「ニシン漁と北前船交易」の町、経済基盤強化へ
北海道の南西部に位置する江差町は、ニシン漁や北前船交易による繁栄の歴史を伝える⽂化遺産が息づいています。かつては「江差の五月は江戸にもない」 (旧暦五月はニシンの加工品を求めて北前船がこぞって江差にやってきたので、江戸でも見られないような賑わいを見せた)とうたわれるほど、繁栄を極めた町ですが、いまは人口減と高齢化の波が押し寄せています。2024年時点で住民の約4割が65歳以上と高齢化が進む中、地域ポイントカードによる町の経済基盤強化と、住民の足となる新たな移動サービスを組み合わせた取り組みを始めています。
MaaSで移動、支払い・買い物に「江差EZOCA」
歴史的建造物が多く残る江差町の観光名所「いにしえ街道」。近くで働く木元香子さんは、約1km離れた自宅から、AIを使った予約型移動サービス「江差マース」を利用してやって来ました。「通勤にも買い物にも便利です。町内ではあるものの遠くて行けなかったところにも行きやすくなり、行動範囲が広がりました」と生活の変化を語ります。「江差マース」の運賃の支払いや買い物には、町のポイントカード「江差EZOCA」を使い、ポイントを貯めるのも楽しみの一つになっています。
乗り合いタクシー形式で、一般運賃は距離にかかわらず1回500円。同じ方向に向かう人が乗り合わせた場合は300円になります。乗降地点は利用者の自宅のほか、商店や病院など町内90地点から選ぶこともできます。週3日平日の午前9時から午後5時まで運行し、利用者は電話または無料通信アプリケーションLINE(ライン)を通じて予約。AIを使って最適な走行ルートを計算し、同じ方向に向かう住民を効率良く乗せて移動します。利用者には、LINEで予約した際や、江差EZOCAの電子マネーで運賃を支払った際にも一部をポイントで還元し、地域内の経済活性化につなげていく仕組みです。
民間の電子マネー機能付きカードと連携
地域ポイントカードやMaaSといった一連の取り組みに向け、江差町が、北海道内でドラッグストアを展開する「サツドラホールディングス株式会社」とタッグを組み、地域の活性化に乗り出したのは、2020年3月。包括連携協定を締結したのが始まりでした。翌2021年5月には、地域ポイントカード江差EZOCAがスタート。もともと同社は道内で広く使える電子マネー機能付きポイントカードEZOCAを発行しています。このシステムを利用した江差EZOCAも町内の提携店40店舗だけでなく、道内のEZOCA提携店ならどこでも使えるという利便性に加え、同社がEZOCA地域還元プログラムとして、サツドラ店舗で江差EZOCAを使うと買い物金額の0.2%が寄付という形で町に還元される仕組みを掲げたことも導入の大きな決め手になりました。
地域に還元するというコンセプトは住民にも受け入れられ、江差EZOCAの会員数は2024年4月現在、町外の人も含めて7,074人と江差町の人口約6,700人(2024年3月時点)を上回るほどに増えています。江差EZOCAの導入には、ポイントカード読み取り機に189万9,000円がかかりましたが、「新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金」でうち166万6,000円をまかないました。ポイント付与などのランニングコストは年間60万円ほどかかりますが、地域還元プログラムで町に還元された金額は、2021年5月のスタートから2023年12月末までに150万円以上で、介護予防教室など町の事業に参加した住民に付与する「地域づくりポイント」の財源として使われているといいます。
江差町まちづくり推進課の明上真也主幹は「町の経済のキャッシュレス化が進むとともに、住民の方に利用してもらって町がポイントという形で住民の方に還元する循環モデルが町内でできつつあります」と、成果を語ります。
住民の足に利便性 買い物頻度・額がアップ
さらに、江差町は2024年8月から、買い物などの際の住民の足となる江差マースの本格運行も開始しました。
江差町内では、高齢化が進むとともに「免許を返納すると買い物に行けない」「通院できない」といった声が上がり、大きな課題となっていたからです。主な公共交通はバス路線ですが、住宅地から離れた幹線道路沿いにバス停が集中し、バス停への移動さえ困難な人が数多くいます。さらに人手不足でタクシードライバーの確保が住民のニーズに追いつかない状態が続いていました。
そこで、町は函館市の「株式会社未来シェア」が開発した、AIを使って最適な乗合ルートを計算する予約配車システム「SAVS」(Smart Access Vehicle Service)を採用。8人乗りのタクシー1台を走らせています。江差EZOCAの電子マネー機能で乗れてポイントもたまるとあって、本格運行を前に行った実証実験では、江差マースの利用者による買い物頻度や購入金額が増える傾向があることも分かってきました。江差町まちづくり推進課まちづくり推進係の白澤亮介主事は「江差マースという足ができたことで、住民の方が買い物や観光に出かけるなど町内めぐりを楽しむ頻度が高まることが期待できます」と経済効果や町全体の人の流れを変える動きに手ごたえを感じています。
利用データ生かして自走「江差モデル」目指す
江差マースの実証実験を踏まえ、サツドラホールディングス株式会社は、利用者の移動や買い物の動向を江差EZOCAとMaaSアプリのデータから分析し、移動先にある店のクーポンを利用者に配布したり、店の宣伝をしたりして、その販促費や宣伝費を江差マース運行維持にあてて自走させるビジネスモデルを提案しています。さらに、こうしたMaaSと地方公共団体発行のポイントカードを連携させた取り組みを、「江差モデル」として、他の地方公共団体にも横展開していきたい考えです。
江差町の照井誉之介町長はサツドラホールディングス株式会社との提携について、「官だけでは作り上げることができない行政サービスを提供できています。さらなる連携強化を図ります」と話しています。