スマート農業へ スタートアップとCATV事業者がタッグ
名古屋市の南から伊勢湾に突き出すように南北に伸びる知多半島は、北に臨海工業地帯、南に漁港や離島などの観光地を擁し、中央に広がる丘陵地では畜産や農業が行われるなど多彩な顔を持ちます。特に農業は1960年代に愛知用水が整備されて開発が進みました。半島の付け根にある愛知県知多市でも、タマネギやキャベツなどが栽培されており、愛知県が全国シェアの4割を占めるフキは、隣の東海市とともに生産の大半を担っています。しかし、都市化や少子高齢化などで知多市の販売農家数は2020年までの10年間で66%に、販売農家世帯員数は56%に減少。後継者の育成や新規就農者の確保、低コストで高品質・高効率な生産技術の確立・導入などが課題となっています。そこで注目を集めているのが、市内のミニトマトを栽培するハウスで行われている次世代型スマート農業に向けた試み。AIとロボットで有機農業の自動化を目指すスタートアップ企業「株式会社トクイテン(トクイテン)」(名古屋市)と、地元ケーブルテレビ事業者「知多メディアスネットワーク株式会社(知多メディアス)」(愛知県東海市)がタッグを組み、収穫ロボットの開発と圃場の通信環境整備に挑んでいます。

高速大容量・低遅延で電波が干渉されない通信を
「ここで農業をやりたいという人が増えないと、地元の産業として衰退していくばかり。農業をもっと魅力あるものにして、やりたい職業の選択肢になるような業態にしないと」。知多メディアスの若山裕之技術サービス部長は、トクイテンから、広さ2,000㎡のハウス内の通信環境整備について相談を受けた時、「地元の通信インフラ業として、これはぜひ、やらないといけない」と思ったそうです。それまで、知多メディアスでは河川の水位や冠水地点を検知する防災対策などの実績はありましたが、農業分野や大容量の高速通信を手掛けるのは初めて。まして、ハウス内でロボットにミニトマトを収穫させて省力化を図るという、抱いていた農業のイメージと全く違う構想を聞き、戸惑いもありましたが、現地や開発中のロボットを見せてもらい、「地元の様々な課題に最適な通信インフラを提案できるよう準備を進めておくべきだ」と、一緒にチャレンジすることを決めたといいます。

ロボットをハウス内で運用するには、課題がいくつかありました。まず、遠隔操作でも正確に動かすために必要となる、安定した「高速大容量、低遅延」の通信が可能であること。加えて、株の枝や葉で電波が干渉を受けないこと、将来の普及を考えた農場の規模に応じた通信環境モデルの構築や低コスト化なども求められました。両社は、これらの解決策を探るため、総務省「令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業を活用し、実証実験を行いました。
実験では、高速大容量で低遅延の「ローカル5 G」に加え、2023年末に制度化された高速・低遅延の新しい通信規格「Wi-Fi7」も使いました。まず、ハウスの外に高出力のローカル5Gの基地局を設置し、ハウス全体をカバーできるかを検証。Wi-Fi7は、通信範囲が直径30mと限られているため、ハウスの真ん中に中継局を置いて、面的に全体をカバーさせる方法を取りました。普通であれば、中継局を置くとそこまでの電源工事が必要となりますが、実証では、太陽光発電のソーラーパネルとバッテリーをセットにした自律電源型としました。

「これなら、将来、既設のハウスに通信設備を導入したいと言われた時、ポンと置くだけで済みます。農家の負担が減れば、DXも始めやすくなりますから」と、知多メディアスの技術担当の稲垣さんは説明します。
また、Wi-Fi7には、MLO(Multi-Link Operation)という技術が使われており、2.4GHz、5GHz、6GHzの三つの周波数帯を同時に利用できるため、安定した大容量の高速通信が可能になり、株の干渉も受けにくくなることが期待されました。

レール上を移動、ミニトマト画像を送りながら収穫
ロボットは、2023年度に試したものに変更を加えました。2023年度に試したのは、ロボットに取り付けたカメラから送られてきた映像を見ながら操作する「遠隔操縦型」で、ミニトマトを吸引して収穫する仕組みでした。しかし、正確な操作が必要で収穫速度にも課題がありました。そこで、2024年度の実証事業では、現場で得た知見をフィードバックし、「画像自動認識型」に改良しました。
まず、ロボットのカメラでミニトマトの画像を撮影し、農場内の事務室に設置したサーバーに送信。事務室にあるサーバーが色などでトマトの熟度を自動判定し、収穫すべき“目標”の位置情報を送り返します。すると、ロボットに取り付けた象の鼻のようなノズルが、枝から下がったミニトマトを器用に探り当て、「シュボッ、シュボッ」と音をたてながら吸い込みます。これなら、“目標”が少しずれてもノズルが吸い込んでくれます。ロボットは、畝に敷かれたレールの上を自動で移動して、次の画像を送っては、熟したトマトを収穫するという作業を繰り返します。

開発を担当するトクイテンの森裕紀取締役は、早稲田大学次世代ロボット研究機構の研究院客員准教授・客員主任研究員でもあります。「農業はロボットやAIを始めとする知能研究の最前線。ただ実用化に向けては、良いロボットを作ればいいというのではなく、全体を最適化すべきだ」として、現場の知見に合わせてロボットを柔軟に変えていくとともに、農場側もロボットを活用するのに最適化された環境を作っていく必要性を指摘します。

実証事業の結果、ローカル5GとWi-Fi7は、いずれも目標値(通信速度250Mbps以上、遅延20 msec以下)をクリアし、株の干渉も現在のところ影響はないとのデータが得られました。Wi-Fi7は最新規格であることから、対応する端末がなかったり、パソコンとの接続がうまくいかなかったりといった問題もありましたが、稲垣さんらは、Wi-Fi7が普及していけば解決するだろうと見ています。ただ、今後は、株がさらに成長した際の電波への干渉を見極めたり、Wi-Fi7中継局の電源に使う太陽光発電の発電量をビニールハウス内でも十分確保する方策を検討したり、といった課題が残っているそうです。
スマート化が進むほど求められる通信インフラ
トクイテンは2025年度、現在より5倍広い1ha(ヘクタール)のハウスでミニトマトの栽培を始める予定です。森さんらは、Wi-Fi7を利用し、農場が大規模化された時の影響を調べるとともに、収穫ロボット(重さ約200kg)を移動させるロボットや他の農作業を行うロボットなどの開発も考えています。「まず、収穫ロボットの導入で人件費を半分にするのが目標」と、森さんは意気込みを見せます。また、通信については、「農場が大規模化するほど配線工事が要らない無線化が必要になってくるし、農業のスマート化が進むほど、データ収集やロボット制御のための通信ネットワークが自然に求められていく」と見ています。


こうしたトクイテンの取り組みは、若手後継者や新規就農者から注目され、知多メディアスが隣接市で開いている農業関係者らとの情報交換会でも、「うちでもやってみたい」との声が上がるそうです。しかし、「昔ながらの農家には興味を持ってもらえず、二極化している状況」と稲垣さんは言います。都市圏に近い知多半島には、多くの観光客が訪れます。今回の実証事業を行ったハウスにもミニトマトの直売所が設けられていて、「おいしい」との口コミから午前中に売り切れてしまうこともあり、農産物に対するニーズは高いと言えます。
ほかにも、果樹園などではイチゴ狩りやミカン狩りも行われていますが、「予約なども含めてDX化は、あまり進んでいないのが現状です。ネットワーク環境があれば、省力化や効率化などできることはたくさんあります。行政と一緒に情報を発信しながら、まずは、基本的な通信環境を整え、安価で最適な通信インフラを安定的に農家に提供していきたい。それが、小回りの効く地元通信事業者の仕事だと思っています」と稲垣さんは話していました。
今回の取材の際には、現地で実証視察会が行われ、総務省の川崎ひでと総務大臣政務官もトクイテンのハウスを視察しました。川崎ひでと総務大臣政務官は、「こうした新しい取り組みが出てくると、興味を持ち、総務省の支援なども使ってやってみようと考える人が増えてきます。このような好事例は、地元で宣伝していただくとともに、総務省側でもピックアップして全国に広めていきたいと考えています。」と今後の取り組みについて語りました。
