観光の消費ニーズ多様に デジタル化で対応目指す
世界文化遺産の富士山をはじめ、海・山の幸、徳川家康ゆかりの地など観光資源を数多く有する静岡県では、古くから観光業が経済を支える主要な産業の一つとなっています。その一方で、県内への観光客の飲食費や買い物代が全国平均よりも少なく、多様化する観光客の消費ニーズに対応しきれていないという問題意識も抱えていました。新型コロナウイルス感染症の流行や個人旅行の増加で観光スタイルが大きく変わりつつあるなか、静岡県はデータに基づいた新たな観光サービスの創出を目指しデジタル化へと大きく舵を切り始めています。
利用者ごとにおすすめスポットを次々と表示
あなたへのおすすめは――。静岡県の観光DXの切り札として注目されているのが、県公式観光アプリケーション(アプリ)の「TIPS(ティップス)」です。アプリを開くと、好みに合わせた場所やグルメ情報が次々に画面上に表示されます。タップ一つで行き方も検索できるため、「近場のものを優先して表示し、『じゃあ行ってみようかな』という気持ちを喚起する狙いがあります」と、静岡県観光政策課の安達拓孝主任は説明します。
アプリをダウンロードして、年齢や性別のほか、グルメや温泉など「興味のある旅行キーワード」を登録しておけば、個々の好みに合わせた観光名所や飲食店などが、「あなたへのおすすめ」として自動で表示されていきます。好みだけでなく、どこにいるのかといった位置情報も加味して内容を次々に変えていくので、その場の状況に合わせた最適な観光情報を表示でき、個人での周遊に狙いを定めた仕組みになっています。
まず「データを収集・活用しサービス提供」を柱に
県が観光データの収集やデータに基づいた観光施策について具体的な検討を始めたのは、2019年のことでした。富士山や熱海など全国有数の観光地を抱え、年間1億5,000万人もの観光客が訪れていた静岡県ですが、観光客の平均宿泊日数は全国平均に届かない1.5日程度。飲食や土産ものにかける消費も全国より低く、観光客の満足度も1割弱が観光案内や情報収集に関してやや不満を抱いているという課題が浮上していました。
そこに、追い打ちをかけたのが、新型コロナウイルス感染症の流行です。それまで県内観光は団体客も少なくありませんでしたが、旅のスタイルは少人数の個人旅行に切り替わりました。「データに基づいた戦略を立てるという方針は決まっていましたが、どうすれば課題解決に結びつくのかは手探りでした」と、安達さんは振り返ります。そこで2020年度、まず「観光客のデータ収集」と「観光データを活用したサービス」という2本柱で企画提案を公募することにしたのです。
店情報などデータベース化 観光アプリに連携、掲載
応募の中から選んだのは、情報プラットフォーム「FIWARE」を使った、観光データを一元的に管理・提供できる「日本電気株式会社(NEC)」のデータ利活用基盤と、同県三島市に本社がある「株式会社Geolocation Technology」が提案した静岡観光アプリTIPSでした。
まず、データ利活用基盤に観光施設や土産物店、飲食店や宿泊施設といった県内4,000件の基本情報などを入力。これを、県観光協会のホームページやTIPSと連携させました。データ利活用基盤の情報を更新すれば、ホームページやアプリの内容も自動で更新され、サイトごとに入力する手間が省ける仕組みです。各施設にそれぞれ休業日や臨時休業など最新の情報を更新してもらえば、「行ってみたら休みだった」といったミスマッチを防ぐことができます。TIPSのおすすめ情報は、このデータベースから作られるのです。
2021年3月にTIPSをリリースし、その後は外国からの観光客も見込み、情報は日本語に加えて、英語や韓国語、中国語(簡体字と繁体字)への翻訳機能も追加しました。システム構築とアプリ開発には約6,000万円かかりましたが、うち半分は地方創生推進交付金などでまかなったといいます。
スタンプラリー機能も追加 ダウンロード目標達成
「リリースから3年。登録情報を少しずつ増やし、TIPSのダウンロード数も当初目標を達成することができました」と、同課のDX担当である星野裕太主査。県内市町や民間施設などに登録することの利点についてこつこつと説明を重ね、登録情報は約5,000件に増えました。
さらに2023年度にはTIPSに、位置情報を活用したスタンプラリー機能も追加しました。ラリーを実施したい主催者が、チェックポイントをどこにするか、景品は何にするかといった内容を入力するだけで、スタンプラリーを実施できる仕組みです。主催者は、賞品を用意すればすぐにラリーを開催でき、分析レポートもシステムから出力できるのが強みです。2024年度は市町や民間事業者などにシステムを無料で開放し、半年間で10のラリーを実施することになりました。
TIPSのダウンロード数も目標(5万ダウンロード)を超え、2023年度までに6万5,000ダウンロードを達成できたといいます。
ラリーの実施にあたっては、主体となった観光政策課だけでなく、スポーツ政策課など他課の協力もありました。アプリを含めた観光DX施策が、静岡県観光基本計画の柱の一つに位置付けられており、「協力を呼びかけやすい環境があります」と星野さんは指摘します。庁内には観光だけでなく様々な分野でのDXを推進するため、部局をまたいだ推進チームがあり、勉強会やチャットでの情報交換を行っています。星野さんもチーム内で取り組みを共有しており、協力を募る土台ができつつあるといいます。
データ分析結果を店に提供 活用・展開はこれから
一方、アプリで収集した観光客のデータをどう活用するかといった課題は残っています。客の年齢層や性別、周遊データなどの分析結果を協力店舗に提供していますが、具体的な商品開発や新規のサービスなどに結びつけるのはこれからです。「どんな施設とセットで、どんな人が訪れているのか、感覚的にとらえていたことがデータで見えるのが強み。ターゲットを絞った企画や商品開発、観光施設とのタイアップ企画などに生かして欲しい」と、星野さんは言います。
加えて、2023年度からは、希望する市町にデータコンサルタントを1年間無料で派遣し、市町におけるデータの分析や活用を支援する事業も始めました。TIPSも含めたデータ分析により、「観光客は多いが宿泊者数は伸びていない」「自治体内での消費を伴う周遊になっていない」などの課題提起や助言も始めています。「今後はデータを増やし、より効果的な施策につなげていきたい」と安達さんは話しています。