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消防・防災

デジタルツイン活用で効率的な雪害対策システム構築へ

石川県加賀市

雪害対策からスタート 加賀市の「デジタルツイン」を活用した街づくり

石川県の最南端に位置する加賀市。加賀温泉郷をはじめとする観光資源に恵まれ、古くから観光産業と部品製造業が地元経済を支えてきました。その一方で、冬場には雪害に見舞われることも珍しくなく、その被害をいかに防ぐか頭を悩ませてきました。2025年2月上旬も、加賀市を含む加賀地方に大雪警報が発令され、加賀市山中温泉中津原町の最大積雪量は80cmを超えました。

そうしたなか、加賀市は雪害対策DXの取り組みを本格化させています。解決策のキーワードは「デジタルツイン」。現実の状況をコンピューター内に再現する技術を活用し、市は雪害対策だけでなく、様々な施策に広げていこうとしています。

積雪量や降雪予測から「スタック」の可能性を提示

加賀市がデジタル技術の活用を本格的に模索し始めたのは、2014年、民間の有識者グループ「日本創成会議」のレポートがきっかけでした。全国1,799の地方公共団体のうち、加賀市を含む896の地方公共団体が「消滅可能性都市」とされたのです。実際、加賀市の人口は6万2,000人(2024年4月1日現在)で、バブル期の8万人から40年弱で2万人減少しています。その背景には、基幹産業の一つである部品製造は下請けが多く産業が集積しにくいこと、また観光業も、社員旅行などに支えられた温泉地の観光客数は1980年代後半の年間約400万人をピークに減少しているという状況がありました。

そこで、加賀市が活路を求めたのが、デジタル技術の積極的な導入でした。人材育成とともに市の成長戦略として位置づけ、2019年には市内の産業団体や市民団体と共に「加賀市スマートシティ推進官民連携協議会」を設立。先端技術を扱う企業を誘致するなどして、官民連携で様々な地域課題の解決を目指そうとしています。

喫緊の地域課題の一つは雪害対策でした。2018年2月に北陸地方を襲った記録的な大雪では、市内の幹線道路で大規模な車の立ち往生(スタック)が発生し、交通網が数日間にわたり麻痺する事態に追い込まれました。その解決策の一つとして出てきたアイデアが「デジタルツイン」です。デジタルツインとは、IoTやAIなどの技術を用いて仮想空間に物理空間の環境を再現し、状況の見える化やシミュレーション、将来を予測することができる新しい技術です。これを進めていくために、2022年3月に有識者らによる「加賀市デジタルツインコンソーシアム」を設立し、分科会での議論も経て、総務省「令和5年度地域デジタル基盤活用推進事業」の実証事業に応募。デジタルツインを活用した雪害対策に乗り出しました。

記録的な大雪によって発生した大規模な車両スタックの様子(2018年2月、加賀市内で)
記録的な大雪によって発生した大規模な車両スタックの様子(2018年2月、加賀市内で)

実証事業で技術面の中心となったのが、協議会のメンバーでもある「株式会社NTTデータ北陸」と「西日本電信電話株式会社 (NTT 西日本)」。加えて、雪害対策システムは、「北陸先端科学技術大学院大学」の丹康雄副学長、「国立大学法人福井大学」の藤本明宏工学研究科准教授の技術支援のもとで、通信距離が長く広域で使える新しい無線通信「Wi-Fi  HaLow」を採用しました。「清水建設株式会社」から雪害対策に関するノウハウ提供の協力も得て、構築を進めました。

道路の除雪作業が遅れたり行き届かなくなると、交通渋滞や事故の発生リスクが高まります。また凍結防止剤を計画的に散布することで、予防することも重要な作業となります。特に加賀市は、多極分散型都市構造のために除雪作業が必要な道路の数も比較的多く、生産性を高めることが必要です。

「雪害で大規模な車両スタックが生じた場合、その原因は、事前に降雪量や路面状態を予測できず、集中して除雪作業を行わなければならないエリアの選択や限られたリソースを勘案した除雪開始時刻の設定の困難さや、除雪が間に合わない場合の通行止めの即時判断が難しいため、という仮説を立てました」

株式会社NTTデータ北陸社会基盤事業部営業統括部の浅妻健太郎営業担当課長代理は、当時をそう振り返ります。路面の雪氷状態の予測や、除雪作業開始の判断、除雪の優先エリアの選択などを示す、客観データが除雪オペレーションの指令部に届けられれば、除雪作業の生産性が高まり、地域課題の解決につながると想定したのです。

そこで実証事業では、まず、幹線道路などの屋外に設置されたカメラで収集した画像データに対して独自のAI技術を用いて「車両交通量データ」をリアルタイムで取得し、気象予測会社から得られる「気象予測データ」と組み合わせて、未来の路面状況(乾燥、凍結など)や車両がスタックする危険性を予測しました。更に、その予測情報に独自の処理を加えることで、除雪の開始時期、凍結防止剤散布のタイミングなどを割り出すデータ分析も行うことができ、デジタルツインを活用したシミュレーションを実現しました。

雪害対策システムの画面イメージ
雪害対策システムの画面イメージ

浅妻さんは、「精度は十分に実装レベル。官民の協業によってこのまま予測精度を上げていけば、除雪が必要なピンポイントの地域や時間帯をシステム上で判断でき、効率的な雪害対策ができるようになると考えています」と手ごたえを語ります。また、市が除雪作業を実施している現状のタイミングと、仮想空間ではじきだされた適切な除雪タイミングにはズレが生じることなどもシミュレーションで判明しました。

本来、市の除雪作業は翌日午前2時と午前5時に行われていました。夜に積雪があった場合、加賀市は通常、翌朝の通勤ラッシュの前にまとめて除雪作業を行っているためです。一方で実証事業にて、デジタルツインを活用したシミュレーションは、適切な除雪のタイミングとして降雪直後の午後9時を導き出しました。浅妻さんは、「市の実際のオペレーションもふまえ、市民の方にとって一番便利なタイミングを検討していきたい」としています。

デジタルツインの未来像

デジタルツインを活用した雪害対策では、雪害を減らし住民の生命と財産を守るのはもちろん、雪害対策にかかる労力や財政負担も同時に軽減するねらいがあります。人口減少が進むなか、住民の間では除雪作業の人手不足が不安視されつつあります。加賀市で暮らす70代の男性は「加賀市内は、昔ながらの町並みが保存されて趣があるものの、道幅が狭く除雪作業に不向きな場所があります。毎年冬になると、雪が降り積もったらどうしようと不安になります」といいます。

温暖化で大雪の頻度が増える可能性も指摘されているなか、除雪関連費の増大も懸念されています。

今回の実証事業にかかった費用は、カメラや無線通信なども含めて4,896万円。こうしたデジタルツインシステムの構築・実装には費用がかかりますが株式会社NTTデータ北陸の社会基盤事業部営業統括部の山下雅代営業担当部長は、「雪害の発生予測や対策シミュレーションが可能となることで除雪作業の最適化が実現されれば、除雪費の増加が抑制され、財政圧迫の軽減が可能になると考えています」といいます。加賀市は今後、デジタルツインの技術で得た知見を雪害対策だけでなく、様々な行政サービスに生かしていくことを目指しています。

加賀市イノベーション推進部地域デジタル課の中村聡主査は「今回の雪害対策モデルの実証を通じ、デジタルツインで何ができるのかがひとつ明確となったことで、さらなる利活用の広がりに手ごたえを得ることができました」と話します。たとえば、地震による津波AI予測や水道管劣化AI予測、物流サービスや3D地図を活用した空路と陸路の連携など、さまざまな産業がデジタルツインを通じて集積するイメージができるようになりました。

加賀市の雪害対策システムの構築を進めた加賀市の鳥野さん、中村さん、株式会社NTTデータ北陸の山下さん、浅妻さんの集合写真
加賀市の雪害対策システムの構築を進めた加賀市の鳥野さん、中村さん、株式会社NTTデータ北陸の山下さん、浅妻さん(左から)

AI人材育成 新産業を創出へ

また、加賀市は、宮元陸市長の掲げる「新たな産業を創出するためには人材育成が必要」という考えのもとで、技術の活用だけでなく人材育成にも力を入れています。2024年11月には、「日本マイクロソフト株式会社」と生成AIの活用やスタートアップ支援における先行モデルの導入に向けた包括連携協定を締結。同社と連携し、AI人材育成の中核拠点として「Microsoft AI & Innovation Center」を加賀市内に開設しました。 AIをはじめ先端分野を担う人材を加賀市内で育てることによって、加賀市は新産業の創出につなげるとともに、消滅可能性都市からの脱却を図る考えです。加賀市イノベーション推進部地域デジタル課の鳥野耕二主事も、「デジタルツインやAIなど、様々なデジタル技術を活用していくには、そのための人材が欠かせません。防災や交通など様々な分野の行政サービスに、デジタル技術を活かしていきたい」と話しています。

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