村の人口約1,000人 九州山地中央部の冷涼地
宮崎県西米良村(にしめらそん)は九州山地の中央部に位置し、面積の96%を森林が占める人口1,000人余(2024年3月現在)の山村です。標高900m前後の高冷地でハウス栽培し夏秋に収穫するカラーピーマンは肉厚で甘みがあり、隣接する西都市(冬春産地)とのリレーで「宮崎県西都産 中型カラーピーマン」のブランド名で関東や関西に一年を通して出荷されています。2021年からは若手生産者らが中心となって、温度や湿度などハウス内の環境データをスマートフォン(スマホ)でリアルタイムに把握できるデジタル技術を活用し、品質の安定や出荷の拡大につなげようと奮闘。その取り組みを、県や村、農業協同組合など地域ぐるみでバックアップしています。
隣の西都市が産地形成 時期ずらし村でも生産
米良三山の一つ、天包(あまつつみ)山(1188m)は西南戦争の古戦場としても知られています。その中腹にある標高900mに立ち並ぶビニールハウス団地では8戸(2024年現在)の農家が計約2ha(ヘクタール)のビニールハウスでカラーピーマンを年間約100t(トン)生産。生産額は約7,000万円にのぼる、村一番の農産品です。
今年もハウス内では6月から11月にかけて赤や黄、オレンジの色とりどりのピーマンが実りましたが、今年の収穫はこの3年では最低。親子2代でピーマンを栽培している濵砂光太朗さんが「夏の猛暑のせいですかね」と問いかけると、「宮崎県農業協同組合(JAみやざき)西都地区本部」の中型カラーピーマン部会西米良支部長の兒玉一将さんは「10月の長雨の影響かも。日照時間が少なかったよね」。今年の出来具合の原因や育て方について細かな意見交換が続きます。
西米良村でカラーピーマン栽培が始まったのは2004年頃に遡ります。隣接する西都市は温暖で日照時間が長い気候を生かして全国有数のカラーピーマン産地になりつつありましたが、カラーピーマンは朝晩の気温が25度を超えると実がつきにくい欠点があります。標高が低い西都市では気温が高い夏秋の収穫が見込めないため、管轄するJAみやざき西都地区本部が最低気温25度未満の西米良村の高冷地で夏秋収穫に向けた導入を発案しました。
濵砂さんや兒玉さんの親の世代がスイートピーなど花き類を栽培していたビニールハウス団地を利用して栽培を始め、西都市とのリレーで年間を通じた出荷が実現しましたが、良質なピーマンの栽培には、こまめなハウス内環境の確認や管理が必須。西米良村の高冷地はハウスがあちこちに分散しているため、土壌の質や水分量、日照時間に微妙な差がある影響なのか、品質や収穫量のばらつきが課題でした。
若手生産者が集まり研究 村・県、農協、企業も支援
このため、兒玉さんら第2世代の「若手生産者」たちが中心となって、2020年に自主学習グループ「8t会」を立ち上げました。会の名前は、1反(991㎡)当たりの年間収穫量8tを目指そうと命名したもので、生産農家8戸のうち30~50歳代の6戸(2024年現在)が参加しています。
8t会のメンバーは毎週水曜日の正午を目安に弁当持参で集まってランチ会を開き、それぞれのハウス内を全員で見回って水や肥料のやり方、量、時期などについて情報交換や研究を開始。JAみやざき西都地区本部や県農林振興局(農業改良普及センター)の職員、西米良村農林振興課の中武麻依さんらも加わって議論が深まり、その過程で浮上したのが、デジタル技術を活用したハウス内の環境把握でした。「メンバーとの日頃の会話を通じて、栽培に関する課題や希望を把握できていたため、役場としても補助金の申請に素早く反応できました」と中武さんは語ります。
作業労力の軽減や効率化といったスマート農業の実現に向け、8t会のメンバーと、若手生産者たちの熱意を支援する村、JAみやざき西都地区本部西米良支店、県のほか、仕組みの構築やアプリケーション開発などを担う「リバティーポートジャパン株式会社」(大分県由布市)がタッグを組んで「西米良村スマート農業コンソーシアム(共同事業体)」を結成。2021年に県の「スマート農業による働き方改革産地実証事業」に応募し、補助金を受けることができました。
同年7月からリバティー社製の環境モニタリング機器「はかる蔵」を各ハウスに順次導入。気温、湿度、地温、CO2、照度、日照量の測定を行い、メンバーはスマホでリアルタイムにデータを把握できます。同時に、導入したコンパクト硝酸イオンメーターでカラーピーマンの葉柄の汁液で栄養状態を調べることもできます。
初期投資は、リバティー社製の環境モニタリング機器「はかる蔵」(親機5台、子機6台分)一式122万9千円と硝酸イオンメーター5台の計145万円。これに対して、県補助金44万円のほか村が52万9千円を支出し、残りは生産者が負担しました。ランニングコストは各世帯のスマホ代金とはかる蔵のシステム利用料などです。村では以前から、補助金・役場・生産者が、全体予算を1/3ずつ拠出するケースが多く、今回も前例にならったといいます。
中武さんは、「村長や役場内では、カラーピーマンやゆずなど特産品振興について理解があり、モニタリング機器の導入についてはスムーズに推進できました。8t会が産地ビジョンを作ったり、目標を立てたりして活動していたので、それらの情報を皆さんご存じだったのだと思います」と振り返ります。
ハウス内温度などスマホで把握、仲間でデータ共有
「はかる蔵」を設置した結果、スマホでハウス内環境を手軽に確認することが可能になり、ハウス内環境の確認作業が最小限になって省力化を図ることができたといいます。たとえば、8t会メンバーの田爪朝幸さんは作業中、離れた場所にある別のハウスの温度が下がったのをスマホで知り、現場に急行。ビニールの一部が強風で飛んでいるのを発見し、すぐに対応して、被害を未然にふせぐことができました。
他メンバーも標高200mの自宅からハウスまで毎日高低差700mの道のりを車で片道15~20分かけて上り下りしているため、ハウスまで行かなくてもハウス内の環境がわかる仕組みは、とても役立っているそうです。 さらに効果を実感したのは、自分のハウスだけでなく、メンバー全員のハウス内の環境を比較でき、ピーマン栽培の参考になったことです。「今までは勘でやっていた作業の結果がデジタル数字で示され、出来不出来が納得できるようになりましたし、お互いを参考に質問し合い品質を高め合っています」と田爪さん。
目標はハウス内管理自動化、産地全体の底上げ
とはいえ、自然環境の影響などを受けることもあります。今年は目標に届かない1反当たり約6tに終わりました。来年は収穫増を目指しますが、今後の検討課題は少なくありません。
一つは、モニタリング機器に連動した機材の導入です。リバティー社製「うご蔵」を追加導入すると、「はかる蔵」による測定結果に連動して扉や窓の開け閉めなどを自動で行うなど、環境管理が自動化され、さらなる省力化が図れます。目標は「全体の底上げ」と言う兒玉さんは、「産地全体として質の良いカラーピーマンの収穫量を増やすことが地域全体を良くすることにつながります。メンバーみんなが8t以上を生産することが究極の目標です」と決意しています。
また、村一番の農産品ですが、規格品はすべてJAに出荷し、村内で流通していないため、村での認知度が低いのが現状です。規格外品の新商品開発など村をあげての有効利用も課題として残っています。
中武さんは「ハウス内環境の自動管理が究極の目標ですが、今はまだ『情報がリアルタイムで見られる』という段階にとどまっています。県の補助があっても村の予算を出すのが年々厳しくなっています。補助金頼りになってはいけませんし、生まれ育ったふるさとの特産品を拡大させるためにもできる努力を続けたい。研究・共有・実践・改善を重ねられて、やる気を出されている会の皆さんを村としてもバックアップしたい気持ちはあります。3月の苗植えから11月の収穫までほぼ毎日、休みなくハウスに通われている生産者の方たちが、こうしたスマート農業により一泊の家族旅行でもできるようになると良いですね」と話しています。