代を超えた交流が生まれています。

「ICTパークは、ある種の『箱』であり、お金をかけて作っただけではほぼ意味をなしません。重要なのは、いかに活用していくかです」。大雪カムイミンタラDMO総務マーケティング部の服部慎一マネージャーはそう指摘します。学生も含めて、ICTパークにかかわるすべてのステークホルダーがボトムアップでアイデアを出し合い、効果的な活用を探るというエンジン部分をきちんと構築しておくことが推進のカギになるといいます。

体制表

【展望】公共性と収益事業のバランスをとり自走化へ

旭川市は、ICTパークを通じ、本来の目的である「賑わい創出」「人材育成」といった地域課題解決はもちろん、eスポーツ振興やICT人材育成、ICT企業の誘致や交流促進、子どもたちの学習、高齢者のデジタルデバイドへの対応など多岐にわたる取り組みを連動させていこうと考えています。「欲張り過ぎの目標にも思えるが、行政だけでは難しいことも民間の知恵を組み合わせることで実現できる」という市の姿勢に、民間企業も歩調を合わせ、一緒に「地域課題解決デジタル拠点」の新しいモデルを作ろうと挑んでいます。さらに、今は国の補助金や市の予算を投じている運営についても、将来的には独立採算で自走させたいといいます。

旭川市経済交流課の上田征樹さん
旭川市経済交流課の上田征樹さん

旭川市は、「人材育成などの公共性も考えると難しい挑戦ですが、民間企業や高専などと連携しつつ、収益を生む事業と公共的課題の解決につながる事業とのバランスをとり、持続可能な経営モデルを産官学で創り出していきたい」としています。

本事例のポイント

1. 地域社会DXの取り組み経緯と主な対象分野・市中心部の賑わいの創出、プログラミング的思考体験によるICT関心層の育成、AIやIoTを活用した地域産業の課題解決などを目的として、eスポーツ競技場を中核とする拠点施設「ICTパーク」を2021年2月にオープンした。
2. 基本的な位置づけ・考え方・市の中心部に若者や観光客が滞在できる場所が少ない、子ども達が学校以外でICTに触れることのできる機会を創出する必要がある、といった課題を背景として、旭川市デジタル化推進方針が策定されている。
・本方針の3つの基本目標の内の1つとして「地域課題の解決」を掲げており、それを実現する方法の1つとして、ICTパークの設立が位置付けられている。
3. 推進体制 その1.行政内部の体制・経済部経済交流課が担当しており、関係課とも随時情報共有しながら進めている。
4. 推進体制 その2.住民・企業・大学などとの連携体制・旭川市や市内の教育機関、商工団体及び観光や情報産業の団体、メディア、道外の企業などで構成された「ICTパーク推進協議会」がICTパークの運営管理を担っている。具体的には、ICTパーク推進協議会から協議会メンバーである一般社団法人大雪カムイミンタラDMOに業務委託を行い、DMOが現場での種々イベントの運営やカリキュラムの企画までを担っている。
5. 個別プロジェクトの計画策定・収益を生む事業と公共的課題の解決につながる事業とのバランスをとりながら、持続可能な経営モデルを産官学で創り出していくことを目指している。
6. 個別プロジェクトの進め方・DMOが中心となり、地元の旭川高専や域外の連携企業と共にボトムアップ型でアイデアを出し合いながら企画を運営している。
7. 個別プロジェクトの評価と継続発展・障がいや年齢に関わらず誰もが出来るというeスポーツの特徴を生かしたeスポーツ関連産業の拠点化や共生社会づくりを目指している。
・収益を生む事業と公共的課題の解決につながる事業とのバランスを図りながら、産学官による持続可能な経営モデルの確立に向けて引き続き取り組んでいく。

地域のプロフィル

人口:315,652人(2025年2月1日現在)、面積は747.66㎢

交通の要衝・物流の集積地として発展してきた北北海道の拠点都市。医療福祉施設、教育施設、文化施設、公的機関などの都市機能が充実している。大雪山連峰に抱かれ、豊かな自然が広がる地域で、気候は内陸性、冬は厳しい寒さと多雪に見舞われ、夏は比較的短く湿度が低いのが特徴。北北海道の交通・物流の拠点として卸・小売業、サービス業などが発展しており、農業や、食料品、紙パルプなどの製造業、旭川家具をはじめとした木工、機械金属などのものづくり産業の集積もある。