【課題】大地震による長期停電を踏まえ防災強化
北海道小清水町は、2018年9月6日に発生した北海道胆振東部地震で、それまで経験したことがない大規模な停電「ブラックアウト」を経験しました。長引く停電で、道内の広い範囲で通信基地局の予備電源が枯渇し、通信が途切れ、安全情報の伝達に支障が生じました。その苦い経験を踏まえ、町が取り組んだのが、普段から活用できる防災拠点や通信網など、日常時と非常時という2つのフェーズの垣根をなくしたフェーズフリーの防災・まちづくりです。

【取り組み】日常使いと非常時の垣根をなくすフェーズフリー防災対策
町がまず取り組んだのが、非常時に災害対策本部や一時避難所を設置する防災拠点型複合庁舎「ワタシノ」を役場の向かいに建設することでした。2023年5月にオープンしたこの施設は、フィットネスジムやコインランドリー、カフェ、コミュニティースペースを併設しており、普段から住民に活用してもらうと同時に、災害時にはフィットネスジムは待機所、カフェは炊き出しといった役割を担えるように設計しました。いつもの憩いの場が、災害時には住民に安全を提供できる場所へと変化するハイブリッド型施設を目指したのです。
また、通信ネットワークについても、途切れさせないと同時に、災害時だけでなく日常使いをする「フェーズフリー」を念頭に整備しました。特に災害対策本部が設置されるワタシノには、光回線に加え、低軌道衛星通信サービス「Starlink」を用いた衛星回線を整備。どちらかの回線が使えなくなっても、通信を維持し安全確保のための情報を提供し続けられる環境を構築しました。このほか、暴風雪などの際に避難所となる道の駅や、住民センターなど市内5か所の公共施設にも光回線などを整備。うち山中で電波が届かない「ハイランド小清水キャンプ場」については可搬型のStarlinkを使い、キャンプ場が閉鎖する冬期は、Starlinkを道の駅やイベント会場などに持ち運び活用します。
こうした施設では、利用が安全で簡易なWi-Fiローミング基盤である「OpenRoaming(オープンローミング)※1」や、教育機関や研究機関で使われているWi-Fiローミング基盤「eduroam(エデュローム)※2」に対応したWi-Fiサービスを導入。世界各国で利用されているこうした技術などを導入することで、増えつつあるインバウンドの旅行者は煩雑な手続きなしに利用できるようになり、利便性が高まったといいます。


このほか、防災対策としては、総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の補助事業を活用して、河川や道路に防災用ライブカメラを整備しました。地震や暴風雪で被害が生じる可能性がある河川・主要幹線10か所を監視するもので、その映像は、アクセスが集中しても遅延が生じにくいYouTubeのライブ配信で常時、公開しています。
こうした防災対策と並行して、2024年5月には住民がWeb上で手軽に公金納付やイベントの予約、防災情報をはじめとする町の情報が閲覧・取得できるWebアプリケーション(アプリ)「KOSHiMO」のサービスも開始しました。このシステムもフェーズフリーを考慮し、非常時には避難所における避難者の受付管理に活用できる設計にしました。
※1. OpenRoaming(オープンローミング)・・・最新のWi-Fi技術やサービスの導入・推進を実施するグローバル組織であるWBA(Wireless Broadband Alliance)が支援している国際的な無線LANローミング基盤。一度OpenRoamingの利用登録をしておけば、全世界の OpenRoaming対応の公衆Wi-Fiを設定なしで利用可能となる。既に100を超える国と地域でOpenRoamingが普及しており、300万ヶ所以上で利用可能といわれている。日本が一番進んでおり、世界でも先進的な取り組みとなっている。
※2. eduroam(エデュローム)・・・初等・中等・高等教育機関や研究機関の間でキャンパス無線 LAN の相互利用を実現する、国際的なネットワークローミング利用の仕組み。日本では、国立情報学研究所 (NII) が「eduroam JP」の名称で大学など高等教育機関や研究機関を対象として展開している。
【体制】急ピッチでDX推進 「他力本願」を標榜 国の支援もフル活用
町がデジタル技術の活用を急ピッチで推し進めている背景には、人口が1960年のピーク時の半分以下になっていて、「行政組織も縮小に向かっていかざるを得ない。生活しやすい環境・サービスを維持し改善していくには、デジタル技術の導入は必然」との思いがあります。地域の将来を担う若者を流出させないための最低限の取り組みが、デジタルネイティブなまちづくりなのです。
ただ、DXは当たり前という機運を役場内で醸成するにあたっては、「既存のやり方を変える必要性は無い」「ルールがないのでできない」など、最初は戸惑う声もあったといいます。しかし、総務課内に創設したDX推進室を中心に「なぜ民間でできていることが行政ではできないのか」と問いを投げかけつつ、全課横断の「小清水町デジタル化推進検討委員会」を作り、若手職員を中心に課題や取り組みを共有。また、すべての管理職に対し、「DXの基本的考え方」「小清水町としてDXに注力していく背景」などを徹底的に説明することで、各職場でデジタル化推進検討委員会の若手を応援する体制づくりを進めるなどして前進してきました。

とはいえ、町を取り巻く社会課題は増えつつあり、行政だけで出来ることは限られています。そこで、小清水町が掲げたのが「他力本願の町」でした。丸投げではありません。DX分野を筆頭に積極的に民間企業をはじめとする「他力」と一緒に課題解決を進めていこうという方針です。連携する企業の選定にあたっては、単に「大手だから」「実績があるから」というのではなく、「地域の実態に相応しい取り組みを、一緒に考えて作っていくことができるか」を重視しています。
たとえば、ワタシノのDXを監修した「株式会社イーベース・ソリューションズ」は、行政と連携した実績はありませんでしたが、総務省の「地域活性化起業人制度」を活用することで、2023年度から専門人材を小清水町役場で受け入れDX推進の実務担当として一緒に施策を作りあげています。
予算や人員が限られているなか、地域社会DXを支援する国の制度も積極的に活用しています。ワタシノの建設には、市町村役場機能緊急保全事業債、過疎対策事業債、地方創生推進交付金を活用。DX人材の受け入れや防災用カメラの導入では、それぞれ総務省の地域活性化起業人制度や地域デジタル基盤活用推進事業(補助事業)を利用。KOSHiMOの機能拡充では、2024年度の内閣府の「デジタル田園都市国家構想交付金」を使いました。
【成果】職員の時間的余裕から「攻め」の施策へ
小清水町では、ワタシノのオープン以降、幸いにも大規模災害には見舞われていないため、その防災効果を実証することはまだできていません。ですが、DXの取り組みを経て、目に見えてきた好循環もあるといいます。それが、住民サービスの向上と行政職員の時間的余裕です。たとえば、KOSHiMOのリリース当初、住民の会員登録数の目標は2024年度末までの11か月間で500件を目標にしていましたが、リリース後4か月で目標を達成。目標値を倍の1,000件と上方修正しました。生活者目線でサービス内容を絞り込み、オンライン納付やイベント予約といった住民が利用しやすい分野から先行的にDXを進めてきた成果だといいます。



また、アプリの利用者が増えるのに伴い、住民からの電話の問い合わせが激減。それにより、職員に時間的な余裕が生まれ、従来よりも攻めの仕事が出来るようになってきていることも大きな成果です。時間の余裕ができたことで、より効果的なイベントや企画を提案したり、実施した結果を検証して次の企画に繋げたりといった好循環が生まれ、職員も手ごたえを感じ始めています。実際に各課が独自にDXに取り組み始めており、受身から主体的に取り組むDXにステップアップしつつあります。
連携した企業も「『DX=デジタル化』と認識しているトップが多いなか、『DX=行政の仕事の内容や進め方自体を根本的に変えていく取り組み』という考え方を、首長を筆頭に管理職層が徹底している。他の市町村で5~10年かかることを、小清水町は3年程度でやり遂げるスピード感がある」と指摘します。
【展望】フェーズフリーでDX拡大 「他力本願アプロ-チ」で理想実現
DXが徐々に浸透してきた小清水町で、いま課題となっているのが、住民のデジタルリテラシーの向上です。災害時には、防災情報の入手や各種連絡をデジタル上で行ってもらうことを想定していますが、災害が起きてから初めて使うのではうまくいかないと考えています。そこで、普段から使ってもらうために毎週4日間、スマートフォンなどの相談窓口を設置。また、GIGAスクール事業で子どもたちに配布しているPCに、KOSHiMOアプリを組み込むことで、子供たちやその家族のデジタルリテラシーを向上させ、中長期的には子供たちに地元への関心や愛着を持ってもらうことで人口流出を防ぎたいと考えています。

小清水町では今後も、日常の生活を豊かにし、非常時にも役立つというフェーズフリーを掲げ、デジタル技術の日常での活用も進めていく方針です。具体的には、Starlinkの基地局を夏のイベント会場に設置し、インスタグラムなど情報発信に活用してもらったり、警察と連携して各所のライブカメラに見守り機能も持たせたりすることを考えています。DXを進めていくにあたり、重要なのは町としてどうなりたいか、何を大切にしたいかという基軸を持つことを土台に、住民や事業者と連携する「他力本願アプローチ」をさらに進めたいとしています。
本事例のポイント
1. 地域社会DXの取り組み経緯と主な対象分野 | ・大規模災害に備え、衛星回線と光回線を併用した通信網を構築し、災害に強いまちづくりを進めている。 |
2. 基本的な位置づけ・考え方 | ・この地域の将来を担っていくデジタルネイティブ世代を流出させないためにデジタルネイティブなまちづくりを目指し、DXは一つの選択肢ではなく、地域経営の大前提と位置づけている。 |
3. 推進体制 その1. 行政内部の体制 | ・地域社会DXへの取り組みを組織的かつ継続的な活動にすべく、全課から1~2名、計20名程度が参画する小清水町デジタル化推進検討委員会を設置。 ・DX推進室に地域活性化起業人制度を活用し、民間企業からのDX人材を受け入れている。 |
4. 推進体制 その2.住民・企業・大学などとの連携体制 | ・行政だけで出来ることは今後ますます限られていくとの認識のもと、パートナーとして適切な民間企業とともに地域課題の解決を進めている。 |
5. 個別プロジェクトの計画策定 | ・大規模災害に備え、通信網やライブカメラを整備・設置するとともに、その活用促進を目的として、住民のデジタルリテラシー向上のための対策も展開している。 ・DXを進める際には、行政職員の時間的余裕を生み出すことも狙いの一つとしている。 |
6. 個別プロジェクトの進め方 | ・効果を最大化するため、要件定義はシステム開発の委託先に丸投げすることなく、担当課の職員が一緒にやることとしている。 |
7. 個別プロジェクトの評価と継続発展 | ・役場内にも住民にも、デジタル技術を基盤にした地域経営のマインドが一定程度浸透してきている。このマインドによって、小清水町役場にもあった縦割り発想を超えた横断的連携が始まっている。 |
地域のプロフィル
人口:4,322人(2025年3月1日現在)、面積は286.89㎢
小清水町は北海道東北部に位置し、オホーツク海に面した自然豊かな地域。冷涼な気候で、冬は寒さが厳しく夏は比較的涼しい。開拓時代から農業が中心で、特にジャガイモ、小麦や甜菜(てんさい)の生産が盛ん。年間約40万人が訪れる観光地でもある。