人口1,300人の「化石の里」 小さな博物館をVR化
旭川から北へ約160km。中心部を一級河川の天塩川が大きく横切り、今も手つかずの天然林が多く残る中川町。人口は1,300人ほどで、白亜紀の地層から「クビナガリュウ」や「アンモナイト」などの化石が大量に見つかり、「化石の里」としても知られています。しかし、公共交通機関が乏しく、冬は雪に閉ざされる環境で、いかに人口減を食い止め、観光客を呼び込むか苦心しているといいます。そうしたなか、町への来訪者増に向け、廃校を活用した小さな博物館をVR(バーチャルリアリティ)化し、注目を集めています。
「ぼくが生まれた中川町は化石の町なんだ」
ウェブ上に再現されたミュージアムに入場し、説明パネルをクリックすると、8,300万年前に中川町などでくらしていた恐竜「テリジノザウルス」が、地質の成り立ちを説明する動画が流れてきます。
「中川エコミュージアムセンター」は、1999年に廃校になった小学校に、町内で発見された化石を並べた小さな博物館です。ウェブ上では、その博物館の内部が360度撮影によってそのまま再現され、視聴者はそこを自由に「歩いて」回れるほか、恐竜の骨格標本の下にもぐったり、普段は触れることができない展示化石をまるで「手に持って眺めている」かのように360度回転させたりして、じっくりと観察することもできます。
コロナ禍で交流ストップ オンライン活用に舵
「やはり中川町と言えば、化石。仮想体験を通じて『本物を見に行きたい』という新たな来訪者を掘りおこすことができると思ったのです」
同センターの疋田吉識センター長は、VRミュージアムを開設した狙いをそう語ります。このVRミュージアムがオープンしたのは、新型コロナウイルス感染症の流行で日本中が外出自粛を余儀なくされた2021年2月のことでした。定期的に東京都内の小学校で実施していた交流授業がストップし、化石愛好家の来訪は途絶え、外部との交流は軒並み止まりました。
そこで頭に浮かんだのが、ウェブ上で博物館を楽しんでもらう「VR博物館」構想でした。もともと、疋田さんは大学で地球環境科学を専攻していたこともあり、中川町の化石を広くPRしたい思いがありました。VRミュージアムもその一つでしたが、「そんな予算はない」と諦めていたといいます。しかし、新型コロナウイルス感染症の流行で、オンラインを通じた教育に注目が集まりました。そこで、コロナ後の集客も見据え、2020年度の新型コロナウイルス感染症対応地方創生臨時交付金活用事業「地域の魅力磨き上げ事業」の補助金を活用し、VRミュージアム開設へと動き始めたといいます。
道内企業が協力、低予算でスモールスタート
実施にあたっては、国の補助金で構築費を全額まかなうことや、ランニングコストもサーバ管理費などだけで10万円以下に抑えることができるという見積もりを説明して回り、役場内や議会の反対はほとんどなかったといいます。博物館の集まりなどを通じてつきあいがあった北海道旭川市にある「北海道地図株式会社」の小林毅一社長の協力で、構築にかかる初年度予算も210万円余におさえることが出来ました。
「自粛の中でも365日24時間体制でPRできるのが、仮想空間のメリット。ちょうど社としてVRミュージアム事業に踏みだそうとしていたタイミングでもあり、予算についてはできるかぎり町の状況に寄り添おうと決めました」
小林社長は、当時をそう振り返ります。地図のほか、古生物のARなども手がけており、参考意見を聞くために疋田さんと顔を合わせる機会があり、VRミュージアムにかける思いを何度も耳にしていたといいます。「何よりも、疋田さんの熱意に動かされました」と、小林さんは言います。
同社の担当者が、中川町まで車で片道3時間弱の道のりを何度も足を運び、アイデアを検討し、VRの展示内容を煮詰めていきました。その中で、目玉コンテンツにしようと考えたのが、化石を360度の角度から観察できる3D展示でした。本物の化石が豊富にある中川町ならではのアイデアです。たとえばアンモナイトなどの化石の種類を鑑定するには、殻部分の厚さなども重要な決め手になるのです。とはいえ、すべてを3D展示できるほどの予算はありません。そこで、「後から展示数を増やすことを見据えてシステムを構築し、まずは10点ほどを3Dとして公開することになりました」と担当した北海道地図株式会社の高橋秀人課長は説明します。
徐々に3D展示拡充 「町全体を3D保存」構想も
公開以来、VRミュージアムは、バーチャル社会見学や調べ学習など、様々な場面で使われ、入館者数は、”本物”のエコミュージアムセンター(年間約3,000人)の数倍にのぼると推定されるとのこと。サーバ保守には年9万円かかりますが、それ以外に年30万円前後の予算を見積もり、3D展示の数を少しずつ増やし、今では30点以上の3D展示が見られるようにもなりました。VRミュージアムが好評を得たこともあり、町内にある化石の地層を360度撮影で詳しく観察できるコンテンツを「バーチャル野外博物館」と名付け、公開する取り組みも始めました。
「小さな町で、予算も少ないので、いっぺんに充実したものを作ろうとしても難しい。それでも、毎年少しずつ充実させていくことはできます。次は、ARで大昔の中川町にいた古生物を再現して、実際に動く姿がみられるような展示も増やせればいいですね」と疋田さん。
取り組みが効を奏し、VRミュージアムを見て、実際に町を訪れる化石ファンも目にするようになりました。今夏(2024年)に募集した「地層観察教室」も、すぐに町内外の化石ファンで満員になるほど盛況だったといいます。
今回のVRミュージアムを発端に、人口減が続く中川町ではいま、文化財や地層なども含めた町全体を3Dデータとして保存する構想を模索し、文化庁の文化財保存活動計画の認定を目指しているといいます。「中川町は都市部からみて、時間的、心理的な距離が遠いという課題がありました。ですが、DXにより、まずは心理的な距離から解消できる可能性があると考えています」と、疋田さんは話しています。