データ利活用で防災・観光のDX
香川県の県庁所在地・高松市は、四国の玄関口として発展してきました。北は瀬戸内海に面し、南は緩やかな勾配で讃岐山脈へと連なる風光明媚な都市です。近年は国際線の就航も増え、多くの外国人観光客が訪れています。高松市がスマートシティに取り組むきっかけとなったのは、2016年に市内で開催されたG7香川・高松情報通信大臣会合です。市役所内でデジタル化の機運が高まり、2017年にICT推進室(現デジタル戦略課)を設置。総務省の「データ利活用型スマートシティ推進事業」を活用して、課題だった防災と観光の両分野からDX化を始めました。同年に市と六つの企業・団体が発起人となって設立された「スマートシティたかまつ推進協議会」は、今では150を超える多様な企業・団体が会員となり(2024年12月末現在)、様々な社会課題解決へ向けて歩みを進めています。
災害リスクを大型画面に可視化
高松市防災合同庁舎にある災害対策本部室。55インチのディスプレーを8枚合わせた大きな画面に、収集・分析したデータを可視化する「ダッシュボード」が映し出されます。河川の水位センサーや海岸部の潮位センサーのリアルタイムデータに地図情報などを組み合わせ、浸水や冠水などの災害リスクがひと目で分かるようになっています。高松市デジタル戦略課の田中照敏調整官は「かつては市の職員が災害リスクのある現場を見に行き、写真を撮り、市役所に帰ってくると1時間以上経過することもありましたが、今は一元的にリアルタイムで『見える化』され、安全対策の初動がかなり早くなりました」と成果を説明します。
2度の台風で死者出す被害
2017年4月に発足した高松市ICT推進室は、設置後すぐに総務省「データ利活用型スマートシティ推進事業」に応募し、採択されました。地域課題解決に向けてデータを収集してデータ連携基盤を構築するというテーマに対し、まず浮かんだのが防災の課題でした。香川県は全国的にみても降水量が少ない地域ですが、悪条件が重なると被害が発生する危険性はあります。実際、高松市では時折、河川の氾濫、高潮が発生するなど浸水・冠水の被害に遭ってきました。たとえば、2004年には8月に台風で高潮が発生し、同年10月にも台風で河川が氾濫。いずれも死者を出すなど大きな被害に見舞われています。そこで、市は護岸工事などハード面を整備する一方、水位や潮位の「見える化」に着手しました。2017年度に河川・水路8地点に水位センサー、海岸部5地点に潮位センサーを設置。2019年度には水位や潮位を監視するカメラも取り付けました。また、18か所のアンダーパス(市街地で道路や鉄道等と交差し、前後区間に比べて急激に道路の高さが低くなっている区間)にもセンサーとカメラを備え、冠水に備えました。
現在、大雨などの警報が発令されると、市の災害対策本部が設置され、職員向けダッシュボードでデータや映像をリアルタイムで監視しながら対策を立てる体制ができています。ダッシュボードは職員のパソコンやスマートフォン(スマホ)でも見られるほか、ほとんどがオープンデータとして市民に公開されており、市内にある44か所の避難所の開設状況、避難状況も分かるようになっています。隣町の綾川町や香川県西端の観音寺市も高松市のデータ連携基盤を共同利用しており、綾川町の2か所、観音寺市は4か所にも水位センサーとカメラが設置されています。
レンタサイクルで外国人観光客の動態分析
高松市は観光分野でもデータの利活用に取り組みました。外国人観光客がどこに出かけているのかを把握し、観光資源を見つけたり、外国人向けサービス向上につなげたりする狙いです。2017年、レンタサイクル事業で使用していた自転車のうち50台に、全地球測位システム(GPS)で位置情報を記録する機器「GPSロガー」を取り付け、走行軌跡や滞在地点のデータをWi-Fiを使って収集。利用者の同意を得て入手した国籍や性別などの属性と合わせ、観光客の動態を分析しました。2018年度から2021年度までに取得した行動履歴のデータを分析した結果、中国などアジアの人たちは、源平合戦の舞台で高松を代表する観光地である屋島には行かず、ショッピングモールを訪れているなどという傾向が明らかになりました。この傾向に応じて各国言語での案内標識を設置したり、観光マップに反映したりしました。
総務省などの補助金を活用
高松市のスマートシティの土台となるデータ基盤は、2017年度に「日本電気株式会社(NEC)」の基盤ソフトウェアを利用して構築されました。水位・潮位センサーの設置なども含めたイニシャルコストは8,748万円で、総務省「データ利活用型スマートシティ推進事業」で半額が補助されました。年間のランニングコスト約1,200万円は市の自主財源でまかなっています。綾川町や観音寺市のセンサー設置は、広域防災に関する内閣府の補助金を活用しました。田中調整官は「手を付けられていない地域課題に対し、市の財源だけでは厳しい部分もありますが、国の補助金があると、それが呼び水になって着手できます」と話します。
推進協議会に150以上の企業・団体
収集した様々なデータの分析・活用については、2017年10月に設立された「スマートシティたかまつ推進協議会」が中心になって進めています。設立当初は市と企業・団体の計7者が発起人となり、設立総会は15者が参加しましたが、今では157の企業・団体が会員となっています(2024年12月)。協議会の中には「スマート農業」「データ利活用による決済DX」など分野ごとにワーキンググループがあり、それぞれ産学官民が連携して課題を整理し、その後、実証事業を重ねながら社会実装を目指しています。多様な企業・団体が会員となっていることで様々なアイデアが生まれます。過去には「交通事故撲滅ワーキンググループ」で、企業が提供するドライブレコーダーの動画、香川県警提供の交通事故データなどを一元的に表示する危険要因マップを作成。事故一歩手前の「ヒヤリハット」地点を見える化し、危険度が高い場所に近づくとスマホのアプリが音声でドライバーに注意を喚起する実証にも取り組みました。推進協議会の発起人の一つ、ICT企業「株式会社STNet」(香川県高松市)の代表として当初から参画している田口泰士常務取締役コンシューマー営業本部長は「これだけ産学官民が一緒にDXに取り組んでいるのは四国でここだけです。協議会があるおかげで横のつながり、連携がどんどん広がっています。我々が地元中小企業のDX化を支援したり、我々の取引先である東京などの大企業を呼んでマッチングしたり、新しいビジネス創出のきっかけにもなっています」と協議会の意義を強調します。
課題解決の横展開目指す
高松市は、スマートシティの先進地として、今後も横展開に力を入れていきたいと考えています。田中調整官は「人口規模、優先順位の違いはあるにしても、同じような課題を抱えている地方公共団体は多いので、推進協議会で解決策を探ることができれば、横展開につながります」と話します。鍵となるのはビジネス化です。「行政だけがお金を出すスキームでは続きません。サービスを受ける人が負担し、企業としてビジネスで利益を上げながら課題解決を図っていくべきだと考えています」と田中調整官は展望しています。