【課題】高齢化による生産性低下、人手不足が深刻化
津南町は農業が盛んで、特産品に雪下にんじん、アスパラガス、スイートコーン、キャベツなどがあります。養豚や園芸も盛んで、ユリの最高品種・カサブランカは日本一の産地としても知られています。整備された田畑が親から子に継承されていることもあり、2019年度から2023年度までに農業法人が12法人設立され、うち10法人が、30~50代前半の子世代が中心となっています。また、法人による集約化を通じた規模拡大や生産性向上を目指す取り組みが見られています。
とはいえ、65歳以上の高齢者が町の人口の44.6%以上(2025年2月末時点)を占めているという現状が及ぼす影響は小さくありません。農家でも高齢化が進むなか、農作物の収穫量が低下したり、鳥獣への対策が追いつかずに田畑が荒らされて大きな被害が生じたりする問題が深刻化。労働力の確保や省力化といった課題の解決が急務となっています。そこで、若い世代も前向きに農業に取り組んでいるという、津南町の強みを武器に、より魅力のある農業に変革していくという目標を掲げ、デジタル技術を活用した様々なDXのプロジェクトに取り組み始めています。

【取り組み】ロボットトラクターや、センサーによる栽培環境の監視で省力&効率化
「町の農業をデジタル技術で変革していく」。その実現に向けて、まず取り組んだのが農林水産省の補助事業「スマート農業実証プロジェクト」を活用した農業のスマート化でした。期間は2020年度から2年間。代表機関の新潟県を中心に、高齢化で耕作が難しくなった農地などを借り受け農業振興に挑んでいる地元企業「株式会社津南アグリ」や、農業機械を取り扱っている「ヤンマーアグリジャパン株式会社」などとコンソーシアムを結成し、津南町の畑を舞台に農業のスマート化を図りました。自動運転で動くロボットトラクターや、ラジコン除草機、キャベツ収穫機などを導入し、ドローンを使った生育状況のモニタリングなども合わせて、町の特産品でもある雪下にんじんとキャベツの2品について省力化や生産性の向上を試みたのです。

また、2021年度には、実証プロジェクトと同時進行する形で、農林水産省の農山漁村振興交付金を活用し、町独自のLPWAを活用した生産性向上プロジェクトも始動させました。2か年計画で費用は計4,000万円。「LPWA」という無線通信技術を使ってユリや稲の栽培を効率化したり、鳥獣被害を防いだりして、省力化や生産性の向上を図り、若い世代を中心に農業DXに興味を持ってもらうのが狙いです。具体的には、地元農家の協力を得てユリ栽培ハウスや水田などに、消費電力が少なく、広域・長距離通信が可能なLPWAと栽培環境をモニタリングするための各種センサーを整備。水田の水位などを調べて自動給水装置を連動させることで適切な水位を保ったり、ハウス内の環境をモニタリングしてユリの栽培に最適な環境を常に維持したりするなどして、生産性を上げることを目指しました。農業用のため池には静止画を送信できるカメラを設置して、水位も監視。鳥獣が出没するエリアには、ワナが稼働すると感知するセンサーや監視カメラなどを設置し、見回りなどにかかる手間を省力化したのです。
【成果】労力削減を実感 若手にDX機運もたらす
ロボットトラクターなどを導入した「スマート農業実証プロジェクト」では、スマート農業機械を利用することで、当初の目標である「労働時間の35%程度の削減」については概ね達成。一方で、「収穫量の10%向上」という目標は、気候条件など、収穫量に影響を与える可能性のある様々な要因があるため、少なくとも今後、数か年のデータを収集して判断していく必要があります。ラジコン除草機の活用によって、大幅に農家の方の負担を軽減することができました。
また、各種センサーを用いたLPWAを活用した生産性向上プロジェクトでは、短期間の取り組みとあって生産性向上の効果を確認するのは難しかったものの、副次効果として若手農家を中心にデジタル技術への関心が高まり、町独自の補助事業である「農業用ドローン操作免許取得費補助」を活用することで、ドローン操作免許の取得が40人にのぼるなど、DX機運の高まりに有益だったといいます。
一方で、鳥獣被害対策については、取り組みを広げるにはさらに費用をかけてネットワークを広げなくてはならないことや、今回の取り組みではそこまでの効果が実感できなかったことから当面は実装を見送ることに決めました。実装を見送るかどうかという判断を下せたこともプロジェクトの成果の一つとしています。
【体制】町長のリーダーシップで幹部ら中心に推進 外部の知見も
こうしたプロジェクトの実施にあたっては、「10年先には絶対に必要になっているものだから、今から農業のスマート化を町として全力で推進していく」として、桑原悠町長の指揮のもと、担当である農林振興課長が中心となって強力に推進してきました。生産者や農業協同組合といったステークホルダーとも丁寧に連携し、検討を重ねてきたといいます。2021年に発表した津南町総合振興計画の中でも「スマート農業の普及促進」は、「主な取組」として位置付けられました。

通信ネットワークとセンサーを使って生産性を向上させるような試みは、成果が見えるまでに何年もかかることがあります。町長をはじめ、町の幹部自らが推進してきた根底には「本当に成功するか分からない不確実な取り組みだけに、幹部が動かないと」との思いがありました。担当課職員も「費用対効果など不透明な部分があり、ボトムアップで提案した場合、予算化できるかは分からなかった」と振り返ります。
取り組む際には、新潟県から知識を持った職員を派遣してもらったり、新潟県農業普及指導センターにハウス栽培のデータ分析を依頼したりするなど、外部の人材・ノウハウをフルに活用することも大きな経験になりました。最先端の農業機械や通信ネットワークなどで実績のある企業と、町や地元企業、農家などが連携し、専門家を紹介してもらうなど、知見や人脈も広がったといいます。
【展望】農業から他分野へDX広げ、町のインフラに
段階 | 取り組み概要 |
第1段階 | 【DXへの関心喚起】 ・実験的プロジェクトを立ち上げ、農家のユーザーにDXの可能性とメリットを感じていただく ・それにより農業DXへの支持が広がり、町としてさらにDXを推進できる環境を創る |
第2段階 | 【DX効果の具体化と先行的実践者の支援】 ・本格的プロジェクトを立ちあげ、農家の更なる参画を得て、効果検証を具体化する ・同時に、金銭面とノウハウ共有の双方の観点から各農家・農業法人のDX導入を支援していく |
第3段階 | 【DXのまちづくりインフラ化】 ・より多くの農家・農業法人がDXを進め、生産性向上及び収益拡大を実現し、町が運営する情報通信インフラや各種センサーの維持コストの一部を支払うことのできる状態になる ・情報通信インフラの強化及び低コスト運営を進め、農業分野以外でも活用を図っていく方針であり、農林振興課から他課へLPWA活用の働きかけを始めている →福祉分野:高齢者の見守りにLPWAを活用した仕組みを作ること →教育分野:子供たちの見守りにLPWAを活用した仕組みを作ること →観光分野:真夏に開催するイベント「津南町ひまわり広場」の場に訪れる観光客の熱中症対策の仕組みを作ること |
津南町はいま、こうしたDXの取り組みを農業だけでなく、様々な分野に広げていき、町のインフラとして持続的に活用していくことを目指しています。たとえば、農業ではより多くの農家や農業法人に利用を広げ、維持コストの一部を生産者に負担してもらって維持する実装段階にステップを進めていくことを目標にしています。
また、通信インフラについては、LPWAを高齢者や子どもたちの見守りにも活用するなど、活用分野を広げ、「デジタル技術を町のインフラにしていきたい」としています。
本事例のポイント
1. 地域社会DXの取り組み経緯と主な対象分野 | 津南町の基幹産業である農業のスマート化を推進。露地野菜栽培の効率化及び収穫量増加、ユリ栽培の熟練技術の伝承、水田・水管理の負荷軽減、鳥獣被害対策におけるICT(情報通信技術)活用を進めている。 |
2. 基本的な位置づけ・考え方 | ・トップ(町長と農林振興課長)が「10年先には絶対に必要になっているものだから、今から農業のスマート化を町として全力で推進していく」とのビジョンを示し、強いリーダーシップで推進している。 ・豪雪地域に適した電波伝送モデルを現場で探るなど、津南町の実態に適した通信設備の設置・運用を図っている。 |
3. 推進体制 その1.行政内部の体制 | ・町長が掲げるDX推進の方向性に基づき、農林振興課が具体的なプロジェクトを立案実行している。 |
4. 推進体制 その2.住民・企業・大学などとの連携体制 | ・地域の農家、猟友会、土地改良区職員の参画を得て実証事業を推進。 ・県の人材・ノウハウを活用するとともに、スマート農業のハードやソフトを持つ民間企業と連携している。 |
5. 個別プロジェクトの計画策定 | ・町としての取り組みが未だ具体化できていない模索段階から、農業協同組合(JA)やICT利活用に積極的な生産者など、キーパーソンとなる方々をワークショップに招き、津南町のスマート農業の在り方を共に検討した。 ・プロジェクトの具体的な成果目標について定量的目標と定性的目標に分けて掲げた。 |
6. 個別プロジェクトの進め方 | ・農家にデジタル技術活用の可能性やメリットを感じてもらうことを最大の目標として取り組んだ。 |
7. 個別プロジェクトの評価と継続発展 | ・確認できている農業スマート化の効果は限定的な段階であるが、その効果が農家をはじめとする関係者に共有されることで、さらに機械化・デジタル化を加速する機運が生まれている。 ・LPWAの活用を農業分野から他分野へ拡大していく動きを始めている。 |
地域のプロフィル
人口:8,413人(2025年2月末)、面積は170.21㎢
津南町は新潟県の最南端に位置し、長野県に接する山間の町で、信濃川が流れ、美しい棚田や広大な農地が広がる自然豊かな地域を形成している。豪雪地帯として知られ、冬には積雪が数メートルに達することもあるなど、1年の約3分の1は雪に覆われる地域である。
津南町の産業は農業が中心で、魚沼コシヒカリやオリエンタルユリといった名産品をはじめ、野菜や畜産などバランスの取れた農業構造をもつ。また、豪雪地帯の特性を生かした「津南の雪下にんじん」も特産品として注目されている。