年500万人訪れる秩父市、観光客が休日に集中
埼玉県北西部にある人口5万7,212人(2025年1月)の秩父市は、都心まで約60~80kmと近い一方で、面積の87%を森林が占めるなど、豊かな自然に恵まれています。三峯神社、秩父神社など長い歴史のある神社や美しい公園といった観光スポットも多く、年間500万人以上が訪れる観光地として栄えています。都心にほど近い「ちかいなか」をPRして観光客の受け入れに力を入れていますが、休日に観光客が集中して渋滞や混雑が生じ、回遊が思うように進まないといった課題が浮上していました。そこで、市と埼玉県内の地元企業が連携して、AIカメラなどを使い、観光スポット周辺の混雑状況などの「見える化」に取り組み始めています。
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混雑状況やお店情報を発信、分散・回遊促す
「秩父市の観光をめぐる最大の課題は、『需要の平準化』です」
秩父市先端技術推進課の田中健太アシスタントマネージャーは、そう指摘します。都心から近く観光客が気軽に来訪できる一方、特定の観光スポットや休日などに来訪者が集中。もともと日帰り客が全体の7割以上と多いうえ、渋滞の待ち時間もあいまって回遊が進まず、思うような消費行動につながっていないのではないか――。総務省「地域活性化起業人」制度で、2022年に大手旅行会社から秩父市に派遣され観光振興に取り組むなか、田中さんはそんな課題を感じていたといいます。
そうした状況を打開しようと、まず市が取り組んだのが、混雑の「見える化」でした。総務省「令和5年度地域課題解決のためのスマートシティ推進事業」を活用し、山中にありながら年間約60万人もの参拝客が訪れる三峯神社最寄りの市営駐車場の混雑緩和に乗り出したのです。
神社に続く1本道は、休日になるとひどい渋滞が発生し、過去には25kmもの渋滞が生じたこともあるといいます。神社近くの市営駐車場に入るために何時間も車の中で過ごさざるを得ないため、消費行動にもつながらず、せっかく秩父を訪れても三峰山周辺にだけ立ち寄って帰る人も少なくありませんでした。
そこで、道路上や神社近くの駐車場にAIカメラを設置し、渋滞や駐車場の空き状況を撮影しAIで解析。「駐車場まで渋滞」「空いています」といった解析結果をポータルサイトで発信するとともに、付近の飲食店や観光スポット、土産物店などの情報も合わせて提供する取り組みを開始したのです。「混雑時は他の場所に誘導して楽しんでもらうことで、観光客の満足度を高めていきたい」と、同課の笠井知洋課長も期待を寄せます。

AIカメラを街なかにも設置 人流データなど活用へ

そうした取り組みのなか、地元埼玉のIT企業「株式会社アーベルソフト」(埼玉県坂戸市)からある提案が寄せられました。
「別のスポットでもAIカメラを活用してみませんか」
その提案をもとに取り組み始めたのが、街なかの混雑状況の「見える化」です。総務省「令和6年度地域デジタル基盤活用推進事業」の補助事業を活用し、秩父駅前や、秩父神社の表参道である番場通りなどにAIカメラを設置。参道の混雑状況や駅前駐車場の空き状況、観光の「足」となるタクシー待機列の有無などをAIで解析して、観光客にポータルサイトを通じて発信。同時に、人流や車両数といった基礎データを市が把握する仕組みです。
特に秩父神社参道は、歩行者と車とを分ける縁石やガードレールがないため、混雑すると接触事故が発生するリスクが高まることが指摘されていました。事前に混雑状況を発信することで、観光客の分散を図り、混雑を緩和する狙いがあります。
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また、「夜間に観光したいが移動手段があるか不安で出かけられない」という声に応え、駅前で待機するタクシーの有無を発信。夜間の人流、消費を活性化する仕組みも構築しました。
これらの映像を送る通信網には、伝送距離が最大1kmと長く、ランニングコストが安価なWi-Fi HaLowという新しい通信規格を選びました。送った画像は1週間、クラウド上で保管し、AIで解析した人数や車両数は、観光施策を考える基礎データとして市が活用する計画です。
地元IT企業が防災DXのノウハウ応用、事業担う
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また、年間約40万人が訪れる「道の駅ちちぶ」の駐車場の混雑具合もAIカメラで解析し、通常のWi-Fi無線を通じて発信するための仕組みも構築。「駐車場の空き状況を見て、満車時は他の観光スポットを楽しむなどしてから来てもらえればうれしい」と、道の駅ちちぶを運営する「株式会社ちちぶ観光機構」の山岸剛代表取締役も混雑状況の平準化に期待を寄せます。
2024年度の街なかの混雑の見える化には、総額1,000万円以上かかりましたが、うち500万円弱を総務省の補助金でまかない、残り全額を事業の代表機関を務める株式会社アーベルソフトが負担しました。「新しいビジネスモデルを創出し横展開ができれば、私たち地元企業にもメリットがある。そう考えて費用負担を決めました」と、アーベルソフトの矢吹武重担当部長は説明します。
これまで、同社は県内市町村と共に河川水位やアンダーパスの冠水状況などを監視する地域情報写真配信サービス「ビューちゃんねる」に取り組んできました。そのノウハウを、観光など他分野にも応用しようと考えており、新しい通信規格も試すことができる総務省の補助事業は非常にありがたかったといいます。
「大企業のような研究開発費はありませんが、地元のDXに貢献したい気持ちは大きいです。地域デジタル基盤活用推進事業の補助事業は、申請手続きが必要である ものの、地元中小企業にも門戸が開かれており、地域ぐるみの挑戦、実装を後押ししてくれていると感じています」と矢吹さんは言います。

また、秩父市でも、AIカメラでとらえた人流などのデータを観光施策にどう活かすか、効果の検証を探る基礎データとして使うなど、いま知恵を絞っています。「秩父市も少子高齢化のなかで様々なDXに取り組もうとしています。そうしたなかで、今回のように市の費用負担なしに実施が可能となった株式会社アーベルソフトからの提案は、とてもありがたい。事業を通じて、DXに挑む企業とつながるきっかけができ、市のDX推進にもつながるという利点もあります。こうした実証実験や補助事業には、市も各部署間の連携も含め、ぜひ協力したいと考えており、秩父から新しいビジネスモデルが誕生すればうれしい」と、田中さんは話しています。
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