【課題】若者の県外流出歯止めへ新産業創出目指す
新しい産業を興して、女性や若者に魅力ある就業機会を創出したい――。
佐賀県が進めるDXの大きな狙いの一つは、人材の県内定着です。その背景には、47都道府県でワースト5に入る若い人材の流出率の高さがあります。2023年時点で高校卒業後の進学に伴い8割超が県外に流出しており、就職に伴う流出も3割以上となっています。工場誘致などで就業機会を増やしてきましたが、若者の流出に歯止めをかけるところまでは至っていないのが現状です。そこで、DXによって生産性を高めて賃金水準の改善につなげたり、ICT(情報通信技術)分野など女性や若者にとって魅力がある産業を創出したりする仕掛け作りに取り組んでいます。

【取り組み】DX推進拠点を整備し、DX導入の伴走支援 人材育成、起業の機会も提供
県は、産業DXを進めるにあたり、①広く働きかけ、気づきを促す拠点づくり②県内企業の課題解決に向けたDX推進③DX人材のコミュニティづくり④人材育成――に力点を置きました。
まず着手したのが拠点づくりでした。2018年、全国に先駆けて産業DX推進の拠点となる「佐賀県産業スマート化センター」を開設。県内の銀行、Web制作企業、システムベンダーによるジョイントベンチャーが運営を担当し、390(2025年3月10日時点)社に上るIT関連企業が協力する体制を構築しました。DX推進に必要な各種先進技術を活用することで県内産業の生産性向上や新ビジネスの創出を支援するとともに、人材育成に役立つセミナー開催や、人材やベンダーとのマッチングを実施するなど、企業DXを推進する拠点です。2018年の発足当初から2023年までの取り組みには、内閣府「デジタル田園都市国家構想交付金」を活用しました。

続いて2024年8月には、同センターと連携して、DX全体戦略立案やスタートアップをテーマに企業や起業家の成長に特化した支援を行う新組織「さが産業ミライ創造ベース(愛称:RYO-FU BASE)」を開設させました。愛称のRYO-FU BASEは、幕末佐賀藩が建造した日本初の蒸気船「凌風丸(りょうふうまる)」に由来しています。この名前には、その革新的な精神を受け継ぎ、企業や起業家が自らの力で前進することをサポートするという想いが込められています。この新組織に、佐賀県産業労働部内にあったDXの司令塔、産業DX・スタートアップ推進グループの職員9人のうち8人を派遣する形で、ほぼ丸ごと佐賀県産業振興機構に業務移管することになりました。個々の県内企業の課題解決に向け、DX導入の支援・伴走までを一気通貫で支援できるスキームを構築し、さらにDX人材育成や起業に向けた機会提供のためのコミュニティづくりを推進しています。
具体的には、DXの専門家が年間1,000社を訪問して周り、DXの普及啓蒙や利活用に向けた助言を行う「DXコミュニケータ」、年間20社ほどを対象に専門家が課題整理からDX活用の提案、導入まで伴走支援をする「DXアクセラレータ」、デジタルで稼ぐことをコンセプトに掲げ経営者同士がつながるコミュニティ「DXアルケミスト」などの事業に取り組み、新たな産業創出を促そうとしています。
また、企業だけでなくエンジニアなどのDX人材同士がつながり、実務的なアイデアやノウハウを交換してイノベーションを促す「SAGA Smart Community」が資金面などで支援し、自主的なコミュニティづくりを推進しています。
さらに、人材育成では、中学校卒業以上の年齢層を対象にプログラミングなどを学ぶ「SAGA Smart Samurai X~デジタル二刀流!フレキシブルIT人材育成塾」や、身に付いたデジタルスキルを生かして起業や副業を目指す「SAGA Smart Terakoyaプログラム」を創設。知識を学ぶだけでなく、仕事の獲得、人脈の構築など実践を通じてノウハウを高めていく機会を提供する形で支援を行っています。

【成果】相談数は5年で約6倍 県外からの評価も高く
こうした取り組みが功を奏し、産業スマート化センターの年間の利用者数や相談数は2018年の創設時から、それぞれ約3倍増の4,392人(2023年度)、約6倍増の157(同年度)に増加し、産業DX推進のハブ的存在として県内で広く認識され始めています。また、県内にはデジタルでビジネスを変革するビジョン・戦略・体制などが整っている事業者として経済産業省のDX認定をされている企業が10社ありますが(2025年3月7日時点)、うち3社はRYO-FU BASEのアクセラレータ事業などの支援を受けている企業であるなど、少しずつ成果が見え始めています。
RYO-FU BASEの担当者によると、定量的な成果はこれからというものの、DX人材が県内企業に就職したり、自ら起業したりといったケースが出始めており、県内で活躍するDX人材輩出につながり始めているという手ごたえを感じているといいます。こうした産業DXの拠点づくりやRYO-FU BASEの各事業をはじめとする、県の産業DXの取り組みは、県外からの評価も高く、2024年には「産業DXフロントランナー”SAGA”プロジェクト」として日本DX大賞特別賞を受賞しました。
2018年 | 2019年 | 2020年 | 2021年 | 2022年 | 2023年 | |
利用者数 | 1,488名 | 1,548名 | 2,551名 | 3,148名 | 3,755名 | 4,392名 |
セミナー・イベント参加者数 | 697名 | 677名 | 1,335名 | 1,601名 | 1,888名 | 2,581名 |
相談件数 | 25件 | 68件 | 143件 | 131件 | 164件 | 157件 |
マッチング件数 | 22件 | 61件 | 126件 | 33件 | 30件 | 30件 |
【推進体制】 地方ならではの弱みを強みに つながりで壁を越える
「規模のハンデをつながりで乗り越える」
佐賀県が産業DXを進めてきた考え方のベースには、地方の弱みを強みに変えようという逆転の発想があります。都市部に比べて人口も企業数も少ないという弱みを、地方ならではのつながりの強さといった強みで乗り越えようという方法です。
たとえば、人口や企業の少なさは、逆に考えれば、きめ細やかな個別対応や、地域や分野を超えたコミュニティ作りにつなげやすく、その強みを生かすことで新たなビジネスの創出につながる可能性が高まります。そこで、まずは県がリーダーシップをとってコミュニティづくりなどの底上げや機運醸成につながる支援を継続的に行い、多様な経営者や人材を巻き込み、地域や分野の敷居をこえたオープンイノベーションにつなげるDXの輪を回していくエンジンを作ったのです。
人材についても、地域のつながりを背景に、育成と県内企業のDX推進を同時に進めることで相乗効果を狙いました。知識を学ぶだけでなくビジネスの場で実践する成長機会の提供までを一気通貫で県が支援することで、より実践で役立つ人材を育て、県内企業はその成長機会を提供することでDX化促進を進めていく、といった仕組みです。
RYO-FU BASEと共に様々な事業を進めている企業からも、そうした一連の仕組みは高く評価されています。企業の伴走支援から人材育成までを行政が幅広く支援しながら、実働部隊を佐賀県産業振興機構に移管することで柔軟でスピード感のある対応を実施し、民間のスピード感に合わせた新しいチャレンジができる基盤を築いているといいます。

【展望】成果の可視化とスクラップアンドビルド デジタルを佐賀のビジネスの常識へ
ただ、佐賀県は、DXを広めたいという問題意識で、DXに取り組んでいるわけではありません。この産業DXの最終目標は、あくまでも人材の県外流出を防ぐことです。なので、担当者は、その目的にどう繋げるのかを常に考えながら実践し、施策をフレキシブルに改善していくことが求められています。その実現に向け、重視しているのが、成果の可視化と施策のスクラップアンドビルドです。
成果の可視化は、予算確保や事業を改善していくうえで不可欠です。それを分かりやすく発信し、かつ事業ごとの目標や終了時点を当初から明確にしておくことで、事業開始後の進捗管理がない「やりっぱなし」や「改善を伴わない前年踏襲」といった中途半端な事業の継続を回避できます。新規事業を立ち上げる際には、目標を達成した既存事業をすみやかに廃止し、限られた予算が効率良く回る工夫を講じているといいます。
いま、佐賀県では少しずつ産業DXの成果が見え始めています。しかし、せっかく優秀な人材を育成しても、そうした人材ほど県外での活躍の機会が増え、流出してしまうことも想定されます。そのため、優秀なDX人材を育成し輩出するだけでなく、同時に県内にいかに魅力的なビジネス機会やつながりを作ることができるかが勝負どころだといいます。だからこそ、単純な人材育成だけでなく、起業・副業に向けたTerakoyaプログラムや、同じ立場同士だからこそ悩みを共有できる経営者限定コミュニティ事業のDXアルケミストといったつながりを醸成する施策に力を入れているのです。
個々の人材や企業に向き合う施策は、非常に手間がかかります。佐賀県では、それを丁寧に進めることで、成果を出し、予算の継続的な確保につなげ、「デジタルを佐賀のビジネスの常識に」していきたいとしています。

本事例のポイント
1. 地域社会DXの取り組み経緯と主な対象分野 | ・佐賀県ではかねてより、若者が県外に流出する割合が全国的に見ても高いことが深刻な課題となっており、DXによる生産性向上を通じた賃金水準の改善や、若者や女性などにも親和性があるICT分野における新たな産業を興し、県内に多様な仕事の機会を作っていくことを目指している。 |
2. 基本的な位置づけ・考え方 | ・産業構造が変わり、都市部と地方の関係も変わる中で、佐賀県をチャレンジできる地域へと変革していくことを目指しており、その重要な促進役としてDXを位置づけている。大手企業のような大規模電算システム開発の遅れは地方の中小企業の弱みでもあったが、最近の安価で使いやすいデジタルツールの出現を後発導入の強みに転換すべく、「デジタルを佐賀のビジネスの常識に」を目標に産業DXを進めている。 |
3. 推進体制 その1.行政内部の体制 | ・DXの現場に近い組織を司令塔とすることで、行政の枠にとらわれず、従来以上にアジャイルなPDCAを実現していくことを目指し、佐賀県の産業労働部内にある産業DX・スタートアップ推進グループを2024年8月1日付けで公益財団法人佐賀県産業振興機構に業務移管し、さが産業ミライ創造ベース(愛称:RYO-FU BASE)を開設した。 |
4. 推進体制 その2.住民・企業・大学などとの連携体制 | ・各種プログラムの企画は県がおこない、実行は民間企業に委託する形で進めている。委託先は固定化せず、毎年適宜見直していく柔軟な体制を組んでいる。 |
5. 個別プロジェクトの計画策定 | ・行政としての最終的な目的を常に意識しておくことが重要で、そうすることによって施策を柔軟に変えていくことが出来ると考えて取り組んできた。 |
6. 個別プロジェクトの進め方 | ・具体的な取り組みの中で明らかになった課題に迅速に対応し、必要に応じた施策の追加や見直しを機動的に行うことを重視してきた。 ・新たに事業を始める際には、既存事業のスクラップを行うことを意識してきた。 |
7. 個別プロジェクトの評価と継続発展 | ・予算を継続的に確保することがRYO-FU BASEの課題の一つである。そのためにも、DX人材育成プログラムなどの成果を出来る限り具体的に発信していくこととしている。 |
地域のプロフィル
人口:785,748人(2025年2月1日現在)、面積は2,439㎢
佐賀県は九州の北西部に位置し、東は福岡県、西は長崎県に接し、北は玄界灘、南は有明海に面している。東京まで直線距離で約900km、大阪まで約500kmであるのに対し、朝鮮半島までは約200km足らずと近接しており、大陸文化の窓口として歴史的、文化的に重要な役割を果たしてきた。佐賀県の産業は、第一次産業の比率が全国的に見ても高く、製造業では陶磁器などの伝統産業が広く知られていた。近年は半導体や自動車関連産業の集積が進んでいる。