多職種間の連絡スムーズに 2市1町で連携し活用
茨城県の南部、千葉県との県境にある取手市、守谷市、利根町の2市1町は、長らく首都圏通勤者のベッドタウンとして栄えてきました。しかし、そうして居を構えた団塊の世代が次々に後期高齢者となり、医療に対するニーズが急速に高まっています。要支援、要介護認定者も年々増加しており、医療機関だけでなく、在宅医療の充実・活用が喫緊の課題になっています。そこで、2市1町をカバーしている取手市医師会が中心となり、医療、介護などの専門職らが連携し、患者の状態をウェブ上で共有できるデジタル版の連絡帳システム「いきいきiネット」を2019年に本格導入しました。地方公共団体の敷居を越え、地域ぐるみで患者を支える在宅医療に取り組んでいます。
大規模団地中心に進む高齢化 医療需要拡大
「高齢化が進む一方、病院のキャパシティーには限りがあります。最期は自宅で過ごしたいと望む患者さんも多く、細やかな在宅医療、看取りの必要性は年々高まっています」
取手市医師会の石井啓一理事は、デジタル版の連絡帳を導入した背景について、そう説明します。取手市では、かつて日本の経済成長を支える働き手のために大規模な団地や住宅が次々に建設され、そこに入居した世代がいま一斉に高齢化しています。2005年に19%だった65歳以上の割合は、2024年10月には35.2%と一気に急増しました。これに比例して医療や介護を必要とする人も増え、在宅医療の充実は喫緊の課題となっています。
在宅患者の命や生活を支えるのは、医師や歯科医、看護師、作業療法士、介護職、ケースワーカーといった多職種の専門職です。「どうすれば、うまく連携できるだろうか」。自身も医師として在宅医療に携わる石井さんらが、そんなふうに考えをめぐらせていたところに浮上したのが、「株式会社インターネットイニシアティブ(IIJ)」と名古屋大学医学部附属病院先端医療開発部 部長 水野正明教授が共同開発した「IIJ電子@連絡帳サービス」の取り組みでした。
茨城県医師会が2017年、このサービスを試行運用として開始し、県内で使ってみたいという医師会を募ったのです。石井さんらはお試しで導入を進めることにしました。
患者情報をネット上で安全に共有 連帯感もアップ
このサービスは、患者の状態や状況について引き継ぎメモを記入するためのデジタル版連絡帳です。患者を担当している医師や看護師、介護職、薬局などがインターネット上で関係者だけが入れるチームを作り、タブレットなどを使って診療結果や訪問した際の情報を記入し、共有することができます。これまでは主に紙のノートを使っていましたが、患者宅に行かないと読めないなど、迅速に情報を共有しにくいといった課題がありました。デジタル版であれば、いつでも、どこでも情報が届き、患部の写真も共有できます。患者ごとの連絡帳機能とは別に、ネット上に会議室を設けて専門職ごとの会議を開く機能も備えています。
また、患者の個人情報をセキュアに扱うため、通信には暗号化された方法「TLS※」を利用し、あらかじめ電子証明書をインストールした端末で、ID・パスワードを入力しないと情報にアクセスできない仕組みです。
「『こんなことで電話してもいいか』と悩むことがなくなり、「いきいきiネット」へ入力しておくことで専門職それぞれが持つ細やかな情報を迅速にチーム内で共有できるようになりました」。取手市医師会事務局の飯野知奈美主任は、お試し導入の成果についてそう語ります。患者を支えるチームとしての連帯感が上がるとの声もあり、同医師会では本格導入を目指しましたが、そこでハードルとなったのが、地方公共団体間の「壁」でした。 (※TLSは、通信するデータを暗号化して、第三者への漏洩を防ぐ通信方法の一つ。決済情報の送受信などにも広く使われている)
地方公共団体間で温度差…広域連携へ粘り強く調整
「2市1町は隣接していますが、人口減少や高齢化といった課題について状況は大きく異なります」と、取手市高齢福祉課の大間康平係長は説明します。たとえば、2024年現在、人口が1万5,000人ほどの利根町では人口減少が進んでおり、高齢化率も45%超。取手市は人口10万人ほどで減少傾向にあり、高齢化率は35%ほどです。一方、電車で40分ほどと都心からのアクセスが良い守谷市の人口は約7万人で少しずつ増えており、高齢化率も24%ほどです。
どの市町も在宅医療の重要性は認識していますが、その切迫感には温度差があり、ランニングコストをどう分担するかは調整が必要でした。こうした広域連携は難しいとみる向きもありましたが、「患者が地方公共団体の境に住んでいるケースもある。広域連携は必ず必要になる」と石井さん。IIJの協力で、試行期間を1年延長し、同時に、地域の保健所の力も借りて地方公共団体間の調整を進めました。その結果、ランニングコストの1割ずつを各市町で基本料金として負担し、残りは人口などを考慮して傾斜負担することになりました。導入にあたっては、市長、町長が委員を務める「取手・守谷・利根地域医療協議会」の承認を得ることで、各市町の予算確保の足場を構築。2019年から「いきいきiネット」として、本格稼働させたのです。
導入に広がり 災害時の安否確認などの活用例も
「市町村の敷居を取り払い、2市1町連携という広域で実施している好事例と言われています。将来的に様々な活用が考えられ、患者さんにとっても『地方公共団体による切れ目』がない支援が期待できます」と語るのは、IIJヘルスケア事業推進部ビジネス推進課の吉田周平課長です。
同社が提供する電子@連絡帳サービスは、2024年10月現在で、愛知県を中心に78の地方公共団体・地域に導入され、茨城県内でも試行運用をきっかけに、隣接する常総市や近隣の古河市などで使われています。取り組みは地方公共団体ごとに行われていることが多いのですが、地方公共団体によっては災害時の安否確認や見守りロボットとの連携、学校も含めた医療的ケア児の支援など、用途を広げつつあり、より広域での活用も期待されているといいます。
細かい連携の積み重ねが大事 課題は利用者増
取手市医師会がサービスを導入してから6年。2024年10月現在で利用患者は499人、支える医療・介護関係者は103施設169人に上りました。末期がんの女性の「入浴したい」というつぶやきをすぐに医師から介護担当者に伝え、亡くなる前日に入浴。安らかな看取りにつながったケースもあったといいます。「ささやかなことかもしれません。でも、こうした細かい連携の積み重ねが患者の生活の質を上げることにつながると思うのです」と、石井さんは語ります。
ただ、サービスを使う専門職や用途が固定化し、なかなか新しく使い始める人が増えないという課題もあるといいます。「高齢者の方が増えるなか、こうしたサービスでどのようなことができるのかを検討し、できるだけ活用していきたい」と大間さん。「まずは2市1町での活用を広げ、将来は災害時の活用も含め、医師会の敷居も越えた形で連携していきたい」と、石井さんは話しています。